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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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「殿下」

「はいダミアン君」

「実は……父が昔にあった反乱を知っていたのですが、国王陛下から聞いたそうなんです。こうなったら、直接尋ねてみるのが一番早いと思いますが」


 いつもは相手が話している間に完璧な返しを何通りも用意しているはずのロイが、今は何も言わない。答えに迷っているのではなく、「それができれば苦労しませんが、あえて避けていることをまさか知らないのですか?」とでも言いたげな表情をしている。

 

「別に殿下が優秀なことは、国王陛下はすでに分かっていると思いますが」

「ええ、そうでしょうね」


 思慮が足りないと側近たちに思われれば、彼らは騙して担ごうとする。だからといって有能過ぎたら、第二王子の立場として、余計な争いの種を作ることになる。


「でしたら訊いてみては?」

「私に求められているのは与えられた仕事を完璧に処理することで、自ら動くことは望ましくありません」


 事務能力が高いことを知られるのはかまわないが、野心があると思われるのは困る。

 それは僕も同意するけど、ロイが演じている、皆にとって理想の第二王子……その適度な線を保つことは相当な配慮と聡明さが必要になる。僕は正直、すでに国王陛下にそれを見抜かれているんじゃないかと思っているけど。



「ダミアン君。実はこの後、父上から執務室へ来るよう言いつけられております。私が訊かなくとも、向こうから話があるかもしれません」

「分かりました。エステルも父に呼び出されているので、僕はここで書類の続きをしていますね」

「ええ、お願いします」



 ロイが出て行ったので、机に向かい書類の確認をしていく。

 

 急遽開催を決めた夜会は一週間後の予定だ。すでに根回しとして、エリックが重大な発表があるらしいという噂を流している。詳しい内容まで言わなくても、王家の今後について……生前退位や王太子位に関するものらしい、などと、だんだんと尾ひれがついて広まっている。


 夜になってもロイは顔を見せなかったので、きりの良いところで作業を終了させた。部屋に戻ったらジュリエットの両親だけがいたので、ミッシェルに三人分の夕食を頼んだ。



 

 翌朝、ロイの部屋へ行くと、常に爽やかな貴公子であるはずの彼が珍しく浮かない表情で珈琲を飲んでいた。


「おはようございます、殿下。何か良くないことでも?」

「ダミアン君。ええ、少々困ったことが……いえ、困ってはおりません。むしろ光栄なのですが……」

「光栄な様子には見えませんけど?」

「ええ、急な展開に気持ちの整理が追いついていないと言いましょうか……」


 昨日、ロイは国王に会う前までは普通だった。どのような状況下でも貴公子の仮面を外さないロイに何があった?


「国王陛下に過去のことを尋ねたんですか?」

「いえ、訊ける雰囲気ではありませんでしたので」

「では、何があったんですか?」


 その答えを聞く前に奥の扉が開き、既視感のある光景が目に入ってきた。


「ダミアン兄様、おはよう。朝から元気ですわね」

「エステル、おはよう。よく寝たからね……じゃなくて、何でまた殿下の部屋にいるんだ?」


 妹が「ふっ」と言う声が聞こえそうな笑みを作った。


「恋人の部屋にいることが、兄様にとって不思議なことなのかしら」

「ああうん、それは……まあ、そうかもしれないけど。でも、父様もいるのに……まずくない?」


 エステルが目を丸くする。


「え、兄様、お父様はすでに理解されているわよ」

「エステル嬢、ダミアン君はまだ知らないのかと」

「え、僕がまだ知らないって、何を?」


 二人が同時に微笑んだ。


「私たちは、正式に婚約することになりました」

「はいいいい?!」


 なんで急に? もし本当に二人がそういう関係だったとしても、エステルが婚約なんて早すぎる。そもそもなぜ、夜会の作戦準備が忙しいこの時期に、より複雑にさせる工程を加える? それに父が納得しているなんて、どう考えてもおかしい――

 ハッとして二人を見た。美男美女が頬を赤く染めて見つめ合う姿は華やかで傍から見れば幸せそうな雰囲気だが、二人の性格を熟知していると自認している僕には、楽しそうな遊びが始まる――という笑みに見えた。


「あっ、もしかして……」

「兄様、少し時間がかかりすぎでは?」

「ええ。ですがエステル嬢、逆に言いますと、それほど私たちがお似合い――という証拠ではないでしょうか」

「そうね、ロイ殿下……いえ、ロイ様」


 うっとりと相手を見つめる妹の黄色い瞳は潤んで頬は赤く色づいており、完全に恋をしている令嬢になっている。誰もそれが演技だなんて、疑わないだろう。

 いや……婚約は嘘でも、エステルの気持ちが演技じゃないという保証は残念ながらない。


「えっと、昨日殿下は国王陛下に、エステルは父様に呼ばれていましたよね。それで言われたんですか?」

「ええ、ダミアン君。やっと私たちの関係を認めてもらうことができましたよ」

「僕は『言われたんですか?』って訊いたんですが」


 ロイはエステルと目を合わせ、頷いてから質問に答えた。


「正確に答えるのでしたら、そうなりますね。確かに昨日、父上からエステル嬢との婚約について、話がございました。嬉しさゆえ、少し経緯を省略して話してしまいましたが、結果は変わらないでしょう」

「いや、大いに違いがあると思いますけど?」

「ダミアン兄様。どちらが真実だなんて、私たちだけが知っていれば良いと思うの」


 これは周囲を騙すための練習を今からしてるってことだよね? まあ、そもそも普段から対外的な性格を作っている二人は、その必要がないくらい自然に演技をしているけど。


 何の効果もないことは承知の上、これみよがしにため息をついてみた。予想通り、彼らの表情に変化はない。


「それで、夜会で発表するつもりなのですか?」

「おや、ダミアン君。追及は諦めましたか」

「はい、僕はあなたから頼まれている仕事がたくさんあり、大変忙しいので」

「ダミアン君が優秀なので、つい任せてしまうのですよ」

「殿下にお褒めいただき、光栄に存じます」


 普段よりも丁寧な言い方に、ロイは心なしか肩を竦めた。


「お遊びがすぎましたね。申し訳ありません、お義兄様」

「……鳥肌が立ったんですけど!」

「兄様、頑張って慣れてくださいね。それも準備の一部よ」


 だからいつのための――という問いは、口に出さなかった。やり取りが面倒だからじゃなく、半ば諦めたから。


「ダミアン君、それで先ほどの質問の答えですが、今のところは、夜会で発表するかどうかは未定です」

「要するに今のように噂を流し、相手の出方を探る――という考えですか?」

「ええ、そのように計画しております」 

「殿下。失礼ですが、えっと、なぜ……」

「どうぞダミアン君、遠慮せず訊いてください。慣れておりますので」

「……っ」 


 気の置けない親友とはいえ、一応ちゃんと敬ってもいるはずなんだけど。


「あの……なぜ、シャルル王太子ではなくロイ殿下が婚約なのですか? 彼の方が現実感が出そうだと思いますが」

「エステル嬢が私を選んでくださいましたので」

「兄様、本当よ」


 父同士で話し合い、互いの子供を婚約させるのは確定していたのだろう。


「ええ、ですが一番は、兄上ですと婚約の噂を流しましてもそのままと言いますか、敵が焦る必要はあまりございません。しかし、私が兄上よりも先に婚約となれば、しかも、相手は国王陛下の親友であるバクランド侯爵の令嬢。もしかしたら王太子位についての発表もあると敵が予想し不安になることは、想像にかたくありません」


 シャルル王太子が王位継承権一位なのは生まれた順番が先だっただけだ。王太子位は王になることが物理的に不可能になった場合はもちろん、能力によって変えることも普通にあると習った。

 ロイは言外に、シャルルならば周りから操られる可能性があると示している。要するに——ロイが新たに王太子に任命されれば、困る人がいると。 


「確かにそうですね」

「ええ」

「ロイ殿下、結局国王陛下と父様はすべて見通していたと?」

「ええ、今回のことはほぼそうでしょうね。エリックの父上も含めて」

「それはどうやって……」

「まだ分かりませんが、私たちから得た情報ではないことだけは確かですね」


 エステルと同時に頷いた。結局エリックが探らずとも、彼らは彼らですでに情報を持っていたということだ。

 

「ですが、彼らはまだ過去の反乱については何も語ってはくれません。おそらく……すべてが終わった後、明らかになるでしょう」

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