48
夕方にロイの時間が空くとのことだったので、ジュリエットの両親から話を聞くことにした。彼らは僕の素性を知っているので演技をする必要はないのだが、優秀なロイと一緒ではそもそも僕が口を出す場面はなさそうだ。
エステルは父から呼び出され、ジュリエットも侍女としてエステルと共に執務室へ向かった。
ヴァルリナ宮殿で働いていたことのあるジュリエットの両親は王族への敬意を持ちつつも過剰に緊張したりせず、自然に会話ができた。
「ポール、ナタリー、遠いところからお越しいただき、助かります。それで、訊きたかったことなのですが、あなたたちがこちらで働かれていた二十五年くらい前に起こった事件をご存知でしょうか」
ロイが言い終えると、夫婦は顔を見合わせた。
少しの沈黙の後、ポールが言った。
「はい……。その当時の出来事ですと、思い当たることは一つしかございません」
「そのことについて、お二人が知り得る限りのことを教えていただきたいのですが」
「私たちは使用人だったので、詳しいことまでは分かりません。お役に立てるかは……」
貴公子の仮面を被り、だが相手が萎縮しないよう笑顔を作ったロイ。逆に裏がありそうで怖く見えるのではと心配したが、大丈夫だった。ポールたちにやましい気持ちがない証拠だろう。
「決して怒ったりしませんので、分かる範囲で問題ございません」
一呼吸置いてから、昔を振り返るようにポールは少し視線を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「あれは……現国王陛下がまだ王太子だった頃でございます。正確には、婚約発表があると噂された夜会が数週間後に予定されていた時期でしょうか」
ポールがナタリーに確認するように見た。ナタリーが頷いたので、彼はそのまま話を続けた。
「ある晩、現国陛下とフィリップ王弟殿下の会食がありました。厨房にいた時、そちらの部屋から急に皿が割れたような音と叫び声が聞こえてきました。メインの料理を出して少ししてからだったので何か問題でもあったのかと心配になり、急いで駆け出しました」
「はい」
「使用人は普段、決められた区域以外には入りません。ですがあの時は騒ぎになっていましたので……」
過去のこととはいえ規律違反をしたことを告白するポールに、ロイは柔らかい声を出した。
「咎めませんよ、安心してください」
「ありがとうございます。それで……他の使用人たちと一緒に、その部屋に入りました」
「そこで、何があったのですか?」
下唇を噛み言い淀む彼の様子を見て、ある程度の想像はつくが……。
「ポール、言いにくいことだと分かります。ですが、あなたから聞いたと、決して名前を出しませんし、これは王家――ひいては国家の問題にも関わっています。話していただけませんか」
ポールが噛み締めていた唇をゆっくりと離した。唇の端が心なしか震えているように見える。
「一人の男が倒れておりました」
「どのように倒れていたのですか」
「脚の辺りから血が出ていました。おそらく、刺されたのだと思われます」
「部屋にはその男しかいなかったのですか」
ロイは圧を感じさせない、落ち着いた声で訊いた。
「いえ……食事をされていた現……国王陛下とフィリップ王弟殿下がいらっしゃいました」
ロイはポールにその時の位置関係などを紙に書かせたので、その図と詳細な説明によって大体の状況が把握できた。
ポールの話によると、刺された男は下座であるフィリップの席近くで右の太もも部分を抑えて蹲り、凶器はすぐ側に落ちていた。
通常、配膳を担当する使用人がいるはずだが、ポールたちが部屋に入った時は父上と叔父上、それと刺された男しかいなかったらしい。また、逃げていく人物を見た者もいないようだ。
ポールはその刺された男のことを見かけたことはあったそうだが、名前や身分は知らなかった。覚えている範囲でその男の容姿を伝えてもらう。年齢はその当時で三十代くらい、茶色の髪と瞳、おそらく貴族……そして右脚を刺されたという情報。
自ずと浮かび上がる人物は——やはり、ルグランの主人しかいない。彼は右脚を引きずるように歩いていた。
「十中八九、ダヴィルー元侯爵子息でしょうね」
ロイの言葉に反応を示したのは、意外にもナタリーの方だった。目を見開いた彼女に、ロイが尋ねる。
「ナタリー。彼をご存知ですか?」
「ええ――と申しましても、私は使用人ですので、直接お会いしたことはございませんが……」
「些細なことでもかまいませんので、教えてください」
「はい。私はこの宮殿で衣装係として働いておりました。お貴族様が着られなくなった服を集め、王都に運ぶ手配などを担当します」
平民は新品を買う金がないため、貴族の古着を買うのは一般的なことだ。
「それで……頻繁に、全く同じドレスを目にするということがありました」
「同じ型を使えば安く作れると思いますので、それが理由でしょうか」
ロイの問いをナタリーは否定した。
「いえ……その、同じ物が二着ずつでございました」
「では、一方が汚れたときなどを考え、用意していたと?」
ナタリーは体の横で手を握り締め、遠慮がちに口を開いた。
「本当か分かりませんが、長く務めていた衣装係から、それは元ダヴィルー侯爵夫人と前王妃殿下のドレスだと教えていただきました」
秘密の関係にあった元侯爵と前王妃。そして元侯爵夫人と前王妃の服が何度も同じだったというのは?
「それはどのような意味でしょうか? 前王妃――当時は王妃ですね。通常、彼女と同じドレスを着用することなど、許されないことだと思うのですが」
「はい、そのため私たち使用人の間でも噂になっておりました」
「前王妃殿下や前国王陛下が気にされたと、耳にしたことは?」
「私は……聞いたことがございません」
接点がある人物同士だ。何回もということならば、どちらがやったのかは分からないが、故意に同じドレスを作っていたのだろう。
「……ロイ殿下。それ以外にも、リシャール王弟殿下と先ほどのダヴィルー元侯爵子息も同じ形の服を着ていらっしゃることがあったと、覚えております」
「本当ですか?」
「はい。ただ、サイズは違いました」
「デザインは全く一緒だったのですか?」
「はい」
彼らは異母兄弟だ。ということは、こちらも意図的に着せていた可能性が高い。目的はなんだ?
「ナタリー、他に何か思い当たることはございますか?」
彼女は少し悩んだ様子だったが、結局これ以上の話はなさそうだった。
「先ほどの話に戻させていただきますが、ポール、なぜ他の使用人たちはいなかったのか、分かりますか?」
「……いいえ」
「では、ダヴィルー元侯爵子息が刺されていた理由と刺した人物に心当たりは?」
ロイの質問に、体を強ばらせたポール。「見ていないので……」と言ったが、その仕草からある人物を疑っているのだと推測できる。
その後もいくつか尋ねたが、これ以上の収穫はなかったので、ジュリエットの両親はロイの執務室を出た。ミッシェルが彼らを部屋まで案内するだろう。
二人になったので、ロイに訊いてみた。
「殿下。ルグラン主人が刺された時、なぜ彼だけその場にいたのかですが……。彼は貴族子息なので配膳担当ではないですよね」
僕は一度したけどね。それは捜査も含めてだったし例外かな?
「ええ。ポールはおそらくフィリップ叔父上が刺したと思っているようですね。私も以前まででしたら、そう考えたでしょう」
頷いて返事をする。
「ですが、アランから聞いた話も考慮しますと、実際はルグラン主人が父上に襲いかかったところを叔父上が防いだ時、揉み合いになり逆に刺された――という可能性の方が高くなりそうですね」
「はい。でもそうしますと、ダヴィルー元侯爵家が処分されたのは分かりますが、身代わりで爵位剥奪されたという話と合わなくなりますよね」
ロイが少しの間考えるような顔をした。
「二つの場合が考えられます。実行犯はルグラン主人でも、指示したのがリシャール叔父上」
「リシャール王弟殿下の身代わりで処分されたということですよね」
「ええ。それともう一つは……やはりフィリップ叔父上が黒幕で兄を刺そうとしたが、庇おうとしたルグラン主人を刺してしまった。そしてそれを隠蔽するために、ルグラン主人を犯人に仕立てて濡れ衣を着せた。リシャール叔父上と異母兄弟ということもあり、剥奪する機会を狙っていたのかもしれません」
ロイはまだフィリップ王弟を疑っているようだが……。
「ですが殿下、国王陛下が例えば温情から弟を処分しないとしても、そのためにルグラン主人に罪を押し付けることをするとは思えないですが……。ルグラン主人だけがなぜその場にいたのかも理由がつきませんし」
「ええ、そうですよね。本当にフィリップ叔父上がしたのでしたら、自分を襲ってきた相手を父が庇う必要もありませんしね」
リシャール王弟に対しては、負い目があるから……ということなのだろうか。たとえ自分が原因でなくても。
「その場に使用人がいなかったのは、なぜだと思いますか?」
「確証はございませんが、王族が命令をすれば、使用人たちは従わざるを得ませんね」
当時は失敗に終わったが、計画的に準備されていたということだ。そして二十年以上経った今も、虎視眈々と王座を狙っている者がいる。




