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そのまま数日間は特に進展がなかった。昼間は以前と同じ仕事をし、夜はロイの会食がなければ会議を開いた。チボーはミッシェルの部屋に寝泊まりしている。
そして今朝、パトリックがヴァルリナの屋敷まで来た。
「殿下、ジュリエットの両親から返事がありました」
「何とおっしゃっていますか?」
「返信後すぐに準備をしてこちらへ向かうとのことです。やはり兄たちも一緒に来るそうです」
「さすがバクランド家の皆さん、行動が早くて助かります」
ロイが相変わらず完璧な様子で微笑んだ。
「ええと――それで、宮殿内に部屋を用意することを頼まれていましたね」
「はい。うちの屋敷は僕が出入りするところを目撃されることを考えて、質素な扉に改装しています。それが兄たちに知られると、理由を問い詰められますので……」
ロイは合点がいった顔をした。
「でしたら、私がお忍びでエステル嬢にお会いするためと返答してはいかがでしょうか? もちろん、宮殿に来ていただくことが嫌なのではございませんよ」
小さく息を吐いて意思表示をしてみたが、効果はなかった。
「そのように言ったら、事態が余計にややこしく……最悪、夜会の前に反乱が起きるかもしれませんよ」
「それは逆に、姫を護る王子として活躍できる良い機会になりますね」
ロイは実情を知らないからこう言うが、妹への兄たちの溺愛ぶりは度を超えている。我を忘れて第二王子ですら襲いかねないし、多分本気でバクランド領の若者を兵に募りそうだ。
貴公子という設定ゆえの演技か本心か……常に余裕を持って冷静に対処する姿は見習いたいが、敵に回したら怖い。エステルに関して、兄たちとロイが対立したらどちらが勝つのだろうかと、正直とても気になるけど。
「いや、それは別の機会でもいいんじゃないですか?」
「ええ。それにエステル嬢は護ってもらうよりも、対等に言い合える相手をお望みでしょうしね」
「それは間違っていませんね」
対等と言い合えるの間に、『皮肉も』と入れた方が良さそうだけど。
「――それで、殿下。部屋は大丈夫ですか?」
「ええ、広い客間がございます。その間はダミアン君たちも一緒に泊まっていただければ、よろしいかと」
「ありがとうございます。屋敷は改装中とでも伝えますので、話を合わせてもらえますか」
「もちろんですよ。楽しみになってまいりましたね」
いえ、僕は怪人ではないので、あなたのように思えませんが。もちろん最低限の冷静さだけは保っているけど。正直、夜会の開催も止めたいのが本音ではあるが、その言葉を言う権利は残念ながら僕にない。
「――はい、殿下」
それから数日間経った頃、ヴァルリナ宮殿にバクランド家の馬車が到着した。すでに宮殿内に部屋を用意しているとの連絡が済んでいるためだ。
実家の紋章が描かれている扉を開き、降りてくるジュリエットの両親の手を取る。ジュリエットによく似ている優しい雰囲気の夫妻だ。
「ダミアンと申します。突然お呼び立てしてすみません」
「ダミアン様、そのようにおっしゃらないでください。こちらこそ久しぶりにヴァルリナに来られて、懐かしく存じます」
挨拶が終わり、次は兄たち……と思って扉の方を見る。普段ならば正式な場以外ではすぐに降りてくるはずなのに、まだ中にいるようだ。
「兄様、どうかしましたか?」
覗き込むと、そこにいたのは兄たちではなく、父だった。
「え? 何で父様が?」
「いや〜、私も久しぶりに皆に会いたくなってな」
皆――というのは、僕たちだけじゃなく王族や貴族も含めてだろう。
「ならどうして母様は一緒ではないんですか?」
「ダミアン、察しが悪いぞ。妻が一緒だと夜会で離れたくなくなるからな」
つまり妻がいなければ、その分娘に付き添えるってこと? 父も兄たちに負けず劣らずエステルを可愛がっているのは知っているけど、一番大事なのは母だ……あっ。
「気づいたようだな」
父は夜会で何か危ないことが起きるかもしれないと勘づいているからこそ、あえて連れて来なかった。そしてエステルに対しては護衛をするつもりだろう。
「パトリックからの手紙はファブリスたちが不在の時に受け取ってな。彼らが今回のことを知る前に発ったんだが、りんが残っていないと二人に怪しまれる。彼らが来ると返事したのは許してくれ」
完全に父にしてやられた……仕方ないけど。
「分かりました。では案内しますので、こちらにどうぞ」
ロイによってすでに確保されている部屋へと向かう。中に入ると、ジュリエットが軽食と飲み物を準備しているところだった。
「ジュリエット、元気そうだな」
「旦那様、お久しぶりでございます」
「ああ、時々もらう報告書はきちんと確認している。助かっているよ」
お辞儀をしたジュリエット。どんな内容か気になるところだが……さすがに今ここでの確認はできない。
「ダミアン。部屋はどうなっている?」
「はい。ここがサロンでして、あの扉が浴室です。そしてこちら側に寝室が三部屋ありますので、ジュリエット一家、エステル、兄様たちと僕の予定だったんですが……」
「――なら、私とダミアンが同室だな」
「はい」
「ポール、ナタリー」
父がジュリエットの両親を呼んだ。
「用事があれば呼ぶ。まずはジュリエットとゆっくり休んでいてかまわない。食べ物も遠慮しないように」
「かしこまりました、ありがとうございます」
父は貴族だからといって威張る人ではないが、こういう気の使い方は母から学んだのだろうと思う。三人は廊下側、一番手前の部屋へと入っていった。
父がソファーに座り、僕も促された。
「――さて、話を聞かせてもらえるか?」
「はい。ですが僕からではなく、ロイ殿下からの方が良いかと思います」
「いや、まずは王族の主観がない状況説明を知っておきたい」
「分かりました。その前に父様、お腹が減っていませんか?」
「そうだな、食べながら話を聞くとするか」
ジュリアン殺害事件から始まった今回のことを、僕の考えも入れずに要点のみ話していく。
やはり父は二十五年くらい前の反乱のことを知っていたようだ。
「反乱があったこと、どうやって気がついたのですか?」
「気づいたんじゃない。直接ジョルジュから聞いたんだよ」
あまりにも自然に言ったので、普通に友人か使用人とかだと一瞬思ったが……いや、友人には変わりないのだろうけど。
「え、ジョルジュって……国王陛下ですか?」
「そうだ」
わざわざジュリエットの両親を呼ぶ必要はなかった。この様子なら父と国王は、僕たちが訊きたかったことを知っているに違いない。
初めから直接ロイが国王に尋ねていれば良かった。だが、それこそ軋轢を生まないためにロイが常に演技しているのも理解できる。ただ、生まれた時からそばにいる実の親なら、当然我が子の資質を見抜いているとも思う。
「父様は国王陛下と仲が良かったのですか?」
「ああ。最近私は領地に引きこもっておるし、彼も国王として多忙だから会うのは久しぶりだ。だが昔の関係で言えば――お前とロイ殿下のような感じだったぞ」
それは……かなり仲が良かったってことか。国王からも、僕たちのことを聞いているかもしれない。
「父様が陛下と仲良いなんて、知りませんでした」
「まあお前たちは子供だったからな。だがダミアン、考えてもみろ。いくら護衛が一緒だからといって普通、王位継承権のある子供を簡単に他の貴族の領地へ旅行させたりしないだろう? 国王に敵対心があるかもしれないのに」
そうだ……ロイとは僕たちが幼かった頃、彼がバクランド領を旅していた時に知り合い、仲良くなった。偶然だと思っていたけど、おそらく彼らによって計画された出会いだったのだろう。
そしてもう一つの画策があったことには、この時点では何も気がついていなかった。




