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エステル(と僕)との親密さを強調してエリックを牽制したいのだろうか。だがロイは私心で動くようなことはしない。それに、父たちに妹とロイの仲を勘繰られたりしたら何としてでも二人を引き離そうとするだろうから、悪い結果にしかならないと思う。
それとも事件解決が最優先で、その問題は後から考えることにするのか? いや、それでも僕たちの調査が露見してしまったら、父から今後の行動を制限される。ロイにとって痛手だろう。自惚れとかじゃなく、色々と僕たちは使いやすい存在だし。
バクランド領行きは回避したいが、ロイも誰かと同じで言い出したら聞かないし……と、どういう理由で断ろうか迷っていたら、エステルが言った。
「ロイ殿下。私たちが行くのではなくて、ジュリエットの両親に来てもらいましょうよ。彼らも娘に会いたいでしょうし」
ロイはそう言われるのを分かっていたようだ。
「ええ。ジュリエットさんも一緒に伺いましょう。年配の方に負担を掛けるのは、気が引けますので」
いや、ここで貴公子の仮面をつける必要はないんだけど。だが、父たちに会いたくないエステルも、演技を忘れていない。
「パトリックさん。ジュリエットの両親なら、まだ若いわよね?」
「はい、おそらく五十歳くらいでしょうか」
もちろんエステルの気持ちを汲んで、少し下に言っているはずだ。
「でしたら移動も問題ないはずだわ。お父様の馬車を使うでしょうし。それにロイ殿下、私……実家に行きたくないの」
「なぜですか? ご家族が会いたがっていると思いますが」
「ええ、私も会いたいわ。でも……帰ってしまったら、絶対に婚約をさせられてしまう。そんなの嫌よ」
「――それは僕もだろうね。というか、僕だけだと思うけど。エステルの婚約は兄様たちが到底許さないだろうし」
「私が阻止いたしますよ」
ロイが言った。僕の言葉は二人まで届かなかったようだ。エステルが訊く。
「殿下がどのように阻止してくださるのですか?」
「『もちろんそれは、君の婚約者としてですよ。愛しいエステル嬢』――とか?」
ロイより先に割り込んだ今回の発言は聞こえたらしい。
「ええ、さすがダミアン君。私のことをよく理解していますね」
「ありがとうございます。ですがそのように説明されるのでしたら、なおさら僕たちがバクランド家に行かない方がいいと思いますけど?」
「ええ、ファブリス兄様たちに軟禁されかねないわ」
至って普段の僕たちのやり取りなのだが、チボーはもちろん、エリックも会話に入れない。もっともエリックは疎外感というより、婚約者の部分から思考が止まっているようだけど。
「それに殿下、今この時期にヴァルリナ宮殿から長く離れるのは危険では? 相手がいつ動くか分かりませんし」
「確かにそうですね。バクランド家に挨拶に伺うのは次の機会にいたしましょう。ではパトリックさん。理由を作り、ジュリエットのご両親を呼び寄せていただきたいのですが」
「はい、かしこまりました。すぐに手紙を送ります」
――というか、初めからこの予定だったよね? エリックに聞かせるためだけにバクランド領に行くと言っただけで……という疑問は、ロイに確認しなくても合っているだろうね。
ジュリエットの両親が来ると言うなら、おそらく兄様たちも便乗したがるはずだ。
「ロイ殿下」
「何でしょう、ダミアン君」
「あの、何かバクランド家に急ぎの仕事などありませんか? その、ジュリエットの両親が来る間、兄たちがバクランド領に留まらなければならない用件があれば良いのですが」
聡明なロイは、僕の言いたいことを理解したようだが……。
「ダミアン君。せっかくですので、お会いされてはいかがでしょうか? 王家主催の夜会を開きますよ」
「は?! 夜会?」
「ええ。ダミアン君のお兄さんたちにも参加してもらいましょう」
僕は参加できないし、何の思惑で? ……いや、分かるけど。
「――要するに、夜会に乗じて相手が動くことを期待されていると?」
「さすがダミアン君、説明する手間が省けてありがたいですよ」
逆にこのくらいも分からなければ、あなたは助手として自分の側に置かないですよね。それに、一応僕は『相手が動く』と言ったが、ロイの思惑とすればあえてその機会を作り、相手が動くよう仕向けるはずだ。
ロイはゆっくりと端から端に視線を動かした。
「皆さん、まだ調べるべきことはございますが、おそらく夜会が黒幕を追い詰める好機になります。ぜひ協力してもらえますね?」
話は終わり、それぞれ自分の部屋に戻って休むことになった。ロイとエリックは問題ないが、チボーは浴室の使い方とか分からないかもしれないと考え、パトリックに頼んだ。
翌朝は皆で一緒に朝食を取ることにした。昨晩遅く急に来たにもかかわらず、出てきたものはいつもよりも種類が豊富で量も食べきれないほどだった。ちなみに、僕やエステルのときに手を抜かれているわけじゃなく、効率の重視とむだをなくす習慣がある母に育てられたので、僕たちはそれぞれ食べたいものだけを食べ切れる分だけ用意してもらうことにしているからね。
荷物の整理をするため部屋に戻ろうとしたところで、エステルとともにパトリックに呼び止められた。
「おぼっちゃま。バクランド家から返事が来ましたら、ご連絡いたします」
「うん。パトリック、頼んだよ」
「お嬢様。お手数お掛けしますが、ジュリエットにその旨を伝えていただけますか?」
「ええ、もちろんよ。……あら、兄様、どうしましょう」
「え、何が?」
珍しくエステルが焦っている。
「家よ。ジュリエットのご両親はヴァルリナに来たらうちの家に泊まるのよね?」
「うん、ジュリエットもいるし……ああ、忘れてたよ」
「後でロイ殿下に相談しましょう」
チボーはエステルと賭博場へ行き、ロイとエリックとも合流した。貴族に顔を覚えられた可能性が高い。そのため、最悪ジュリアンと同じ結果になるかもしれないということで、僕たちと一緒にヴァルリナに来てもらうことにした。肉屋に関してはパトリックが使いを出し、代わりの者を手配する金はロイが負担することになった。
馬車は一台しかない。ルグランからここに来る際にも皆で一緒に乗ったが、それはチボーがまだ知らなかった時だ。今からの道のりは、ロイが第二王子と分かった後だし、しかもその権威の象徴であるヴァルリナ宮殿に向かう。エリックは御者としての腕は確かとはいえ、そこは馬車なので少しの揺れはある。その上極度の緊張のためか青ざめた顔をして、何度か吐きそうになりながら堪えていた。
ロイはずっと思案しているようだったし、僕とエステルも集中を妨げてはいけないため何も話さなかった。
王都からヴァルリナまでの約二時間、普段以上に長く感じた帰り道だったが、やっと到着したようだ。馬車が止まり、外からエリックの声が聞こえてきた。
「すみません。ヴァルリナに着きましたが、宮殿でよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいません。それと、チボー君は私が説明しますので」
「分かりました」
まさかヴァルリナに行くと思っていなかったチボーは、当然身分証を持って来ていない。まあ、あったとしても許可がないから入れないんだけどね。嫌味ではなく、事実として。
だが、許可を与える側の人間――王族であるロイが一緒ならば、その問題は一瞬で解決される。
無事に門を通り抜け、僕たちはロイの執務室に移った。
調査や準備でより忙しくなるだろうが、敵に怪しまれないためには、通常の公務もいつも通りこなさなければならない。ロイは王都から戻ってきたばかり――という疲れた雰囲気など一切見せず、ミッシェルから膨大な書類を受け取った。
僕もリュー地区での子供を預かる事業のためにやるべき事があるのだが、チボーに手伝ってもらうことにした。幸い彼は隣の地区出身だし、平民だからこその視点もあるだろうしね。まあ正直に告白すると、手持ち無沙汰な彼を見かねて……と言うべきか、平民にしか見られないチボーが働かずに宮殿内にいるのを不審がられそうだから……と思った理由もある。
どちらにせよ、チボーは頼まれた作業を黙々とこなし、肉屋の仕事だけでなく、事務作業も得意なようで、本日中に終わらせる予定だった分は思ったよりも早く済んだ。
今夜は早速、ロイとの夜会に向けた作戦会議が予定されている。




