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店に残されたが、ここで楽しく酒を飲むことなどありえない。ダミアンも一人で待っている。考えることはひとまず後回しにして、馬車までの道を急いだ。
すでに夜は深い。繁華街といえどもルグランの周りはだんだんと声が消えていく中、ダミアンはずっと御者の席に座っている。
——ロイたちはエステルたちと合流できたようだが、アランの姿も見えた。険悪な雰囲気ではなかったし、おそらくどこかの店にでも入ったのだろうが……とにかく彼らの無事を祈るしかない。
ダミアンがそんな心配を抱えながら待っていると、ロイたちが向かった方角から足音が聞こえてきた。
「遅くなりました」
「殿下、心配しましたよ」
「ダミアン君、話がございます。急いで戻りましょう」
「王都の屋敷ですよね?」
「ええ」
エリックに尋ねる。
「エリック。バクランド家の場所、知っているかな?」
「はい、問題ございません」
「分かった、任せたよ」
エリックと代わるため御者の席から降り、馬車の中に座った。チボーも一緒のようだ。
「チボー」
呼ぶと、チボーが顔を上げた。
「今からサンタン地区にある僕たちの家に向かうんだけど、チボーは大丈夫?」
固まって何も反応を示さない。なぜかと思っていると、エステルが言った。
「あなたが話せることに驚いているのよ」
「ああ、確かにそうだったね。チボー、黙っててごめん。でも、もうその必要はないんだよね?」
「ええ」
答えたのはエステルだ。おそらく僕のことだけじゃない。今夜体験したことは、変わり映えのない毎日を送る平民のチボーにとって、簡単に処理できるようなことではないだろうから。
「チボー、聞こえるかな?」
何度か言った後、やっと「はい……」と、小さな声で返事をした。
「チボー、このまま僕たちの家に行って平気かな? もしかしたら親が心配するんじゃないかと思って」
「……何時に帰るか分からないって言ってある。大丈夫だと思う」
「なら良かったよ」
エリックが操る馬車は不思議なほど安定している。これならば乗り慣れていないであろうチボーでも酔うことはなさそうだ。
新しい情報を得たであろうロイとエステルは終始何かを考えているようで、ずっと一点を見つめ動かない。誰も話さず、馬の蹄の音だけが絶え間なく聞こえてくる。
屋敷までたどり着き、まずはトニーに来客も一緒なのだと伝えると、若者が中まで伝えに行った。馬車を敷地内に入れてそのまま玄関前まで進む。大きな扉が開き、パトリックたちが出迎えてくれた。
「遅くに悪いね。今夜は友人たちも一緒だけど、忙しいので歓迎会などは必要ないから。まだ外にいる御者のエリックの分も併せて、部屋の用意をしてほしい」
「はい、おぼっちゃま」
数名の使用人が動き出した。いつも通り慇懃な態度のパトリックだが、ロイの姿を見て一瞬眉を動かした。そしてすぐに冷静沈着な執事の顔に戻った。
ロイの先ほどの言葉からして、今すぐに話し合った方がいいと考え、パトリックに言った。
「客間は使えるかな?」
「もちろんでございます」
「それと――何か簡単に食べられるものを用意してほしい」
「かしこまりました」
トニーが馬の世話を預かるとのことで、エリックも手が空いた。全員を客間に案内して座っていると、紅茶と肉や野菜を挟んだパン、小さい菓子など準備したパトリックが入ってきた。見慣れた食器ではなく、特別な来客があったときのみに使用する、とても珍しい加工が施されている貴重な食器。これを使っているということは、パトリックがロイの正体に気がついているという合図だ。茶を淹れ終えたパトリックが退出したが、緊張感からか食は進まず、喉だけを潤した。
「まず初めに……そうですね。チボー君、私は君を信頼して話しますが、他言しないと誓えますか?」
急にこのように言われても普通は理解できないはずだ。まさか目の前にいる人物が第二王子だなんて、想像したこともないだろうから。
「チボーさんは大丈夫だと思うわ。チボーさん、今から彼が言うことが信じられないかもしれないけれど、驚かないでね」
エステルが付け足した。半分も分かっていないであろうチボーだが、一応は頷いた。
「チボー君、私の本当の名前はロイと言います」
「ロイさん……ですか?」
貴族ならばこれだけで理解しても、チボーはまだ気がついていないようだ。
「ええ。姓はファロンヌ、現国王の二男です」
「はあ? あっ、いや、す、す、すっすみません」
ソファーから転げ落ちそうなほど、動転している。
「いえ、こちらこそ驚かせて申し訳ないですね」
とはいえチボーは、言葉を聞いてもロイの立場が分かっただけで(それも怪しいかもしれないが)、今までのやり取りから成り行きを察することは難しいようだ。
やっとチボーが落ち着いたところで、ロイが続けた。
「簡単に説明しますと、コンスタンス嬢の件とルグランの賭博場ですが、ある王族が関わっている計画に関連したものだと考えており、調査しておりました」
それぞれに必要な情報を加えながら、ロイが経緯を話していく。
「まだはっきりとは分かりませんが、おそらくジャックも貴族でしょうね。姓が分からないので調べるのは少し時間がかかりそうですが……」
途中でエリックが発言許可を求めた。
「エリック、許可は必要ございませんよ。ダミアン君など、何も気にしないですし」
それはそうだけど、今ここで言う必要がある? と思ったが、チボーもいる。ロイの気遣いだと分かった。
「はい、では失礼します。あの、ジャックという若者です。最初は似ているだけかと思っていましたが、貴族ということですと……妹が昔、屋敷に連れて来た友人で合っていると思います。シェール伯爵家の四男ではありませんか?」
「そうなのですか?」
「あら」
「え?」
ロイとエステル、それに僕の三人が思わず声を上げた。思っていたよりも大きな反応に、エリックが一瞬驚いたような顔をみせた。
「見当違いでしたら、申し訳ございません」
「そうではありませんよ。アランがシェール伯爵家の三男だったので、驚いたのです」
今度は同じ反応をエリックがした。
「兄弟か、確かにそう言われてみれば似ているね。なぜ気がつかなかったのか、不思議なくらいだ」
僕の発言の後、ロイが言った。
「エリック。ジャックも君に気がついていると思いますか?」
「数年前のことですし、他にも何人かおりました。それにその時は挨拶だけだったので、私のことを覚えているか、はっきりとは分かりません」
「まあどちらにせよ、彼らは私の正体も分かっているようでしたから、時間の問題だったでしょう」
「え、殿下のことを知っていたということは、実際に会ったことがあったのですか?」
僕の問いをロイは否定した。
「いえ。彼らの親と嫡男は夜会に出席しますが、二人には会ったことはございません。おそらく肖像画や叔父上から私の見た目を聞いていたのだと思います」
「ロイ殿下、アランさんは私のことも言っていましたよね。やはり情報提供があったのかしら?」
「ええ、そうでしょうね。フィリップ叔父上はリュー地区の新規事業の責任者を私がダミアン君にしたことも察しておりました。ダミアン君の能力を知らなければ、思い至らないことだと思います」
フィリップ王弟に僕のことが露見している。
「ロイ殿下。やはり彼がルグランで喫茶店を装いながら賭博場を経営し、反乱のための準備をしている。そして殿下に計画を見破られることを危惧して、殿下や、その近くにいる僕のことも監視しているということですか?」
「ええ……私はそのように考えておりました」
なぜ過去形で言った? その理由は……
「え、では……何か新たに分かったのですか?」
僕の質問に答える前に、ロイはエステルとエリックの方を向いた。
「エステル嬢、エリック。アランの最後の言葉、どう受け取りましたか?」
二人とも緊張している顔が、よりいっそう引き締まったように見える。
「そのままの意味で理解するとすれば、黒幕は私たちが思っていた人物ではないということですよね?」
エリックも続けた。
「はい、私もそのように思いました。その……アランが嘘をついていないことが前提ですが」
状況が理解できない僕に、ロイがアランとの会話をそのまま再現していく。聞いているだけでもその時の緊迫した空気が伝わり、ヒリヒリと痛いくらいだ。
「えっ……もしそれが本当なら、別に黒幕がいるということですか?」
「ええ。そのように考えられます。そしてその人物に、皆さんも心当たりがあるのではないでしょうか」




