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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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 大通りにあった一軒の店に入った。一番奥のテーブルに座ろうとした時、今までほとんど発言をしなかったチボーが急に声を出した。


「ジャック」  

「チボー、おまえが飲みに来るなんて珍し——」


 近くの席で酒を飲んでいた若者が顔を上げた。


「あら、ジャックさん」

「エ……こんばんは」

「偶然ですわね」

「あ、ああ。繁華街でもこの時間までやっている店は限られるからな」


 意外にも、エステルもこの男を知っていた。調査で知り合ったのだろうか。同じように遊び慣れた雰囲気を持つアランとも知り合いかと思ったが、挨拶はなかった。

 だが、なぜかエリックがジャックに向ける視線も意味がありそうだった。今ここで理由を確かめられないのがもどかしい。


「ジャックさん、初めまして。フィリップと申します。お一人でしたら、私たちと一緒に飲みませんか」


 ジャックがわずかに目を見開いた。だがそれは一瞬で、「ああ」と言いながらグラスを持って席を立ち、私たちの方へ来た。もちろん護衛であるエリックは私の横だ。飲み物を注文し終えた後、エステルが微笑んだ。


「ジャックさん。またお会いできて嬉しいですわ」

「俺もだよ」

「今夜はお仕事ではないのですね」

「ああ、久しぶりの休みでね。暇だったから飲みに来たんだけど、君に会えるなんて、来たかいがあったよ」


 片目を瞑りながら言うジャックとの会話に、割り込んだ。


「ジャックさんは、どのような仕事をされているんですか?」


 チボーの前で嘘はつけないはずだ。


「この近くの飲み屋で働いている。教会の向かいにあるマークの店だ」

「そうなんですね」


 ジュリアンが頻繁に通っていた場所だ。そこでチボーとエステルと知り合ったのだろう。チボーは好きだった幼なじみのことを思い出したのか、顔を歪めた。だが、ここで口にしても皆が困るだけだと分かっているのか、俯いたまま下唇を噛んでいる。


「フィリップさんは普段、何をやっているんだ?」 

「私は父の手伝いをしておりますよ」

「お気楽な身分ってことか?」

「ええ、とても」


 もしこのジャックが私の正体を知ったらどうなるのか……頭の中で失笑しつつも、そんな考えは一切表に出さない。エリックとエステルも同じだろう。


「二人は?」


 ジャックがエリックとアランの方を向きながら言った。


「私はエリックと申しまして、御者をしております」

「ああ」

「俺はアランだ、警備隊に所属している。といってもこの辺りの管轄じゃないけどな」


 軽い口調の陽気な雰囲気、程よく鍛えられた体つき、顔立ちや色の薄い瞳まで似ている二人。だが互いに興味がないのか、それ以上会話のやり取りはなかった。

 ジャックは空になったグラスを持ち上げ、再び同じものを頼んだ。場が沈黙しかけたところで、エステルが口を開く。


「警備隊の訓練は大変でしょうね」

「まあね。訓練していないと、何かあったときに対応できないし」

「強い男性ってすてきだわ」


 エステルの言葉は本心ではない……そう思いたい。くどいようだが私は頭脳派なので、彼女の好みから外れてしまうからね。


「うーん。そう言われると俺は嬉しいけど……でも、そんなに良いものでもないよ」

「なぜですか?」

「強いだけでは治安は守れないし、危険も多い。怪我人や犠牲が出ることも珍しいわけではないよ」


 この発言はダミアンがトニーから聞いたアランの人物像と一致している。少し話しただけでも、アランは軽薄な話し方とは違い実際は冷静で、人の機微を読もうとしているのが分かる。

 そんなアランであれば、フィリップ叔父上がもし王位を奪ったなら、アランの志とは真逆の体制――独裁政権になることは十分理解しているはずだ。それなのになぜ、叔父上に協力して賭博場へ出入りするようなことをしている?


 近くの席に人はいない。チボーに嫌なことを思い出させて申し訳ないと胸の内で謝りつつ、再度際どい言葉をぶつけてみることにした。


「ジャックさん。飲み屋で働いているということですと、やはり素行の悪い人たちに接することもあったりするのでしょうか?」

「それはどういう意味かな?」

「夜に女性と酒となれば、喧嘩も起こるのではと思いまして」

「はは。ここは平民が多い地区だ、そんな喧嘩なんて大げさなものじゃなくても、ちょっとした言い合いならしょっちゅうだよ」


 否定せず、笑って返された。これ以上踏み込まれたくないのだろう。その気持ちも理解できるが、こちらもやめるつもりはない。


「ええ。女性関係や金銭問題、殺人事件など色々と話を聞きますね」


 笑みを浮かべながら世間話をするように言った。当然チボーはこちらを振り返ったが、場の空気そのものに圧倒されているのか、それとも事前にエステルから何か言われているのか、そのままの姿勢で硬直している。

 ジャックに向けていた視線を、アランに移す。


「そういった事件では、アランさんたち警備隊も出動することはあるのですか?」

「……あるよ。でも基本的には対処のためじゃなくて、治安維持のための巡回が主な任務だから」

「そうなのですね。ルグランでは負け込んでいる方も多く見受けられました。女性を騙したり、不正に得た金を使っている者もいたのではと思います。アランさんはそれを事前に発見するためにルグランにいた、ということでしょうか?」


 私たちだけ時間が止まったかのように誰も動かず、盛り上がっている者たちの声が遠くに響いている。



「何が言いたいのかな?」

「いえ、私があなたに尋ねたのですよ」 


 賭博場にいなかったジャックが驚いていないところを見ると、彼もその存在を知っていたようだ。私たちに会いたくなさそうだった理由は、チボーやエステルではなく、アランだったのだろう。



「フィリップさん……でいいんだよな?」

「ええ、初めにご挨拶したと思いますが」


 アランがため息をついた。


「何が目的かは分からないけど、関わるのはやめた方がいいと思うよ。エステル嬢も」


 エステルと同時に、思わず声を発した人物を確かめた。間違いなくアランだったが、彼にはリリーという名しか伝えていなかったはずだ。それに今のわざとらしい確認からして、私の名も偽名だと分かっていると、暗に言っているのだろう。



「俺は警備隊だよ? 街を嗅ぎ回っている美人令嬢の新聞記者と変わった風貌の助手の噂くらい、簡単に耳に入る」

「ふふ、どちらの名前がお好みかしら?」


 ここで動揺するようならば、初めから調査などしていない。エステルはいつもの調子を崩さずに言った。


「んーどっちも可愛いと思うよ。だからこそさ、俺は君に危険なことをしてほしくない」

「あら。アランさんは危険なことだと分かっていらっしゃるのね、当事者だからかしら?」

「君ほど魅力的な女性なら、どこでも誘われる。どこでも危険だよ」


 軽い口調で流そうとしているようだ。


「どこでも――というのは、『光の()』も含まれるということですかね?」


 私が言った後、アランが何かを決心したように残っていた酒を飲み干した。


「あなたたちが、そのような身分であれば」


 光の間はヴァルリナ宮殿にある大広間のことだ。壁一面に大変貴重な鏡が施され、それを縁取る装飾には金が使われている。部屋全体が輝いているように見えることから、そう呼ばれるようになった。

 聞き慣れない単語を使ったやり取りに置いていかれているチボーだが、他の者たちは理解しているようだ。アランもジャックもすでに隠す気はないらしい。


「それは確かに危険ですよね。鷹のように獲物――椅子を鋭く狙っている人物もおりますし」



 私がフィリップと名乗ったことと鷹と言ったことで、こちらの意図を察したようだ。アランもジャックも頭の回転が早くなければ、叔父上が道具として使うはずがない。


「鷹が狩りが上手なことは否定しないけど、能力を見せない賢さを持っていることも、忘れてはいけないと思うよ」

「能力を見せないことはできても、欲を隠す聡明さはなさそうですしね。そもそも一向に狩れていないところを見ますと、隠しているのではなく、能力が足りていないのかと思っておりましたが」


 ここまで言ったのだから、叔父上が聞けば相当怒るはずだ。焦りから綻びが生じれば、反乱を実行される前に解決できると考えている。だがアランの冷静なところを見ると、叔父上にあえて伝えないという可能性も高い。



 アランは少し考えるように沈黙した後、ジャックを見た。ジャックが頷いたそのやり取りから、やはり二人は通じ合っていたようだ。


「フィリップさん……。それとも、別の名前でお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「いえ、必要ございません」

「不躾に思われたらすみませんが、少々思い違いをしているように見受けられます。鷹は常に獲物を狙っておりますが、その獲物が意外なもののこともございます。例えば――小さく可愛いリス、でしょうか」


 リス……


「そしてその可愛いリスが実は凶暴性を隠し持っていることは、あまり知られていないことかもしれません」


 その(たと)えが意味するものは……

 思考が追いつく前に、アランが席を立った。


「申し訳ございませんが、警備隊の任務で朝が早いため今夜はこちらで失礼いたします。次にお会いするときは、改めてご挨拶させてください」


 ジャックも同様に立ち上がり、一礼をした。店を出て行く二人の身のこなしは、質素な服装からは想像できないほどに洗練されていた。

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