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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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「そうですね……」


 そう言ってから黙り込んだロイ。どのようにしてルグランへ入るのが良いのか考えているようだ。

 


「エリックに頼みましょう。彼は若いですし、幸い派手――社交的な雰囲気を持っています。遊び仲間からルグランの存在を聞き、主人である私が興味を持ったという設定にすれば、怪しまれないでしょう」


 ロイが言った案は一瞬意外に感じたが、僕が行くよりずっと良いと思い直した。

 

「馬車を無人で置いておくのは危険ですし、僕が残るということですよね」

「ええ。お願いします」

「はい」

 

 エリックは普段ロイ付きの御者をしながら近衛隊にも所属して鍛えているため、いざというときの警護も期待できる。それにエステルは瞬時に対応を見極められるが、チボーもいる。彼には『知らないふりをして』と事前に伝えていないので、おそらく僕を見れば驚きを口にしたり態度に出してしまうはずだ。


 ロイとは違う意味で目立つ僕の容姿。前回来た()()の家族だと思われればよいが、同一人物だと見破られる可能性が高い。滅多にファロンヌ王国で東の国出身者を見かけないためだ。

 見破られたとしても僕が変装をしていた理由を、賭博場の人間が僕の個人的な趣味だと理解する……ことは期待できない。賭博という禁止されている行為をしているのだから、調査のためだと考えられるのが普通だ。実際にそうだし。

 そうなれば僕だけではなく、ロイたちも危険に晒してしまう。それは避けなければならない。


 

 ロイがエリックに事情を説明した。飲み込みが早く感覚も良い彼は、すぐにこの場でロイが求めている、普段の生活に退屈している主人から命じられて遊びに付いてきた屋敷で働く若者――という感じになった。僕は喫茶店へ向かう二人を見送りながら、それまでエリックがいた場所に座った。

 このリュー地区は人や店の多い繁華街のため、夜でも人の往来がある。貴族の屋敷内ではなくあえてこの場所を選んだ理由は、今夜のロイたちのような、新規の()を迎えやすくするためだろうか。実際に二人がなかなか戻ってこないことを考えると、賭博場まで入れたようだ。

 何年もかけて虎視眈々と計画を進めそうな、狡猾なフィリップにしては少し違和感がある。だが、早く資金を集めて行動に移さなければ、自分も年老いていくという不安もあるはずだ。それにシャルルやロイに世継ぎができてしまえば、始末が必要な人間が増えてしまう。

 ロイが装っている貴公子の仮面を外した顔——裏から策を巡らせ操るというのは、フィリップと近い。似ているからこそ、もしかしたら王弟はそれに気づいていて、ロイを警戒し焦っているのかもしれない。


 

 馬車は喫茶店から少し離れた場所に停めているため中からの声は漏れ聞こえてこず、遠くからの喧騒が夜の街に響いている。逆に言えば、ルグラン内で騒ぎは起こっていないということだが、もちろん注意は忘れていない。一応僕もエリックほど上手くはないが馬車を扱うことができるので、万が一の場合はロイたちが乗った後、このまま僕が走らせることになる。

 



 

 一方、ルグランに入ったロイとエリック。二人は中ほどの席に腰を下ろした。夜とはいえ賑やかな街の中にある喫茶店にもかかわらず、他に客は一組しかいなかった。ロイは品の良い男性がダミアンたちが言っていた主人——元侯爵の息子だろうと推測したが、なぜか気になることが二つあった。

 一つ目は、その主人の雰囲気がリシャールに少し似ていると感じたことだ。そしてもう一つは、最近どこかで見たように思えたことなのだが、それは叔父上に似ている——中年の貴族によくいる佇まいなので、そう思えたのだろうと考えた。


 

 平民が大半を占める地区にある店とは思えないほど上質な珈琲を味わいつつ、エリックが頃合いみて元侯爵家子息であろう主人に囁いた。別の部屋で注文をしたい――と。

 

「それはどのような意味でございますか?」


 品の良い店主という雰囲気を崩さない彼に、エリックはもう一度言った。


「ここでは愉しい遊びを提供していると、仲間から耳に入れてね。だから、親から引き継いだ領地の管理のみで退屈している主人を連れて来てみたんだが……」


 もちろんエリックは恭順な使用人ではなく、無知な主人の金で遊ぼうという下心を隠しきれない様子で言っている。

 彼はロイとエリックを確認した後、二人組の客に目配せした。その内の一人の若者がすぐにこちらに向かって来た。


「こちらのお客様のご案内を、お願いできますか」


 若者は頷き、そのまま無言でロイたちを促して店の奥へと進んで行った。もちろん、ここで無礼だと顔に出すようならば初めから来ていない。

 壁の前に立ち、鍵を探す若者……ダミアンに聞いていた通りの行為を見届けてから、ロイとエリックは賭博場の中へと案内された。

 

 エリックは社交界に出ていないから、直接彼を知っている者がいなければ安全だろう。問題は私だ。夜会や会議で頻繁に顔を合わせている貴族がいない保証はない。変装は一応しているが、ダミアンのように女性のドレスを着たりはしていないため、見破られやすい。そもそもダミアンは宮殿内で雑用係にしか思われていない。自分たちと違う東の国の容姿に興味を示す人はいても話しかけられることなどなく、遠巻きに見られるだけだ。


 若者は人が集まっているテーブルごとに、どのような遊びをしているのかをぶっきらぼうな口調で説明した。そして最後に、「ここでは身分をしつこく尋ねたり、仕事の口利きを頼んだりすることは禁止だ」と言い、店の方に戻っていった。

 エリックとともに手前のテーブルに近付いて人々の頭の間から覗き込む。数人がカードを手に持ち、集中しているのが分かった。だが、ダミアンが言っていたように、テーブルの中央に掛け金が置かれてはいない。ここは喫茶店側から一番近いので、万が一見られても問題のないようにしているようだ。

 勝負の行方を見る振りをしながら、ここにいる者たちの顔を確認していく。薄暗い室内なのである程度近づかないと判断ができないが、逆に言えば自分たちの顔も隠してくれている。


 壁沿いに一人、つい最近も宮殿で顔を合わせた人物がいるのが分かった。男性たちに囲まれて談笑している、ランドレン伯爵夫人だ。すぐ側には、ダミアンも言っていたテルヌ伯爵の姿もあった。場に和んでいる様子からも、二人はここの常連のように見える。ざっと見渡したところ、カルー侯爵はいない。ゆっくりと自然な動きでその場から離れ、壁際に行った。


「エリック」

「はい」


 他の人に聞かれない程度の小さな声で訊く。


「あそこにランドレン夫人とテルヌ伯爵がいましたが、他に誰か分かる方はいましたか?」

「いいえ」


 聡明で忠誠心が厚いエリックだ。急に連れて来られた賭博場に驚いているだろうが、何も尋ねたりせず周りに溶け込んでいてくれる。

 

 ランドレン夫人はもちろん、テルヌ伯爵にも私の顔を知られている。下手に動くことができないし、エステル嬢が今夜この場に来ている確証もない。仕方なく帰ろうかとエリックに声をかけようとした時、どこからか視線を感じた。

 急に振り向けば相手と目が合ってしまう。

 

「早く遊びたいですが、どれが一番楽しめそうだと思いますか?」

「そうですね……」


 近衛隊に所属し鍛えているエリックなので、当然視線には気づいている。談笑している様子を作りながら周りを見渡した。


「あれが良さそうな気がしますが、いかがですが?」

「どれでしょうか?」


 何気ない会話の延長を装いながら、エリックが言った方向を見る。もちろん表情を緩めることは忘れていない。すると、一人の真面目そうな男がこちらに顔を向けていることに気がついた。私よりも少し上だろうか。騙せそうな客を見つけた——という目ではない。


「あの彼は?」

「知りません」

 

 エリックの言葉から、少なくとも近衛隊所属ではないと分かった。男の体つきや動きを見ても軍人というよりは文官の雰囲気だ。その男は数秒後ゆっくりと視線を下げてから歩き出し、表の店——喫茶店へと消えた。

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