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翌朝もロイは、決められた公務があるためほぼ寝ずに部屋を出て行った。僕はいつものようにロイの執務室で作業をしていたが、キリがついたところで一度家に戻ることにした。
「ダミアン様、お戻りになったのですね」
「うん、でも服を着替えたらまたすぐに行くよ。エステルから何か連絡があった?」
「いえ、ございませんでしたよ」
体を洗い、新しい服に替える。もちろんロイの部屋でも入浴はできるが、昨晩は調べものに集中し過ぎて気がついたら朝だったからだ。その後、ジュリエットが作っていた甘い菓子をもらい、また宮殿への道を急ぐ。
途中、向かい側から何人かの集団が来たので頭を下げてやり過ごした。本当は賭博場に出入りしている貴族の顔を確認したいところではあるが、ロイの雑用係となっている僕の立場では、宮殿にいることさえ不快に思われているのだから仕方ない。
ロイは約束があるとのことなので、ミッシェルに簡単な昼食を用意してもらった。その後も頼まれた書類を片付け、ロイが戻ってきたのはすでに日も落ちた頃だった。
「ダミアン君、お待たせしました。では行きましょうか」
ロイは着替えたようで、いつもよりは質素な服を身に付け、被り物で髪色を隠している。頬にはつけぼくろまであった。
「殿下。王子だとは思われなくても、その服ではまだ貴族に見えますよ」
「ええ、分かっています。ですが、どんな地味な格好をしていても私は目立ってしまいますからね。それならば、下位貴族くらいでいるのが一番安全だと思いまして」
嫌味ではない。ロイの長身で金髪碧眼の整った顔立ちは先祖代々高貴な血筋を重ねてきた容姿で、平民の中で突然現れる美男美女とは根本的に違う。客観的に自分を見て貴公子を演じているロイだからこその感想を言っただけだ。
だが問題なのは、下位貴族ならば注目されないとロイが思っていることだ。爵位が低い貴族は実際にヴァルリナ宮殿の出入りは許可されていないし、王族とも関わる機会がないため、ロイから見れば平民のほうに近いのかもしれない。男爵家三男で評判が悪いジュリアンですら平民から『お貴族様』と言われていることは、どうやっても想像できないだろうし。
「確かにそうですね。まあ、東の国の見た目の僕と一緒にいれば、高位貴族だとは思われないはずです。それにお金持っている貴族に見られたほうが、賭博場へも入りやすいでしょうし」
ロイの正体が露見しないよう、僕たちは側面に王族の紋章などがない普通の馬車を使うことにした。普通といっても装飾があり作りも頑丈なため、貴族のお忍びには見える。下手に質素な馬車を使うよりも、不審に思われないだろうという考えだ。いつものように僕だけが乗ると思っていた御者のエリックはロイの登場に少し驚いていたが、伯爵家出身だからか配慮して口には出さなかった。こういうエリックの性格も、ロイが彼を使っている証拠だろう。
いつもは王都に入る検問所前で馬車を降りているが、すでに辺りは暗くなっているしロイも一緒なので、今日はこのままルグランまで行くことにした。
用意した身分証を見せ、検問所を抜ける。ここからリュー地区までは比較的治安が良いのでそこまで心配はいらないが、それでも襲われたら……と思うと体に力が入ってしまう。
「ダミアン君、緊張しているんですか?」
「はい、だって今もし盗賊などに襲われたら、防御もできませんし」
「ええ、私たちは二人とも頭脳派ですからね」
「いや、自分で言うとあまり知性的には見えないんですが……」
「エリックは剣の心得もありますし、もし尾行されていたとしても迂回して撒くはずですので、任せておけば安心です」
「はい」
「それより私はエステル嬢との関係をどのように説明すれば良いのか、そちらの方が気掛かりですよ」
え、やっぱりその設定でいくの?
「別に両親や兄たちも屋敷にいないんですから、普通に僕の友人としていればいいと思いますが」
「でも、ダミアン君の友人は私くらいしかいませんよね? すぐに私が誰か、分かってしまいます」
「新しくできたことにすれば良いかと」
「――ダミアン君のような少し変わっている方が、すぐに友人を作るとも思えませんが」
それは……あなたの方ではございませんか?
偏屈、変人、怪人、独断的……彼を形容する単語をあげればキリがない。まあ、そんなロイと出会った瞬間からすぐに意気投合して親友になった僕も、やっぱり変わっているのかもしれないけど。
「――というか色々取り繕うとしても、多分パトリックはあなたを見たらすぐにロイ殿下だと分かると思います。なのでエステルとのことはまず置いておいて、普通に元侯爵家のことを訊きにきたと言えばよくないですか?」
「それはそうですが、後からお付き合いのことを伝えたとき、なぜ初めに言わなかったのだと心象が悪くなることは避けたいのですが」
あなたの立場なら、何も問題ないと思いますが。
「殿下でも、そのように思うんですね」
「ええ、当然です。誰だって将来の家族には良く思われたいものですから。すでにお一人には、少し面倒だと思われている気もいたしますが……」
「――殿下の気のせいでは?」
少しではなく相当だよ、という訂正の意味でね。
それはともかくとして……
「まだ親しくなっている途中……みたいにすれば良いのでは? え、それとも二人は本当に――」
「そうですね。そうしましょう」
珍しく言葉を重ねるようにして言ったロイ。
え、答えたくなくて焦ったということはないよな? それなら二人はすでに……
いや、考えるのはよそう。多分そろそろルグランに到着する予定だし、この救出劇? でのやり取りによって、二人の関係は訊かなくても分かりそうだし。
住所を伝えていたため、迷わずにルグランまで馬車を走らせたエリック。近くには、チボーが言っていた通り、他にも馬車が停められていた。今夜も賭博場は開いているようだ。
だが、ここであることに気がついた。
「殿下」
「どうしましたか?」
「ルグランは外に看板などもないので、初めてでは入りにくい――分かりにくい店です」
「ええ、ですが前回ダミアン君もエステル嬢と来たのですよね? 今夜は私を連れて来たということにすれば、問題ないのではないですか?」
「それが、そうなのですが……」
言い淀む僕に対して、ロイが訊いてきた。
「もしかして、支払いをせずに出て来たとかですか?」
「いえっ、もちろん違います」
「では……お酒を飲み過ぎて粗相をしてしまった、ということでしょうか?」
「それも違います。ただ……前回は女性のドレスを着て、東の国から来た令嬢という設定だったので……」
ロイは『意外な答えだった』というような顔をした。
「なぜ言うのを躊躇ったのですか?」
「普通に恥ずかしいからですよ」
「むしろもっと早くに教えていただけていれば、私も令嬢として伺う準備ができたので残念ですよ。その方が私の正体が見破られづらいでしょうし」
「父親の仕事でこの国に来た娘で、ファロンヌ語をほぼ話せない設定でした。父親の取り引き先の令嬢であるエステル以外の知り合いがいるのは、怪しまれるかなと思いまして」
「確かにそうですね」
ロイは納得したように頷いた。
「それに殿下の身長でドレスだと、さすがに目立ち過ぎませんか」
「そうかもしれません。――そういえばダミアン君、初めての体験ですよ」
「えっ、何が……あ、女性の服を着ることがですか?」
「そうではなく……いえ、着たことがないことも本当ですが」
「では、何が初めてなんですか?」
「その、私は自分の見た目で今まで得をしたことしかなかったのです。ですので、初めて有効に使えないという体験をしましたよ」
第二王子という身分がなくとも、十人中十人が褒めるだろう容姿なのは大げさでもないが。
「殿下、返事に困るんですが……」
「ダミアン君、いつものように返してくれてかまわないんですよ。妹には効果がないように見えていますが? とか」
黄金色に輝く髪に負けない微笑みのロイ。いや、分かって言っていますよね。
「効果がないのなら、迎えに行ってもアランに敵わないと思いますが?」




