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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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 秘密の交換日記だ。当然ながら二人の名前など、すぐに個人が特定されるような情報は書かれていない。ただ、筆跡、文法の正確さ、言い回し、どれをとってもこの二人が最高級の教育を受けたのだろうということは簡単に見て取れた。


「少なくとも宮殿で働く使用人が書いたとかではなさそうですね」


 ロイは集中しているのか、返事がない。

 僕も一緒に見ているが、自然なやり取りで文に規則的な間違いもなく、頭文字を繋げたりしても他の意味が出てこないので、これは恋文を装った暗号文ではなさそうだ。ちなみにファロンヌ語は主語が男性か女性か、また単語にも男性系と女性系、複数形の区別があり、それによって形容詞が変化する。そのため(偽っていなければ)、男性と女性の恋だったとほぼ確信できる。


 少し経ってから、ロイが口を開いた。


「ダミアン君」

「はい」

「私は二人の字が気になります」

「何かが隠されている――ということですか?」


 ロイは首を横に振って否定した。


「いいえ。見覚えがあるといいますか、同じような筆跡の書類を見たことがございます」

「えっ、誰か分かりますか?」

「鑑定人を呼んでみないと確定はできませんが、そうですね……ダミアン君、この部分を見てください」


 指で示された場所は、文の始めの文字で、大きく書かれているところだ。


「少しこうやって丸みをつけてありますね」

「はい」


 確かに珍しいが、間違っているわけではない。


「私の祖母、前王妃殿下の文字にとてもよく似ています」

「え?! 前王妃殿下ですか?」

「ええ、それにこのように自分の感情を伝える言い回しなど、孫の私にくれた手紙の中にも書いてありましたよ」


 淡々と伝えているロイだが……


「えっと、それでもう一方は、その……前国王の筆跡に……似ていますか?」

「政略結婚で一緒になった二人が普通の恋愛に憧れてこのような形を取ったと言いたいところですが、残念ながら違いそうです」

「そうですか……それで、相手の方にも心当たりはありませんか?」

「今の時点ではありません。該当する時代の決議書や決算書を持ってきますので、ダミアン君、お願いできますか?」

「もちろんです、ロイ殿下」

「まずは先に夕食をいただきましょうか」




 通常であれば限られた人のみが閲覧できるこれらの書類は、幸いにも国王陛下に鍵を借りるだけで持ち出せた。正確に言うならばその鍵の使用許可をもらうことが難しいのだが、そこは普段不満を一切言わず真面目に公務に励むロイなので、『今後のための参考にしたい』と言ったらすぐに納得されたようだ。


「ダミアン君。ざっと目を通したところ、この部分に一番、日記を書いた人物の癖が現れていると思います。よく使う文字なので、今お渡しした書類にもあるでしょう」

「はい」



 一瞬で別人だと判断できる筆跡もあるが、そうでないものも少なくなかった。ロイが言った文字以外に他の箇所も見比べて判断していく。

 ロイの方は初めは祖母からの手紙と見比べていたようだったが、多分確信したのだろう。途中からは日記に集中していた。普段から本心を悟らせない瞳だが、より一層硝子のように透けて見えるのは、僕の気のせいではなさそうだ。


 破いたり汚したりしないよう注意しながら何枚もの紙に目を通す。すでにいくつかの束を見終えているが、まだ見つからない。下の立場の者に書かせて本人が署名のみしている場合もある。突き止めるには入念な確認が必要だ。

 すでに前王妃殿下に話を聞くことはできない。相手も同じ状況の可能性が高い。そのため、もし日記の中に書かれている内容が秘めた恋心のみのやり取りならば、わざわざ僕たちが相手を暴く必要もないと思う。そちらのほうが知ってしまったロイは別として、周りの人間にとったら幸せだろうから。



 ある一枚の決議案が書かれている紙を見た時、気になる箇所があった。ある二つの文字を繋げて書いた形がそっくりだったからだ。照らし合わせてみると、やはり他のところも似ている。



「専門家に確認する必要はありますが、同一人物によって書かれたように見えますね」

「はい。ロイ殿下、名前の記載がないのですが、決議書を書くのはどのような立場の人なのでしょうか」

「そうですね……場合によりますが、こちらを読む限り、機密事項が多い内容に思えます。そのような場合は漏洩防止のため、王族やその決議に関わる人物が直接書類を作成いたします」

「そうなんですね」

「ええ。皆、毎回私に頼むので困ったものですよ。まあそのおかげで、この鍵を簡単に借りられましたが」


 傍から見てもロイの仕事量は他に比べて圧倒的に多いが、それは押し付けられているのではなく、裏から操りやすくするためにあえてやっているのではないかと思っている。訊いたところで躱されるだけだろうけど、ロイの真面目で人当たりの良い貴公子という仮面の下に隠されている顔に気がついている人は、僕とエステルの他にいるのだろうか。


「さて、そうなりますとこの相手は王族か高位貴族になりますが、祖父である前国王は違いますね。それと名前が分かり、筆跡が合わない人物も外せます。ダミアン君、少々お待ちください」


 そう言いながらロイは紙に人物の名前を書き、その上から横棒を引いていった。続いて立ち上がり執務机の引き出しの鍵を開け、中から書類を取り出す。


「これは、歴代の要職担当者が記載されている資料になります」

「はい」

「先ほどの人たちを除いて、この議案書が書かれた日付で該当する人物は…………」


 普段の作業のように表情を変えずに書類に目を落とすロイは、ある部分で視線を止めた。



「ダミアン君。おそらく……ダヴィルー侯爵ですね。年齢から考えて、ルグラン主人の父親でしょうか」

「えっ……ということは、昔にあった反乱と今回の事件、両方にダヴィルー元侯爵家が絡んでいるということですか?」

「彼だという確定はまだできませんが、賭博場がルグラン——元侯爵の息子がしている喫茶店ということを考えましても、偶然ではなさそうですね」


 二人で、これまでに得た情報を紙に書き出していく。おそらく元侯爵直筆の手紙などはルグランの主人が持っていると思うが、怪しまれず見せてもらえるだけの理由が作れるかどうか……。



「ロイ殿下」

「ダミアン君、なんですか?」


 元国王を多少悪く言うことになってしまうが、仕方ない。


「えっと……侯爵家は反乱の責任を押し付けられて断絶したと言っていましたよね。元侯爵と前王妃は関係があったと仮定して、そうすると剥奪は反乱だけではなく不貞も関係しているのでしょうか?」


 ロイは少し考えるように時間を置いてから言った。


「そうですね。不貞が明るみになったとしても、通常は大した問題にもなりません。役職を解くことはあっても、剥奪まではしないと思います」

「ではやはり、侯爵家がなくなった原因は反乱でしょうか?」

「日記が書かれた時期と反乱は二十年以上の開きがありますので、今のところはそう思われます。ですが、二つが関係しているのかも調べないといけませんね」


 元ダヴィルー侯爵家が今回の事件の鍵なのは明白になっている。そうすると、もう一方の人物との関わりも必要だ。



「今回の事件の裏に王弟殿下がいるとするなら、元侯爵と何か繋がりはあるんでしょうか?」

「まだ分かりません。年で言いますとルグラン主人のほうが近いですね。元侯爵は生きているのかも不明です。まずは……元侯爵家の事情を知る人物を見つけましょう」


 やるべきことは多く、今夜は眠れそうにない。僕は宮殿に泊まることになり、ミッシェルに珈琲を頼んだ。二人の関係から何かを見出そうとするかのように、ロイは引き続き日記を読んでいる。

 僕は日記が書かれた年から侯爵家が断絶した年、約五十年前から二十五年前の書類の中で何か気になるところがないか、再度確認することにした。



 黙々と作業を続けているが、居心地が悪く感じずにはいられない。もちろん、親友ではあるが僕より上の身分のロイが苛立ったり、不満を態度に表しているからなどでは決してない。それでも空気が重くのしかかっているのは、自分が仕える国の君主であり、親友の家族でもあるファロンヌ王家の秘密を暴こうとしているからだ。

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