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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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 ロイは翌日以降も会議があるとのことで、王都へ向かうのは早くて五日後の予定になった。エステルも情報収集するには時間が必要だし、何よりもロイが急に欠席することで、王弟側に不信を抱かれないようにすることが一番気をつけなければいけない点だからだ。


 僕は連日ロイの執務室に来て、書類作業をしている。もしエステルに何かあった場合には、パトリックを通して手紙が送られて来るはずだ。連絡することもできない状況に陥ったらと思うと不安になるが、今は考えないようにする。チボーもいるし、賭博場にいるのは貴族階級の者も多いから、紳士的な対応をするだろうという希望的観測からではあるが。 

 子供を預かる事業に関しては、すでにロイが大まかな詳細を決めていた。預かる場所は教会で、子供たちの食事は料理店の空き時間を使う予定だ。僕はその契約書や親に説明するときの資料(普通の書体のものと、読み書きが困難な人向けの二種類)の作成、ロイに回ってきた手紙の下読みなど、黙々と作業を続けている。


 時々合間に時間を見つけ、僕は『ロイから逃げ出して怠けている』という雰囲気を作りながら図書室へ向かう。ロイの指示で調べていることを敵に悟られないための工夫だ。

 宮殿の隅にある図書室は文字通り本や資料が貯蔵されている部屋だが、数少ない訪問者の目的のほとんどは逢い引きで、勉強をしに来ている者などいない。学びたい貴族階級の子息ならば、このように欲にまみれたヴァルリナではなく、静かな領地に残って家庭教師をつけるか王都の学校へ通うことのほうが一般的だからだ。

 ということで、万が一僕が図書室にいることを見られたとしても告げ口される可能性は低く、何か今回の調査の役に立つものはないかと思い調べている。


 前回来た時に貴族一覧の資料を見たが、確かに二十五年ほど前まで存在していたダヴィルー侯爵家が、その後の書類では一切書かれなくなっていた。爵位剥奪が公表されていないため、注意して見なければ普通は断絶しているのに気がつかないだろう。当然理由などは記載されておらず、反乱などそれに繋がる文字は一語たりとも見つけられなかった。その後ももう少し調べたかったのだが、外から話し声が聞こえてきたため仕方なく本を戻し、図書室を後にした。




 今日中にするべき書類は終えたし、図書室には相変わらず誰もいなかった。ゆっくりと調べられそうだ。

 室内にある書棚は全て同じ作りだが、壁側の一つだけ妙に新しい。壊れて取り替えたのだろうか。管理人がいないため、きちんと整理されていない書棚も多い。ロイに今度、ここを管理する役を作るよう提案してみようかなどと考えながら、まだ見ていなかった場所の本を一冊ずつ抜き出して確認していく。

 すでに半分は調べているが、なかなか目当ての本は見つからない。――そもそもここにあるのかすら不明だ。王族のみが閲覧できる本として別室に厳重に保管されているか、反乱の事実を隠すために、記録すら残していないということも考えられる。



 どのくらいの時間が経っていたのか分からない。その本を手に持った時、強い違和感を覚えた。題名として書かれている文字は『農民の家』。この宮殿に入れる貴族が到底興味を持つ内容ではない。雑に扱われたせいで汚れたり傷がついたりしているわけでもないのに、なぜか使用感がある。大切に受け継がれた本——そのような印象を受けた。


 興味本位で中を開いて見ると、題名から想像した絵や図が描かれていて、その横に説明文があるような本では全くなかった。古い紙は文字で埋まっており、筆跡から二人によって一頁ずつ交互に書かれていると分かった。見たところ表紙が付け替えられた形跡はない。要するに初めから交換日記として使うために、この本を準備したようだ。 

 反乱の作戦を練るためのものかと一瞬期待したが、すぐにそれは違うことに気がついた。女性らしい柔らかい文字で愛を伝える言葉がいくつも目に入ったからだ。


 すでに暗くなってきているため、誰からも需要のないこの部屋に明かりはない。図書室の本を持ち出す際には、指定の紙に書き込む必要がある。その紙を取り出してざっと追える範囲まで確認してみたが、この本の題名は見つけられなかった。一番下の欄に必要事項を記入し、執務室まで戻った。




「ロイ殿下、失礼します」 

「ダミアン君。ちょうど良い時間に戻って来ましたね」

「いつものように図書室へ行っていました」

「そうだろうと思っておりましたよ。今夜私は会食の予定がございませんので、ダミアン君に同席してもらえると嬉しいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、喜んでご一緒しますよ」

「おや、何か気になる本がございましたか?」


 ロイの視線の先は、僕の手の中にあるあの一冊の本だ。ロイの口調からは大して期待していない様子なのが分かる。反乱のことが書いてある本でも見つけていたら、僕が入室するなり言うだろうしね。それに正直僕も持ち出したが、不貞か身分差がある恋人同士が隠すようにして愛を綴ったものだろうと思っている。だが、少しでも普通と違うものがあったら調べてみるのが、優秀な助手だ。



「男女の古い交換日記のようなものなのですが……」

「ダミアン君は純情だと思っていましたが、ついに予習を始めたのですね」

「殿下が純情なんて言葉を使うなんて、誰かの影響だとしか思えないんですけど」

「ええ、よく聞いていますからね。『兄様はとっても純情なの』って」


 媚びるような甘ったるい声で言われたので、もし目の前の相手がロイでなかったら、暴言を吐いていたかもしれない。


「っ――それで、わざわざ偽の表紙の本を作り、人目を避けてやり取りをしていたようだったので、秘密にしなければならない立場の方のものだったのではないかと思い、念の為確認しようと持ってきました」


 そう、貴族にとって結婚とは親同士が決めたいわゆる契約であり、そこに愛があるほうが珍しい。よって他にそれを求めることは半ば暗黙の了解で、咎められることはほとんどない。

 少ない例外というのが、王妃や王太子妃の不貞(なぜ女性側だけ……という意見には僕も大いに同意するけど、今そのことについて討論することは避けたい)、または政治上の機密事項を漏らすということだ。

 そういう理由で、もしかしたら今回の事件に関係はなくとも、持っていて損はない情報が入っているかもしれないと僅かながら期待もしている。


「少々怖いですが、気になりますね」


 ロイがこう言ったのはそれが本心かは別として、王族が関わっている可能性が大いにあるからだ。


「まだ夕食は時間がかかりそうですよね」

「ええ、ダミアン君。さっそく見てみましょうか」



 僕たちは並んでソファーに座った。表紙はやはり変哲のない一般的な本で、『農民の家』に興味がある者以外が手に取ろうとは思えないものだ。


「これは先ほどダミアン君が言った通り、書き終えてから付け替えたのではないですね」

「このヴァルリナ宮殿が建てられた当初から、図書室はあの場所にあったのですか?」

「確か……初めはいくつかの部屋に本が置かれていたそうですが、多くなったため徐々に一つの場所に纏められていき、最終的にあの場所を図書室として使うようになったと、聞いたことがあります」

「百年は経っていないということですね」

「ええ。それにこの製本の仕方と紙の質、劣化具合から推測して……おそらく四十年から五十年くらい前のものでしょうか」


 実は僕もそのくらい前のものだと予想していた。口にしなかったのは言うまでもなく、ロイの親族に関わるものかもしれない変な予感がしたからで、やはりこういう勘は、望んでも望まなくても当たってしまうものだ。

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