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数日後、またロイの執務室へ顔を出してフィリップ王弟発案の新事業についての内容を話し合ったが、僕は現場に出るようなことは今のところなく、書類仕事に忙殺されるだけで済みそうだ。いや、済みそうだ――というのは、大いに語弊がある。
だが、この事業を通じてフィリップ王弟と今回の事件との関わりの証拠を掴めるのではないかと、僕たちは期待している。ジュリアン殺害と賭博場の件も一緒に解決できるならば一石二鳥だろう。
「こういう状況下ですので、確実に味方だと思える君に任せたかったのですよ。私もやすやすと殺されることは望んでおりませんから」
「――そこまで権力に執着があるようには見えなかったので、意外ですね」
「ええ。もちろん、私の可愛い恋人と離れたくないからという理由ですよ」
片目を一瞬瞑ったロイ。彼の本性を知らなければ、眉目秀麗の王子が麗しい恋人を語った、ときめくような一幕に違いない。
だが僕はこれからロイが何を言おうとしているのか察し、覚悟した。
「ところで先日は詳しく訊きませんでしたが、エステル嬢が王都に残ったのはどうしてですか? まさか亡くなった女性と同じように、男と親密になるつもりではないですよね?」
「いや、分かっていますよね?!」
「――あまり分かりたくはないですけどね」
そう言いながら、ロイは息を吐いた。
止められなかった僕に呆れているのだろうか。いや、普通にエステルが自粛すれば良かっただけだ。だがそれが無理だということは、ロイと僕の二人が理解している。
「一応僕も反対したんですよ。でも、『これが一番効率がいいやり方』とか言って、僕の意見を全く聞いてくれませんでした」
ロイはさすがに僕に当たるようなことはしない。すでに事は始まっているので、その経緯について弁解するよりも今後について話すべきだと思うのは、お互い一致している。
「シェール伯爵家のアランに近付いているのですか?」
「はい。何かしら、王弟殿下の証拠を手に入れられればよいですが」
「今まで見つかっていないのですから難しいと思いますし、相手側はすでに殺人を犯しています。大変心配ですが、彼女は優秀ですし——引き際も間違えないでしょう」
ロイはこの後もやるべき執務が立て込んでいるため、部屋を出ていった。残った僕は、ロイから渡された書類を進めていく。
僕が重宝されている理由は、馬が合うことと珍しい容姿が使えることの他に、説明されなくても満足してもらえるだけの仕事ができることだ。
多分それは母の出身国の者に多い、『察する』という気質が関係している。はな達はもちろん母も気が利きすぎて、ファロンヌ人の使用人たちが焦るほどだからね。
ロイが国王以下宰相たちとの会議に出席するために廊下を歩いていると、途中である人物と一緒になった。
「フィリップ叔父上、おはようございます」
頭を下げて言ったロイだが、フィリップには挨拶など不要らしかった。珍しく側近を引き連れていない。
「会議に向かっているのか?」
「はい」
ここで『叔父上もですよね?』など分かりきっていることを訊けば、凍るように鋭い視線をもらうことになるだろう。
「叔父上、お急ぎのところ申し訳ございません。事業についてですが、身近で信用の置ける者に雑務を担当させ、責任者には私の名前を使う予定でおります」
凍るまではいかなくとも、冷気を感じる灰色の瞳でフィリップが一瞥した。
「『私が君の執務室へ聞きに行く』と言ったのを忘れたのか?」
「もちろん覚えております。ただ、早くお伝えしたほうが良いかと思いまして」
「君は、私がそんなに気の短い人物だと思っていたのかね?」
「いえ、そのようなことは全くございません」
――本当に。数十年も前から虎視眈々と王座を狙い続けているのだろうということを、私も嫌というほど知っていますよ。
「現地に赴く場合は、どうするんだ?」
どういう意味だろうか?
ロイが少し返事に戸惑ったので、フィリップが先に答えを言った。
「君の身近な者では、支障が出ると思うが?」
この言い方……私が任せた相手がダミアンだと見破られている? 信用の置ける人物とのみ伝えたが、もしそうならばフィリップはダミアンのことを、周囲が思っているような外国人の雑用係ではなく、私が助手として重宝していることに気がついているのかもしれない。
ロイはいつもの仮面を被り、自然に返す。
「――出ないとは思いますが、必要でしたら責任者である私が参ります。叔父上が私に一任するとおっしゃいましたし、問題ありませんよね?」
返事の代わりに数秒見つめられた後、フィリップはそのまま無言で歩き出した。ロイも黙ってその後ろを追い、会議が行われる部屋へ向かった。
ダミアンは引き続きロイの部屋で雑務を続けていた。集中していると、時間が経つのはあっという間だ。ロイが戻ってきたが、すでに夜になっていたことに気がつかなかった。ロイ自身もこの時間まで自由になれなかったという意味なので、世間が思っているよりも王族がいかに多忙だと分かる。
「ダミアン君。随分と進めてくれていますね、ありがたいですよ」
「殿下は思ったより遅かったですね」
「ええ、会議が長くかかりました。要領を得ない話を繰り返すなど、不毛なことが皆さんお好きなようで」
「聡明なあなたにとってはそうかもしれませんが、会議とは元来そういうものではないんですか?」
「そうかもしれません。ですが彼らは、意見をいくつも出して話し合うのが良いと思い込んでいるので困ったものです」
体を使って働く平民には縁遠い、特権階級の仕事。その中心にいて一番強い発言力を持つ人物……その姿に憧れている者が今回の首謀者なのだと僕は想像しつつ、アランの父親のことを訊いた。
「ロイ殿下。会議には王弟も参加されたと思いますが、シェール伯爵は?」
「彼は側近とはいえ、この会議に出られる立場ではありませんからね。今日は見かけませんでしたよ」
「そうですか」
「ところでダミアン君」
「はい」
「君の家のパトリックさんですが、ダヴィルー侯爵家で働いていた元使用人の方と何か繋がりがないか、お聞きすることは可能でしょうか」
「良い結果が得られるかは分かりませんが、確認します。ついでに妹も迎えに行けますし」
「ダミアン君。違いますよ? エステル嬢を迎えに上がることが目的です。その時に君の屋敷に寄り、パトリックさんと世間話をしている中でお尋ねするつもりです」
ロイが対外的な貴公子の顔をした。本心なのか、パトリックに怪しまれないための言い訳なのか、相変わらず読めない。
「えっ、ということは殿下も一緒に行くんですか?」
「当然でしょう? 自分のために動いてくれている恋人を迎えに行かないなんて、私はそんな無粋な男でないですよ?」
もちろんロイのためでもあるけど、妹はそれ以上に、自分が楽しいからやっているのだと思うけど。
「はい。ではパトリックに、殿下を迎えるための準備をするよう連絡をしておきます」
「いえ、ダミアン君。私は第二王子としてではなくエステル嬢を慕う者として参りますので、準備は必要ございません。まあ、門前払いは避けていただきたいところですが」
身分を隠そうとしても僕のヴァルリナでの知り合いは殿下だけだし、そもそも見た目で普通に分かってしまう。パトリックたちには、どうして事前に連絡をくれなかったんだと、僕が責められるだろうけど仕方ない。
「それで、まず伺うのはルグラン喫茶店の方にしましょう」
「え?! 貴族もいるので殿下だと分かる可能性がありますし、そもそも裏で賭博場をしているルグランへの出入りなど危ないと思います。もしそれを材料に脅されたりでもしたら、どうするんですか?」
「品行方正に生きて参りましたので、そのような悪い考えに至りませんでしたよ……いえ、冗談ですよ。そんな顔をしないでください」
犯罪行為はしなくとも、たちが悪いのはあなたでしょう――という考えは、すでにロイに読まれているだろうね。彼自身も心当たりがあるからか、何も言わないけど。
「僕はあなたみたいに、ファロンヌ一と言われるほど整った顔を持っていませんので」
「私はダミアン君の顔、好きですけどね。――すみません、余計に不快そうな顔をさせてしまいましたか」
僕はわざとらしくため息をついた。
「――それで殿下、どうやってルグランへ行くつもりですか?」




