表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/45

35

 ロイは宮殿内に、お気に入りの場所がある。幼少期に絶え間なく続いた教育の合間、息抜きに来ていた憩いの場だ。現在は別の楽しみがあり、また、激務の彼がここへ来れる機会はあまりないので、ミッシェルにすら知られていない。

 ロイが庭園の端にあるこのベンチを訪れるのは久しぶりだ。


 周囲は木々で囲まれており、腰を下ろせば近寄られない限り見つからない。ロイはほっと息をついた。もちろん彼はこのような時間も完全に思考を止めることはしないが、それでも煩わしい声から離れ、つかの間のひとときを楽しんだ。



 帰り道――とはいえ同じ宮殿の敷地内だが、いつもより遠回りをして、建物からは見えない奥の道を通ることにした。ヴァルリナ宮殿の庭園は広大で、いくら王族の住居で使用人が多いとはいえ、全ての手入れが常に完璧とはいえない。


 ロイが今歩いているところも草が生い茂っているが、馬の蹄や足で踏みつけられたような跡が残っており、人の往来はあるようだ。

 少し先に小屋があるのが目に入った。庭園の警備や管理をする使用人のための建物だろう。


 ロイは一瞬立ち止まり、どちらにしようか迷った。誰にも見つからぬよう来た道を戻るか、使用人たちにあえて顔を見せるかだ。前者を取りたい気分ではあるが、王族である自分が労うことで、彼らがより一層仕事を励むだろうと考えた。フィリップに伝われば何を企んでいるのかと不興を買いかねないが、元々好かれてもいないので今さらだ。



 散歩しながら庭園内の管理状況を確認しているという様子を作り向かっていくと、小屋の中から人の気配を感じた。普通ならばそのまま声をかけるところだったが、ロイは小道脇にある木の後ろに身を寄せた。警備兵同士の雑談とは思えない、張り詰めた空気を帯びた低い声が耳に入ったからだ。そのまま音を立てないように慎重に進んで小屋の裏手まで回り、耳を近づける。聞こえてくる声から男が少なくとも三人はいるのが分かったが、内容までは聞き取れない。



 庭園は許可された者以外が入り込まぬよう周りには柵が張り巡らされており、数カ所にのみ出入口が設置されている。その一つがこの小屋の横の門で、要するにここは検問所も兼ねている。


 どのくらいの時間が経っただろうか。ロイは自分がいる裏口の方に向かってくる足音を察知し、急いで離れた。扉が開き、門を抜けて外に行ったのは分かったが、マントを被った後ろ姿しか見えず正体は掴めなかった。だが着ていた服の様子から、中年の貴族男性だと予想をつけた。普段から宮殿に出入りする立場なのか、それともここまで密かに来たのかは分からない。



 ロイは少し時間を置いてから、今通りかかったという雰囲気で小屋の扉を叩いた。


「こんにちは」


 爽やかな、いつもの第二王子としての顔を見せる。


「どちらさんで――、あ」


 中から出てきた警備兵が、ロイを見て固まった。着ている服や品の良い物腰で、王族とまではいかなくとも高位貴族子息だとは容易に分かる。


「失礼いたします。久しぶりにこちらまで来ましたので声をかけさせてもらったのですが……何か仕事に関して気が付いたことなどございますか?」

「いや……特にありません」

「そうですか。では、中を見させていただいてもよろしいですか?」

「え……」

「ご安心ください。もし何か改善できるところがあるか、確認したいだけですから」

「それならロイ、私が見ているから大丈夫だよ」


 奥から聞こえてきた意外な人物の声に、ロイは驚いた。顔に出さないで済んだのは、長年の努力の積み重ねのおかげだろう。


「——リシャール叔父上。叔父上がこちらにいらっしゃるとは知りませんでした」

「ああ。ここは向こうと違って窮屈じゃないからね。たまに休みに来ているんだよ」


 割り当てられる量も少なく、逃避したいようなほどの責任がある公務もないリシャール。ましてやフィリップとの会話ですらロイに助けを求める彼が、警備兵や使用人たちの仕事環境を良くしようと考えることはない。むしろ、彼がここに来たことで使用人たちを萎縮させ、余計な手間を増やさせるだけだ。だが叔父上なら気づかないだろうと、ロイは思った。



「私も久しぶりにこちらまで足を伸ばしましたが、確かに静かですし落ち着けますね」

「ああ、そうだろう」

「せっかくですので警備兵の方たち皆さんに、ご挨拶をさせていただきたいのですが」


 当然計算しているが……こうやって丁寧さを出すことで、彼らも尊重していると感動されることをロイは理解している。

 中にはまだ他にも人がいる。ロイは警備兵か使用人だと予想しながら、扉の外から室内を覗いた。



「カルー侯爵と……ランドレン伯爵夫人ですか。お二人もこちらにいらっしゃるとは、思ってもみませんでしたよ」

「ええ、ロイ殿下。これは珍しい場所でお会いしましたな」

「ロイ殿下。ごきげんよう」


 密会の噂があった男女。侯爵はリシャールと同世代で、美貌が有名な夫人は二人よりも十歳ほど若かったはずだ。傍から見れば巷によくある、既婚の者同士の不純な恋愛。そこにリシャールが混ざるのも、女好きな叔父上なら有り得る話だ。理解はしたくないが。

 裏口から出てきた男も同じ目的でここにいたのだろうか。それにしては聞こえてきた声は、弾んだものではなかったが。


「あなた方もこちらで休憩ですか?」

「ええ。本日の仕事は滞りなく済んでいるので、見逃してもらえませんか?」

「――見逃すだなんて。私も立て込んでいる公務の合間に散歩しているんです。皆さん息抜きは必要でしょう」


 ほっとしたように口角を上げた侯爵。ロイはそれを、侯爵が仕事を怠けて遊んでいるのを咎められなかったことに対する安堵として受け取ったように振舞った。だが一瞬そこに嫌らしさを感じたのは、聡明さを巧妙に隠して周りに自分の考えを悟らせないロイだからこそなのかもしれない。



 先ほどの男を含めて、少なくとも四人の貴族がここに集まっていた。警備兵も仲間なのか分からないが、庭園の警備兵や使用人は基本的に平民か、男爵の二男以降など身分の低い貴族が担う。リシャール以下高位貴族たちに言われたら逆らえない。


「宮殿からは距離がございますが、皆さん馬車は使われていないのですか?」


 そうは言っても実際には大した距離ではないが、なんせ温室育ちの彼らだ。自分も含めてだが。


「ああ、兄さんたちに見つかると困る――いや、面倒だからね」


 リシャールは言い直したが、困る……とは? 叔父上の女性遊びは周知の事実で、それを咎める者はいない。それなのに叔父上が慌てて言い直したことが、ロイは胸に引っかかった。


 ロイは否定も同意もせず「そろそろ私は戻ります」とだけ告げ、小屋を後にした。



 ヴァルリナ宮殿の正面には噴水広場があり、それに続いて大きな階段が作られている。そこを下りると、縦に長く伸びた長方形の池がある。その周囲は馬車が通れる道と芝生が敷かれ、等間隔に彫刻が飾られている。天気が良い日には、令嬢たちがガゼボやベンチでおしゃべりを楽しむ姿を見かけることが多い。

 そしてその両脇には森が広がっている。正しくは地上から見ると一見森のように思えるが、実際には幾何学模様に木々が整えられていて迷路のようになっているため、時折男女が落ち合って親密な一時(ひととき)を過ごしていると聞く。


 ――今度、エステル嬢を誘ってみようか。


 そんなことを思いつつ、ロイはなるべく人とすれ違うのを避けるため、迷路の方を通って宮殿まで戻ることにした。


 外に出て行った人物が誰なのかは分からない。だがそれ以上に気になるのは、リシャールが堂々としていてカレー侯爵たちの上にいたことだ。実際に叔父上の身分の方が上だが、普段の彼は頼りなく、兄二人の影に隠れて存在感がない。公務の場でも格下のはずの貴族から揶揄(やゆ)されることも一回や二回ではなかった。それが先ほどはいつもより落ち着き、王族として振る舞っているように見えた。


 もしかしてリシャールも少なからず演技をしているのかもしれない。できない王弟の印象を与えれば回ってくる仕事を減らせ、遊ぶ時間を作れる。だがそのためだけに無能な振りをする必要はあるのか。叔父上が気にしないなら有り得るが。

 どちらかというと先ほどはたまたまそう見えただけで、やはりいつもの叔父上が地なのか——それか、何か別の目的があって偽っている……?


 ロイは胸に渦巻いている疑問をそっと留めておくことにして、宮殿まで戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ