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翌日の昼過ぎ、地味なドレスと新聞記者の助手風の服に着替えた僕たちは、イリナ地区にあるチボーの肉屋まで向かった。店の近くまで来ると、何人かの買い物客が出入りしているのが見えた。営業しているようだ。
客がいなくなったのを見計らって中に入ると、前回と同じくチボーの母親、クレモンティーヌが一人で店番をしていた。
「いらっしゃい……あっ」
「こんにちは」
彼女は当然のように僕たちのことを覚えていた。表情が硬いのは、話を訊くだけだと言った僕たちがまた来たことで、警戒しているのだろう。
「何の用で……」
「先日はどうもありがとうございました。チボーさんはいらっしゃいますか?」
「……配達に行ってるけど」
チボーは仕事を再開していた。一瞬、立ち直れたのかと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。彼らは平民だ。仕事をしなければ食べていけない。
「では何時くらいに戻られますか? チボーさんにお願いしたいことがあって伺いました」
「お願いしたいことって……?」
エステルは周りを見て、人がいないことを確認した。
「事件の真相を明らかにするための調査に付き合っていただきたいのです」
彼女は意外な内容に戸惑ったようだ。
「それは……」
調査協力と聞いて少し安心したようにも見えた。だが同時に、それが口実で息子を監視するつもりではないかという疑いも捨てきれていないようだった。それを機敏に察した妹が説明する。
「実を言いますと、コンスタンスさんの件を含めた一連の事件の黒幕の目星はついております。ただ、確信まではできておりません。証拠を見つけるために行きたい場所があるのですが、私の助手よりもチボーさんの方が適任なため、お願いしたいのです」
クレモンティーヌが返事をする前に他の客が入ってきた。彼女は僕たちに断ってからそちらの対応に当たる。肉をいくつか買った客が出て行ったが、彼女は沈黙したまま床を見つめ、唇をもごもごと動かし続けた。
「もうすぐ一度……帰って来るはずだけど、まだ今日の配達が残っているから……終わるのは夕方頃になるよ」
やっと小さな声で言ったクレモンティーヌに、エステルは優しい笑みを浮かべた。
「行くのは夜ですので、問題ありませんわ」
チボーが肉を取りに戻ってきた。相変わらず痩せていたが、以前は青白かった顔つきに生気が感じられる。僕たちを見て少し驚いたが、後ろめたいことはないのか怯えた様子はない。エステルが大まかな事情を話すと、コンスタンスに関わることだと聞いたチボーはすぐに了解の返事をした。そして早く終わらせるために、休憩を取らずに再び配達へ向かった。
一方の僕たちは夕方まで、町を散策して時間を潰すことにした。ロイから頼まれているもう一つの任務、王都の設備について税金が正しく使われているかを確認するためだ。
ちょうどいい時間になったので、エステルと肉屋まで戻った。
「チボーさん。お疲れ様、急に頼んでしまってすみません」
「いや、コンスタンスの……ためなら」
エステルは何も言わずに寄り添うような微笑みを見せた。
「えっと、服はこれでいいかな? 一応着替えたんだけど」
「ええ、大丈夫よ」
チボーが着ているのは平民の服だが、生地や仕立ては悪くない。平民としては比較的裕福な部類に見えた。実際にそうでなければ、ジュリアンにくっついて牽制することなどできなかったはずだ。
「じゃあ、くれぐれも無理はしないで」
チボーは店番をしている母親に話をしに行ったので、エステルにだけ聞こえるように小声で話す。
「分かっているわ」
「何かあったらすぐに連絡してほしい」
「ええ、ダミアン兄様もお気をつけて」
「ありがとう」
地味なドレスに身を包んでいても、エステルが持つ金色に輝く髪の艶やかさや上品さは隠しきれない。一方のチボーも中性的で色白だが、服装や立ち居振る舞いは完全に平民のものだ。二人が並ぶと、貴族と関わりを持ちたい裕福な平民の令嬢と、気が進まないが付き添う友人に見える。意外にも上手くいきそうだ。
二人がルグランへ向かうのを見送った。僕はこのままヴァルリナに戻ってロイに報告しなければならない。ヴァルリナから乗ってきた馬車は王都の外れに停めてあり、御者のエリックが管理している。
日が落ち始めた王都は、繁華街以外には明かりが灯っておらず薄暗い。大通りは家路を急ぐ者たちが行き交い、見慣れない風貌の僕が歩いていても好奇の目を向けられることはほとんどなかった。一時間ほどでその場所までたどり着いた。エリックはいつものように近くの宿泊所にいるはずだ。
今から帰ってもヴァルリナに着くのは夜中なので、どちらにせよロイのところに行くのは明日の朝になる。エリックに相談すると、安全性も含めて今夜はここに泊まり、夜明けとともに出発することを勧められた。
「分かった。それで……申し訳ないんだけど、僕も一緒の部屋でもいいかな?」
「ええ、もちろんですよ」
聡明な彼は、僕の見た目の事情もきちんと察してくれている。
翌朝早く、濃い青色の空が白くなり始めた時間、宿泊所を出た僕たちは馬車で王都を後にした。屋敷近くの人に見られない場所で降ろしてもらい、エリックはそのまま宮殿まで戻って行った。
「ジュリエット、ただいま」
「ダミアン様、おかえりなさいませ。お一人でいらっしゃいますか?」
「うん、エステルはもう少し王都に残る予定になった」
「かしこまりました」
「さっそく申し訳ないけど、何か食べるものをもらえるかな?」
「ええ、もちろんです。いつものようにパンと卵、それにサラダでよろしいですか?」
簡単な食事の用意を頼み、食べ終えた後に着替えた。
「ジュリエット。これから宮殿に行くけど何時に戻るか分からないから、昼の食事の準備はしなくて大丈夫だから」
「ダミアン様、お気遣いありがとうございます。行ってらっしゃいませ」
注目を集めないように気を配りながら、ロイの執務室へ向かった。部屋の前で立ち止まり、周囲を確認する。扉を叩くと、中から返事があった。
「失礼します」
「ダミアン君、いらっしゃい。今日はお一人なんですね。恋人に会えると思っていたので、残念ですよ」
「はい。エステルは少しやりたいことがあるようなので、僕だけ来ました」
ロイが首を傾げた。
「あれ、ダミアン君。何かおかしいですね」
「何……でしょうか?」
エステルが何をしているのか濁すため曖昧に言ったが、特に変なところはないはずなのに?
「いつもの君でしたら、『そんなに恋していたとは意外ですね』とか、『多忙なのに少し会えないだけで残念がるほど殿下が寂しがり屋だったとは、知りませんでした』とか、言いますよね。そうではないということは、彼女はまだ王都にいてすぐに戻ってくる予定ではないため、私に尋ねられたくなくてあのような言い方をした、違いますか?」
ロイはいつもの演技がかった表情をしているため、感情が見えない。
「エステルが王都にいることは本当ですが、殿下が思われたような理由ではないですよ」
「妹思いのあなたがエステル嬢だけを残して戻って来たところを見ますと、彼女でなければ接触できない人物か、立ち入れない場所がある。そしてあなたは何か得た情報を早く私に伝えるため――という感じでしょうか」
王子は聡明なほうがかっこいいが、ロイの勘の良さはどちらかというと悪役寄りだと、つくづく思う。
ここは弁解するよりも、大まかに肯定した方が良さそうだ。
「――はい、だいたい当たっていますよ」
「そうですか。エステル嬢が心配ですし、何について調べているかについては少々気になりますが、それは後ほど伺いましょう。まずは、ダミアン君が持ってきてくれた話を教えてください」
「はい、ロイ殿下」




