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その後もトニーにアランのことをさりげなく尋ねたが、貴族子息ながら平民のために働く好青年という評価以上の話は聞けなかった。ルグランへ行くのも貴族出身なので、少し品の良い喫茶店が合うのだろうという感想のみで、その裏側で何が行われているかなど、トニーは全く知らない様子だ。彼の耳に入っていないということは、おそらく他の警備隊員にも怪しまれていない。
もう一人の警備を担当している若者が、見回りを終えて戻ってきた。それをきっかけに話題を変え、その後はいくらかの世間話をして僕たちは屋敷まで引き返した。
「エステル、今日は王都を回るってことでいいかな?」
「ええ、もちろんよ」
「じゃあ二時間後に」
一階にあるサロンで待っていると、少し経ってからエステルも下りてきた。
「早いわね。待たせてしまったかしら?」
「ううん。パトリックにはもう言ってあるよ。じゃあ行こうか」
門のところにいるトニーにも、王都の中心地に向かうことを伝える。
「おぼっちゃま、お嬢様。でしたら馬車を準備いたしますよ」
「ありがとう。でも乗り合い馬車を使うから大丈夫だ」
「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
この辺りは高級地区なため、乗り合い馬車を使う人は多くない。おそらく空いているだろうから、すぐに乗れるはずだ。停留所まで向かっている最中、エステルが言った。
「ダミアン兄様――とお呼びしなくてはいけないのよね」
「うん、そう頼むよ」
「楽しみにしていたのですけれど」
「期待に応えられなくて悪いね。でも君が新聞記者の格好をすると思ったから、助手の方がいいかなって」
「どちらにしても私しか話さないのよ。ドレスでも問題ないじゃない」
うん、だから助手の服装でも問題ない――というわけだけど、それではつまらないってことだよね。
「でもドレスだと女性二人組になるから、色々とややこしくなりそうだし」
「あら、もしかして男性からのお誘いを牽制するために――とかかしら?」
「うん、もちろん妹が可愛いからね」
そう言ったのに、ため息をつかれた。
「兄様。二人で令嬢の格好をしていた方が、管理局の役人には有効かもしれないわよ」
「でも、それだと好意的に話してもらえるだろうけど、多分軽く見られてしまうというか……僕たちが知りたい情報は得られないんじゃないかな?」
「ええ。高嶺の花をどうにかして落としたい――って思われないとですものね」
君ほどの美貌なら、どんな服装でも大差ないと思うけど。――というかこの会話自体、馬車が来るまでの暇つぶしでしかない。
「そうだね。まあ、管理局の役人がみんなアランみたいな人かは分からないしね。殿下みたいに手強いかもしれないし」
「ええ。楽しめそうね」
向けられた蜂蜜色の瞳には、好奇心しか感じられない。ロイとの関係も楽しんでいるのか訊きたかったが、あいにく目的地へ向かう乗り合い馬車が来たようだ。エステルが係員へ料金を払う。
「大人二人、管理局近くの停留所までお願いします」
「ああ、奥に詰めてくれ」
中にはすでに乗っている人がいたため、静かに馬車に揺られていく。管理局まで何ヶ所か止まり、その度に乗客が乗り降りした。
「ありがとう」
エステルが礼――この国では、ただの挨拶代わりだ――を言って、二人とも外に出た。もちろん、今は侯爵令嬢の時と違ってエスコートは必要ない。彼女が慣れた様子で管理局の方向へ歩き出したので、いつものように後ろから付いていく。
管理局は文字通り王都の中心地にある。各地区に置かれている市庁舎をまとめる立場なだけあり、広場前に鎮座している大きく立派な建物がそうだ。
門番に身分証を見せ、中に入った。大勢の人がおり、僕たちも列の最後尾に並んだ。一人の男がエステルを見て声を上げると、伝染したかのように次から次へと視線を浴びせられた。並んでいる人たちは服装から平民が多そうだが、ちらほらと各地区の市庁舎で働いているのか、役人らしき雰囲気を持つ者も見える。
受付には、途切れなくやって来る人々をテキパキと捌いている中年の女性がいた。様子を見ていると、話は一応全員が聞いてもらえるみたいだが、不満そうな顔で帰っていく者も少なくない。男性が圧倒的に有利と言われるこの国で、受付とはいえ管理局の仕事についているだけでも能力の高さが窺える。男性がエステルにする、いつものような特別待遇も当然ないだろう。
結構な時間を待って、やっと僕たちの番になった。
「今日はどのような用件で?」
「こんにちは。ヴァルリナ宮殿付きの新聞記者をしているエステルと申します。現在、王都にある個人商店――特に喫茶店について取材しているのですが、開店のための手続きなど管理局の担当の方に伺いたいことがあり、こちらへまいりました」
「なら、直接店で尋ねればいいんじゃない?」
「ええ。ですが、以前と変更点などあるかもしれませんし、新聞記者として間違った情報を書くわけにはいきませんので」
中年女性が眉間に皺を寄せた。そのまま細めた目を、エステルの後ろに控えている僕に向けた。
「後ろの人も身分証を持っているんだよね? 二人分見せてもらえる?」
「ええ、もちろん」
彼女は差し出された紙と僕たちの顔を見比べた後、顔の緊張を少し解いた。
「時間は大丈夫? もしかしたらすぐには対応してもらえないよ」
エステルに限っては別だろう。もちろん、担当者が男性――ならば。
「ええ、新聞記者ですもの。待つことには慣れていますわ」
「じゃあ、ちょっとここで待ってて」
「ありがとうございます」
彼女は席を立ち、隣の部屋から人を呼んだ。僕たちとそう年の変わらない青年が顔を見せた。
「この二人を三階にいるニコラのところまで連れて行ってもらえる?」
「…………」
青年の視線の先はエステルに向けられている。
「聞こえてた?」
「え、あっ、はい。す、すみません」
落ち着きのない足取りの青年の後に付いていく。ヴァルリナ宮殿とは比べるまでもないが、それでも豪壮な建物だ。威圧感から平民ならば怯えて足がすくんだり逃げ出したくもなりそうだが、エステルには当てはまらない。軽やかで品のある様子に、すれ違う男たちが驚いたように固まった。その後ろを歩く変わった風貌の僕のことは、彼らの目に入っていない。
三階にある部屋の前で青年は立ち止まり、扉を叩いた。
「失礼します。ニコラさんはいますか?」
「ああ、何の用かな?」
「こちらの方たちがいらっしゃっています」
ニコラという名の男性が振り返った。兄たちとさほど年の変わらない――三十くらいの明るい雰囲気を持つ役人だ。エステルと僕を確認してから言った。
「今は手が空いてないから、少しそこで待っててもらえる?」
「ええ、分かりました」
ニコラはエステルを見ても態度を変えなかった。
一時間近く経っただろうか。ニコラはそれまで向き合っていた大量の書類から顔を上げ、こちらを向いた。
「お待たせして申し訳ない。隣に空き部屋があるから、そこで話を聞こう」
「ありがとうございます」
通された部屋は応接室などではなくただの倉庫という感じではあったが、一応壁際に二脚、簡易的な椅子が置いてあった。
「悪いけど、ここでもいいかな? 他の部屋は使用中でね」
「かまいませんわ。お忙しい中ありがとうございます」
少し照れたように口角を上げたニコラ。実直で優秀そうな感じが見て取れる。
「――それで、聞きたいことっていうのは?」
「わたくしはエステルと申しまして、ヴァルリナ宮殿付きの新聞記者をしております。後ろにいる彼は、わたくしの助手です」
「うん」
「現在、王都にある商店を取材していまして、少し気になる喫茶店を見つけました。店主がとても人当たりがよく上品で、そのお店についての記事を書きたいと思っております」
ニコラは頷いたが余計な口を挟まず、エステルが話を続けた。
「店主にもお話しを聞いたのですが、新聞にする以上間違いがあるといけませんので、営業許可証などを確認したいと思い、こちらに伺いました」
「店の名前を聞かせてもらえるかな?」
「ええ、リュー地区にあるルグランという喫茶店です」
それまで一切、僕たちの珍しい外見にも反応を見せなかったニコラの表情が引き締まった。
「ルグラン、と言った?」
「ええ。そちらについて、話を伺えますか?」
ニコラはルグランを知っていそうだ。だがそれは、書類作成をしたから覚えている……そんなふうには到底思えなかった。




