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ダミアン・バクランド 〜第二王子殿下の親友は今日も振り回される〜  作者: 島田すい


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 翌朝目覚め、顔を洗って着替えてから下の階にある厨房を覗いた。


「おはよう」

「ダミアン様、おはようございます」

「何か朝食をもらえるかな?」

「はい、すぐにご用意いたします」

「ありがとう」


 貴族の中には、厨房へ足を運んだことがない者も多い。というよりほとんどの者が、自分の屋敷内でもどこにあるかさえ知らない。


 僕たちの母は東の国出身で、たまに生まれ育った国の料理が恋しくなるそうだ。だが、この国の料理人たちではいくら口で伝えても、今まで見たり食べたりしたことがないものを実際に再現することは難しい。そのため母と侍女のはな姉妹が一緒に作り、皆に振る舞うことが多かった。僕たちはその様子を見て手伝ったりしていたので、大きくなった今でも厨房に行って料理人たちと話すのは楽しみの一つだ。



 世間話をしていると、エステルも中に入ってきた。


「皆さん、おはようございます。兄様、朝食はこれからかしら?」

「うん、エステルも食べる?」

「ええ、いただくわ」


 天気がいいので、用意されたパンとスープ、フルーツを運び、庭で食べることにした。傍から見れば、開放感を味わいながら穏やかな時間が流れている雰囲気だろうが、実際の会話の中身はそうではない。


「これからどうする予定?」

「そうね……もう一度ルグランに行って店主を探りたいけれど、頻繁に行き過ぎては怪しまれるわよね」

「だったら、あのアランって男に夢中になっている振りをすればいいんじゃない?」 

「あら兄様、嫌がられるかと思っていたけれど、意外と乗り気なのね」

「え、僕? エステル、君じゃなくて?」


 説明されないと分からないの? と言いたげな視線を送られた。

 二人ともアランに惚れている振りをするのはわざとらしいから、その演技は妹に任せ、僕はついて行くだけかと思っていた。あまりこの国の言葉を話せない設定の僕なら、エステルが誑かされていくのを理解していないと思わせられるし。


「だって兄様、確かにアランさんは女性から好かれるでしょうけど、私よ? 私みたいな令嬢が彼に執着するだなんて、何か裏があると考えられるのが普通ではないかしら?」


 うん、言いたいことは分かるけど……。


「確かに君の美貌はヴァルリナでも群を抜いている。だからそれは、昨日みたいに服とか化粧で地味にするしかないんじゃない?」


 返事をする前に葡萄を一粒食べたエステル。もちろん兄と二人の気軽な食事でも、所作は完璧だ。平民の振りをするなら、まずは果汁で服を汚すところから練習をする必要がありそうだ。


「――もちろん分かっていますわ。言ってみただけよ、少々気が重いですけどね」

「それは、平民風のドレスを着ることではないよね?」

「ええ。兄様が私を正しく理解しているのなら、むしろ楽しんでいるわ」

「うん、だろうね。アランに気がある振りをして、恋人に悪いと思うわけでもなく?」

「私の恋人は、逆にその状況で燃えるほうだと思うけれど?」

「あまりしたくないけど、想像がつくね」


 少し変わった者同士、本当にお似合いだねと言ったとしたら、二人は否定するだろうけど。



「普通に考えると、賭博場は夜だけ開くのでしょうね」

「そうだと思う。でも毎晩だとは思えないから、いつ開くのか分かれば、次の計画が立てやすいけど」

「ええ、兄様。それも含めて調べましょう」

「うん。それと、昨日トニーにアランのことを訊いていなかったなと思って」

「危険なことをしていると思われたら、お父様たちに伝えられて今後に支障が出るかもしれないじゃない。なのであえて訊かないつもりなのかと思っていたわ」

「うん、そのつもりだったんだけど……。でも万が一、アランがジュリアン以上の要注意人物という可能性もある。これからも接触するのだから、一応確認したほうがいい」

「確かにそうね」


 食べ終えた後、庭園の花を楽しみながらトニーの家まで向かう。門の横にあるこの家は、一階の奥がトニー、二階が若者の住居になっている。僕たちが訪ねた時は、若者は屋敷の見回りに行っていて不在だった。


「おはよう」

「おぼっちゃま、お嬢様。おはようございます」

「庭園を少し歩いてみたけど、新しい花が増えているね」

「はい。近所の方から株分けしてもらったのを植えさせていただきました。ところで、お出かけでいらっしゃいますか?」

「ううん。昨日、訊き忘れたことがあったことを思い出して」

「そうですか。では茶と菓子の用意をいたします。少々お待ちください」


 朝食を取ったばかりなのでそれは断り、部屋の真ん中に置いてあるソファーにそれぞれ腰をかけた。これはトニーたちも普段使うが、どちらかというと、約束なしで客が来たときに屋敷まで伝えに行く間、待ってもらうためのソファーだ。


「それで、聞きたいことというのはどのような内容でしょうか?」

「昨日お話ししたルグラン喫茶店に、アランさんとおっしゃる警備隊所属の方がいらしたのですが……トニーさんはご存知かしら? 色々な話を聞けて、とても新鮮だったわ。『また今度』とおっしゃっていただいたし、ロイ殿下からも王都の住民の暮らしについての知識がほしいと頼まれているので、こちらにいる間にもう一度伺えたらと思っているの」


 全て話してはいないが、嘘も言っていない。普段の妹の性格を知っているトニーならば、エステルがアランのことを気に入っていると勘違いすることもないはずだ。

 こうやって伝えておけば、万が一僕たちの身に危険が迫ったとき、早く対応してもらえる。


「アランですか? 思い当たる隊員が何人かいますが、年などは分かりますか?」

「そうね。私たちよりも少し上で……」

「多分、三十はいってないと思う」

「ええ。濃い髪色に薄い瞳が印象的だったわ」

「そうですね……」


 トニーが辞めてから五年経っているとはいえ、アランが入隊したのが最近でなければ、知っているかもしれない。


「背が高くて、目元にほくろのある男でしたか?」

「あ、左目の横に小さくあったような……」

「――でしたら、私が知っているアランでしょうね」


 警備隊所属というのは本当だった。きちんと働いている分、ジュリアンよりましだろう。


「どのような方なのですか?」

「勤務態度は真面目で、人当たりもよい青年ですよ」

「そうなのですね」


 賭博場で見た時の雰囲気からは想像がつかないが……仕事をきちんとこなす反動で、私生活では奔放になるのだろうか。


「ええ。ですがお嬢様のご要望には、アランでしたらあまり役に立たないかもしれませんね」


 どういう意味だ?

 疑問をそのまま口にした。


「それは、どういう意味?」

「彼は、シェール伯爵家の三男ですよ。素朴な性格ですし、警備隊での生活も長いので立ち振る舞いや金銭感覚は一見平民のようですが、やはり根底は貴族育ちです。本当の貧困は理解できないでしょう」

「三男とはいえ、伯爵家子息が警備隊に所属しているの?」

「はい。確か自分から王都の治安のために働きたいと志願して、入隊しました。上層部以外には、貴族の家柄ということは隠していたかと思います」


 シェール伯爵――フィリップ王弟派ではなかったか? 

 エステルも気づいたようだが、当然それは顔に出していない。



 貴族子息で爵位を継ぐ予定のない二男以降の者でも、警備隊員になることは珍しい。もちろん禁止されているわけではないが、平民出身者が大半を占めているので、貴族階級では疎まれ、嫌がらせを受けることが多いと聞く。ましてや金銭面で困窮している下位貴族でもなく、いくらでも口利きで仕事を探せるシェール伯爵家の者だ。


 アランは志が高いようにはあまり見えなかった。それに昨日実際に会った時の様子と、トニーから聞くアランの人物像の違和感が大きい。警備隊で平民を装っているのは、単に仕事をやりやすくするためか、周囲への配慮か、それとも、やはりフィリップが何かを企んでいて、それにアランも関わっているということなのか……。

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