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「お待たせしました」
「いや、こちらこそ急に頼んで申し訳なかったね」
「いえ。久しぶりにおぼっちゃま、お嬢様とお話ができて光栄でございます」
パトリックが慣れた手つきで茶を四人分淹れると、二人は空いている席に座った。彼らが無作法なのではない。僕たち家族が「遠慮しないで座って」、「いえ、問題ございません」、「かまわないから」……などの不毛なやり取りをしたがらないことを、十分理解しているからだ。このような場合、次第に横柄になっていく者が現れそうな気もするが、父――バクランド侯爵の人徳なのか、使用人たちは敬意を忘れず、きちんと場に応じた振る舞いをしている。
「トニー。呼んだのは警備隊について訊きたいことがあったからなんだ」
「警備隊ですか?」
「うん、昔所属していたんだよね?」
「ええ。こちらに来る前までおりましたから、五年くらい前でしょうか」
注がれたばかりの熱い茶を飲んでから、話を切り出した。
「少し前にリュー地区の通りで起こった殺人事件を知っているかな?」
「はい。ジュリアン様――貴族のご子息が刺されてお亡くなりになったと聞いております。この辺りで警備を担当している者たちの間でも、話題に上がりました」
殺されたのが貴族ということで、貴族の別宅や富裕層が多いこの場所の住人への注意喚起があったようだ。
家族の他、ジュリエットやこの屋敷にいる使用人たちも僕たちがロイから頼まれて、彼の手伝いをしていることを知っている。ただの書類整理だと言ってはいるが、尋ねるくらいなら怪しまれはしないだろう。
「ジュリアンが殺されたことだけど、なぜ刺されたか聞いている?」
「物取りの仕業だと、言われておりますね」
この些細な違和感に、一瞬早く反応したのはエステルの方だ。
「『言われている』ということは、トニーさんは違う見解なのですか?」
「はい」
トニーはあえて気づかれるような言い方をしたのだろう。
「何が理由で殺されたと思われますか?」
「ジュリアン様を個人的に知らないので、犯人の動機などは分かりません。ですが、物取りではないということだけは言えます」
「それはどうして?」
「路上で発見された際、マントを着ていたのですよね。いくら裕福そうだとしても、貴族の方を普通は襲いません」
「それは僕たちも思う」
二人とも頷いたのを見て、トニーが続ける。
「ええ。正直に申しますと、もし貴族の方を襲った場合は相手に怪我がなくても、例えば、平民の店から大金を盗むよりも重い罪になります」
「それは――罪だけ? その、捜査とかに違いも生じる?」
「そもそも被害者が平民では、本格的な捜査自体が行われないことが多いです。警備隊も忙しいですからね。もちろん裕福な平民でしたら繋がりがあるでしょうから、そういったときは彼らも動きますが……」
賄賂だろう。ということは……
「犯人がそれを知っていたなら、ジュリアンから盗む目的で襲わないってことだよね?」
「はい。知らなかった可能性もございますが、事件の状況的に犯人は殺し慣れていると思います。ですので、違う理由で刺したという方が理解できます」
パトリックは口を挟まないが、彼は冷静で知識が豊富、視野も広い。僕たちが訊いているのもロイから頼まれてだと分かっているだろう。この事件が単純な殺人事件ではなさそうなことにも、気づいているはずだ。
「トニー」
「はい、おぼっちゃま」
「僕たちが町で聞いたジュリアンの評判は、いつも女性と一緒にいて、彼女たちに金を払わせていたみたいなんだ。元々金を持ち歩いていなかったみたいだし、襲われた時にも実際に何も盗まれていないらしい。それでも警備隊が物取りと主張するということは、圧力があったということだよね」
「一般的に考えれば、そうだと思います」
「警備隊のどの立場の人に言えば可能なのか、分かる?」
トニーは少し考えるように、視線を上にした。
「そうですね。小さい事件は別として……貴族の方絡みですと、地区の警備隊長程度では難しいと思います」
「では、王都全体を管轄している総隊長ということですか?」
エステルの確認を、トニーは頷いて肯定した。それを見たエステルが続ける。
「ですと、相当な権力がある人物に限られそうですね。バードン男爵の身分では、いかがですか?」
警備隊員の中には屈強なだけの者もいるが、地区隊長を経て侯爵家の屋敷で働いているトニーは、社会知識を十分に持っている。
「そうですね。男爵だとしても大事業をしていたり、強い繋がりを持っていれば分かりませんが……」
「普通なら難しいということかな?」
「ええ。ですが要望を伝えるだけでしたら、男爵家でも可能ではあります」
総隊長に強いるまではできなくても、貴族なので一応話は聞いてもらえるということだろう。だが、総隊長の方が立場的に上で、決定権は総隊長の方にある。
「でもその言い方だと、今の総隊長は貴族に恩を売るような人物ではないってことだよね」
「はい、真面目で市民のことを考えて行動される方です。なので、よほどの身分の方からの指示でもない限り、公平に捜査されると思います」
「それに……ダミアン兄様、バードン男爵は息子を殺されたのよ。捜査を混乱させるような隠蔽工作はしないのではないかしら?」
「放蕩息子でも、殺されれば悲しいだろうしね」
怨恨で捜査された場合、ジュリアンの悪評を考えれば犯人は自然と女性絡みだと思われる。それを利用して家族が手を下したのなら、そのままにするはずだ。現に揉み消すだけの力はなさそうだし、そもそもどれだけジュリアンがお荷物だったとしても、男爵家という微妙な立場の者が殺人まで犯すとは思えない。
賭博に関わっていて総隊長に圧力をかけることができる身分の者……その人物が配下の誰かを使ってジュリアンを殺させたのだろう。
「そういえば私たち、そのリュー地区でたまたま見つけた喫茶店に入ったのだけど、ルグランというお店、ご存知かしら?」
エステルがさり気なく話題を変えた。
「ええ。美味しい珈琲を出す店ですよね」
「トニーさんも行かれたことが?」
「いえ。私はございませんが、なんでも主人は元貴族の方らしいと言われております」
「元貴族ですか?」
「はい、そのように伺ったことがございます」
あの佇まいなら納得だ。
エステルが理由を訊く。
「二男以降だったので、爵位を継がなかったということでしょうか?」
トニーが返事をする前に、僕が割り込んだ。
「でもそれなら普通は跡継ぎがいない親戚の養子になるか、令嬢がいれば結婚して婿入りすると思うけど」
このような場合、実家よりも階級は下がったとしても、貴族であることが多い。
「理由は分かりません」
「でも仮に爵位を継げなかったとしたら、彼はすでに数十年前から喫茶店をしているということかしら?」
「いえ、お嬢様。確かルグランは数年前にできた店でございます」
「なら、その前まではどこにいたんだ?」
僕の問いに、トニーは首を傾げながら答えた。
「場所は分かりませんが……二十年くらい前から働いているらしいと、聞いたことがございます」
二十年くらい前とトニーが言った時、パトリックがカップを持ち上げかけていた手を止めた。
「だとしたら王都に来る前は地方にいたかもしれないけど……あの雰囲気だと、地方で普通に働くには人目を引きそうだ。実際に王都でも目立っていたし」
「ええ。もしかしたら、貴族の屋敷とかかもしれないわね」
トニーはこれ以上の情報は持っていなかった。また、話した時の様子から、ルグランの裏の顔を知っていて隠している感じはなく、本当にただの喫茶店だと思っているようだ。
そして見回りの警備があると丁重に謝ってから、部屋を出て行った。




