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ジャックがいる店だったら……という心配は、店を出てアランが違う方向に進んだため、すぐに回避された。
繁華街のリュー地区なので、似たような店には変わりない。雰囲気からアランは常連なようだと分かった。カウンター席ではなく、壁側のテーブルに座る。
「何がいい? ビール? ワイン?」
「いえ、わたくしはお酒が好きではありませんので、お茶をいただけますか?」
「はなさんもかな?」
「はい」
店の主人を呼び注文を伝え、三人分の代金を払ったアラン。賭博で勝った僕に奢らせるつもりかと思っていたので、少し意外だった。自身はビールを飲むようだ。
「どうだった?」
「新鮮でしたわ。世の中には、こんな遊びもあるんですね」
「ああ、大人の娯楽さ」
「たくさんの人がいましたけど、みなさんお知り合いなんですか?」
「んー、全員ってわけじゃないよ。知り合いを連れてきたりするからね、俺みたいに。でも、だいたいは常連だよ」
「アランさんは普段、どのようなことをされているのですか?」
「おや? リリー嬢は俺のことが気になるのかな? 嬉しいね」
職業を尋ねられていることが分かっているはずなのに、アランはわざと軽口に変えた。エステルがもう一度訊いた。
「ええ、とても。なので……わたくし、あなたがどのようなお仕事をされているのか、知りたいわ」
「まあ、教えない理由もないしね。俺は警備隊だ。他にも何人かいるよ」
どの階級かは不明だが、彼ら経由でジュリアン殺害の隠蔽工作がされたのだろうか。そうだとすれば、犯人は賭博場に絡んでいる可能性がますます高い。
「だから鍛えられた体をしていらっしゃるのね」
女性受けが良いのだろう、満更でもない様子のアラン。
「王都のですか?」
「ああ、今日は休みでね。でも普段は働き詰めさ」
「大変そう……ですね」
「ああ。でも働いて疲れるだけじゃつまらないよ、楽しまないとね」
「――だから、先ほどのようなことを?」
「そうだね。世の中にはもっと刺激的なものもあるよ、知りたくない?」
「それも……あなたが教えてくださるんですか?」
「ああ、ご希望なら今夜でも」
と、片目を瞑りながら言ったアラン。エステルは世間知らずな振りをしなくてはいけないこの状況でも、さすがにこの内容を確かめたくはなかったようで、そのまま断った。
「今夜は……もう少しで帰らないと、お父様に叱られてしまうわ」
「そっか、残念だな。まあ君みたいな綺麗な女性なら、俺はいつまでも待つよ」
「またルグランへ行けばよいのかしら?」
「ああ、今ここで君の時間を予約しても?」
「ふふ、どうしましょう」
本当にアランとジャックは同じような言動をする。どこかの本に、女性を落とすための攻略法みたいなものが書いてあるのだろうかと、疑いたくなるほどだ。
送っていくというアランの申し出を断り、僕たちは乗り合い馬車を使うことにした。遅い時間なので悪いと思いつつ、今夜はバクランド家の屋敷に向かう。ゆっくり休みたいのと、もう一つの目的のためだ。大通りに出て停留所で待っていると、運良く三十分後には馬車に乗れた。
リュー地区のこじんまりとした集合住宅が多い道を抜け、西方向に走っていく。だんだんと周りの景色が変わっていき、門構えのある大きな邸宅が続く地区の入口に着いた。馬車を降りてここからは徒歩だ。ロイの助手として何度も王都で調査をしているし、道を覚えるのは得意なので問題ない。
ロイに何枚もの地図を書かされているしね。もしかしたら、こういうときのためにわざとさせられているのかもしれないけど、訊いてもはぐらかされるだけだろう。
大きな門の横に備え付けられている紐を引く。この紐は敷地内にある小さな家の鐘に繋がっていて、来客を知らせる。高音で響く音がした後、すぐに出てきたのはここの警備を担当しているトニー、元王都警備隊の中年だ。
「どちらさまで?」
「トニー、遅くに突然悪いけど……ダミアンとエステルです」
「あっ、おぼっちゃま、お嬢様、お帰りなさいませ。すぐに門を開けますね」
「ありがとう」
中に入った僕たちを見て驚いたような顔をしたトニー。まさか尾行者がいたのかと一瞬かまえたが、すぐに僕がドレスを着ていることを思い出した。エステルも普段から侯爵令嬢だと気取ったりしないが、それでも平民風の服を着ていることは珍しい。
「これには、ちょっと理由があってね」
「いえ、とても似合っております」
「えっと、それは喜んでいいのか……」
この屋敷の警備は二人体制になっている。僕たち(両親と兄たちも)は使用人たちからの過度なお出迎えを望まないため、若いもう一人の警備担当を走らせることなく、トニーと一緒に庭園を歩いて玄関まで向かう。屋敷はきちんと管理されており、常に主人を迎えられる状態を保っている。
「そういえば先月、ファブリス様とスティーブ様がいらっしゃいましたよ」
「え、兄様たちが来ていたの?」
「はい、王都で仕事があったみたいです。相変わらずご多忙のようで、短い滞在でした」
「エステル、僕たちに連絡はなかったよね? 久しぶりに会いたかったのに……」
「ダミアン兄様、ありましたわよ」
「え?」
「ちょうど他に食事の誘いがあったので、断ったの」
エステルはヴァルリナ宮殿で素性を隠している令嬢だ。若い貴族たちから憧れられてはいるが、実際に誘ってくるような相手はロイしかいない。おそらく順番は逆だ。先に兄たちに誘われたが行きたくなかったから、ジュリエットに確認されてもいいように、ロイに頼んだに違いない。
「僕に教えてくれても良かったのに」
「あらだって兄様、『社交界デビューについて、お父様たちから言付けを預かっています。食事しながら、ゆっくり話しましょう』ですよ。行かれたかったですか? もしそうでしたら、勝手に決めてしまい申し訳なかった……」
「いや、エステル、助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
今は社交辞令と品定めばかりの会よりも、ロイの助手をしている方が楽しい。それはエステルも同じだろう。どう返事をして断ったのか分からないが、多分恋人としてロイの名前は出していないはずだ。兄たちに知られたら大騒ぎになるだろうから、領地に戻されてヴァルリナにはいられなくなる。
大きく重厚な扉は通り過ぎ、通常サイズの目立たない扉を開けて入った。使用人用の入口だが、父が合理主義なこともあり、家族全員が普通に使っている。
久しぶりの訪問なので皆を労い、その後はすぐにこのドレスを脱ぎたかったので、入浴の準備を頼んだ。
着替えてから茶を飲むためにサロンへ行くと、エステルがいた。
「兄様。寝巻きの用意、言ってくれたらしましたのに」
女性用……ってことだよね?
「いや、やっぱりこっちの方が落ち着くよ」
「慣れておいた方が良いじゃない。それとも、もう着る必要がないと思っているのかしら?」
「それは分かっているけどエステル、君の本当の目的は、それを見たいだけだよね? ロイ殿下に言う話題として」
「さすがダミアン兄様ね」
わざとらしくため息をついたが、そんなことで遠慮する妹ではない。こういう時は、抵抗した方が負けだ。
「お茶をもらおうと思っているけど、君も飲むよね?」
「ええ、頼んでいただけるかしら」
茶の用意と同時に、パトリックとトニーも同席してもらえるよう伝えた。パトリックは何十年も前からバクランド家で働いている執事だ。真面目で几帳面だが気さくで、執事長でありながら庭の手入れや掃除など、他の仕事も率先してこなす。今も、パトリック自ら茶を準備して入ってきた。




