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自身が持つ魅力を最大限に利用した表情を作り、僕たちに微笑んだアラン。
「良かった。じゃあ案内するから、少し待っていてくれる?」
彼の仲間だと思われる周囲の男たちが目配せし合ったのを、エステルも察しているはずだ。ざっと見たところ、アランが一番女性から好かれそうな容姿をしている。多分彼が獲物を探す役なのだろう。それに全く気がついていない様子で、エステルは残っていた珈琲を口にした。
その後は王都での流行りの観劇や歌、東の国からの船旅の様子(これは母の家族から聞いた話)など、当たり障りのない話題について話を続けた。だが、ロイと違って皮肉のない会話は単調で、疲れもあってつい寝てしまいそうになる。
幸い、僕は外国人という設定なので話しすぎてもいけないし、アランもエステルの方に興味があるようなのでちょうど良い。
「飲み終わった? そろそろ行こうか」
「遠くに行きますの? それは困りますわ」
「いいや、この裏だよ」
そう言いながらアランが立ち上がり、僕たちを促した。知ってはいたが不思議そうな顔を作り、後について行く。エステルが言っていた店内の奥へ、アランが慣れた様子で進むと、壁の前にあるテーブルの前で止まった。そして少し屈んで裏側を触り、手のひらサイズの鍵のようなものを取り出した。アランは次に、何の変哲もない壁に掛けられている木の飾りを横に滑らせる。すると、鍵穴のようなものが見えた。そこに鍵を差し込むと、『ガチャン』と小さな音がした後、隙間ができて内側から灯りが差し込んできた。
アランは扉を押さえつつ鍵を元に戻してから、扉を開けて入室し、僕たちも後に続いた。
「え、ここは……?」
隠し部屋の存在に驚き、尋ねたエステル。
「大人の娯楽が楽しめる場所だ」
「大人の娯楽――ですか?」
「ああ。カードとかを使って相手と競うんだ。君たちは初めてかな?」
「ええ。見たこともございませんでしたけど、おもしろそうですわね。はな、そう思わない?」
「は……い」
「ああ。やり方を教えるから、さっそくやってみようよ」
温室で育った純真無垢の娘たち。全くの無知ですので、これは子供の遊戯と同じで、お金を賭けたりすることなどは想像できませんわ……という演技が上手くできているだろうか。
室内にいる遊び慣れた男女にもエステルの美貌は珍しいのか、気づいた者たちが食い入るように見つめ、囁き始めた。その何割かは外国人に見える僕への好奇心と、格好の餌食が来たという蔑みや憐れみが混じったものだろう。
アランに案内されたのは、この隠された部屋の中でも一番奥にあるテーブルだった。他のテーブルよりも近付きにくい雰囲気だ。数人が取り囲むように座っており、上にはカードが置かれている。
「これが一番分かりやすくて簡単だよ」
その『簡単』は、アランたち側にとっての意味だろう。空いていた席に座ると、アランは懐からおもむろに銀貨を取り出した。僕たちに一通りの説明をした後、周りの者たちとやって見せた。
男たちは金を賭けている分集中しているので、大丈夫だろう。テーブルを見つめる振りをしながら視線を上げ、室内を観察していく。帽子や仮面で顔を隠している者もいるため確実ではないが、立ち振る舞いや着ている服の質から、チボーの言っていた通り、貴族階級の者たちだろうと思われる者がちらほらといるのが分かった。高位貴族が来るならば、わざわざ王都に賭博場は作らないだろう。それこそヴァルリナにある屋敷内のほうが秘匿性も高く、人も呼びやすい。
そのため、ここにいる貴族階級の者はヴァルリナ宮殿への出入りを許可されていない下位貴族だろうと予想を立てたが、一人、気になる人物が目に入った。
――テルナ伯爵。爵位はバクランド家より低いが大臣を輩出したことがある家柄であり、ヴァルリナ宮殿でも何度か見かけたことがある。中立派で、誰かと親しい――正確に言うならば、国王や王弟を始めとした特定の権力者に媚びるような態度は取っていなかったように思う。
僕はエステルと違い頻繁に宮殿に行くが、ロイの雑用係という表向きの立場でいるため最も身分が低くなり、誰かとすれ違う際には常に頭を下げている。僕の顔をはっきりと見たことはないだろう。そもそも使用人を個人として認識し覚える貴族など、滅多にいない。
周囲に気を取られていたところで、アランの陽気な声が耳に入った。じゃらじゃらと銀貨が彼の元に吸収されていく。どうやら勝ったらしい。僕たちを騙すために仕組まれたのか、実力か運なのかは、残念ながら分からなかった。
「こんな感じだけど、できそうかな?」
「流れだけはだいたい分かりましたが、とても難しそうだわ」
「確かに初めは複雑に見えるだろうけど、すぐに慣れるさ」
ここはエステルが挑戦することになった。
「ここでは参加する人間は金を出すんだけど、リリー嬢は手持ちがあるかな?」
「初めてなので……いくらくらいがいいのですか?」
「自分が好きなだけでいいんだよ。その金額と勝ち負けによって、どれくらい増えるか減るかが決まるんだ」
「そうなのですね。では……」
鞄の中の小さな袋を取り出し、そこから銀貨を一枚掴んだ。
「アランさんと同じでよろしいかしら?」
「ああ、大丈夫だ」
ゲームが開始された。僕はアランと並んでエステルの後ろに立ち、勝負の行方を見守っている。エステルは少し戸惑いながらも良さそうなカードを選び、懸命についていっている様子だ。
「終わりそうだ」
アランが僕に言った。
「どう……なった?」
「んー、今回は引き分けってところだね。どうする? 次もリリー嬢がやる?」
「どうしようかしら」
少し考えるように答えたエステル。
「はなは?」
「わたし?」
「ええ、あなたも楽しんでみたらどうかしら?」
「できる……かな?」
「簡単だよ。今リリー嬢がやったみたいに、カードを選べばいいんだ」
すかさず、アランが促してきた。
「分かった。これしか……ない、いい?」
そう言いながら僕がテーブルの上に置いたのは、先ほどアランが出した銀貨の何倍もの価値がある金貨だ。周りからのどよめきの声とともに、失笑も混じって聞こえてくる。
金貨を持っている無知な娘。しかも外国人、確実に貴族ではないので、この国においての権力はない。彼らにとってこれほど良い鴨はそうそういないだろう。
「かまわないけど、負けたらもちろん没収される。大丈夫かい?」
「……はい」
先ほどと同じようなどよめきに包まれた。そう、僕は初めてやったにもかかわらず、圧勝したのだ。当然、よく分からないけど嬉しい、という表情は忘れない。カードは運の要素が大きい。
だが『ロイと罰ゲームありであれだけやっていれば、嫌でも実力はつくよ』と、胸中では考えている。なんの実力かは、さすがに伏せるが。まあ、大抵はロイに負けるんだけど。
「もう、一回、したい」
「ああ、次はリリー嬢と俺も一緒にやろう」
偶然を実力だと勘違いして、簡単に勝てると思い込んでいる様子の僕に言った。この後負けが続けば、取り返そうと必死になる。
アランは僕の方は賭博に、エステルの方は自分に溺れさせようとしているのか、遊戯をしている間、しきりとエステルに声を掛けていた。いわゆる口説き文句で、本当にファロンヌ語が苦手だったら聞き取れないからありがたいと思えるほど、寒気がして大変だった。
褒められ慣れているエステルは、相手からの好意を素直に受け止め嬉しそうな雰囲気を作り、きちんとやるべき作業をこなしていく。
結局この夜は僕が勝ち、アランが収支ゼロ、エステルが少し負け――という結果になった。そして僕たちを気に入った様子のアランに誘われ、酒を提供する店へ行くことになった。




