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支度が終わった僕たちは、さっそく馬車に乗り込み、王都への道を進んでいる。
「僕も会話はしないといけないだろうけど、声で男だと露見しないかな?」
「――そうね、兄様はそこまで低い声ではないし、問題ないと思うわ。でも念のため、親の貿易事業の関係でこの国へ遊びに来ただけなので、そこまで言葉が得意ではない、ということにするのはどうかしら?」
「そうだね。君は親の取引相手の令嬢――、そういう風にすれば、裕福な家の子供だと自然に思われるし都合がいい」
「ええ。兄様を案内して差し上げますわ」
「よろしく頼むよ」
いつもは無口でいるだけで良いが、今回はファロンヌ語が苦手という設定なので、少し練習しておくことにした。
男たちの大半の視線はエステルに向けられるだろうから、僕は怪しまれない程度の演技で大丈夫なはずだ。文法の間違いや理解できない振りは簡単なので問題ない。だが、自然に会話しつつ外国人のように発音を悪くする、というのは結構難しいもので、何度もエステルから修正された。
そのため王都へ着く頃には、よほど察しの良い相手でない限り見破られないだろう、と思えるくらいにはなった。
前回と同じように検問所前で馬車を降りる。ロイに伝えなかったため新しい身分証の用意はなく、そのためいつもの新聞記者と助手――という肩書きの書類を見せるしかない。当然、不審がられた。エステルが取材のためと説明をして最終的に通行許可が出たのだが、正直その内容よりも、エステルが自分の容姿を最大限利用して警備兵たちにお願いをしたおかげで、見逃してもらったと言った方が正しいだろう。我が妹ながらその男たちを惑わす仕草に感心しつつ、苦笑いを抑えるのが大変だった。
歩きながら、これまでに得た情報をもう一度考え直していく。王弟殿下二人の会話での違和感、これはまだ判明していない。僕の――勘違い、というか思い過ごしという気もするが、調査で大事なことは、少しでも引っかかることがあれば、納得がいくまで追究することだ。
こちらはまだ置いておくとして、先ほど頭に浮かんだことを口にする。
「エステル。僕、完全に女性に見える?」
「ええ。絶対に見破られないとは言い切れないけど、兄様は元々の見た目もあって、上手く装えていると思う」
一般的に東の国の国民は、男性も女性もユーディア大陸に住む民族に比べて小柄な人が多い。
「服を脱がされたりしない限り、普通は露見しないはずだわ」
「じゃあ例えばだけど、ロイ殿下や兄様たちがこういう格好をしたら?」
両親ともファロンヌ人である三人は、僕よりは男性的な体つきをしているが、平均よりは細身で、男らしい体格、というわけではない。まあ、肉体労働者とは対極にいる子息たちだからね。
「そうね。彼らなら、明るいところで会話をしなければ大丈夫でしょうけど……兄様よりは怪しまれる確率が高くなると思う」
「じゃあ、もしそれが夜中だったら? 化粧ももっと濃くして」
僕が言いたいことは、妹に伝わったようだ。
「犯人がジュリアンを刺した時も、女性の振りをして近付いたって言いたいのよね?」
「うん。それならジュリアンが人気がない道で声をかけられたとしても、女性だと思って油断するだろうし、そもそも女好きの彼なら、ジュリアンの方から誘ったのかもしれない」
「そうね。男性の仕業だと仮定して、動機はなにかしら?」
「やっぱり、騙された女性のために復讐したとか?」
そう考えると、自ずと浮かぶ人物は一人……。チボーは、肉屋の息子にも関わらず色白で痩せ型、特徴のない顔立ちと、正直僕以上に女装しても違和感がなさそうな容姿をしていた。
「でも、チボーさんはジュリアンと顔見知りよ。いくら女性の格好をしたとしても、気がつくのではないかしら?」
「チボーかどうかは、もちろんまだ分からない。ただ、ジュリアンの知り合いだったとしても、相手が変装していた場合、夜中なら分からないかもってこと。もしかしたら声をかけられた直後に刺されたのかもしれないし。それに、ジュリアンは酒を飲んでいたはずだ」
「――その可能性は捨てきれないわね。でも私はやっぱり、チボーさんは違うと思う。いくら恨んでいたとしても、ジュリアンを殺したところでコンスタンスさんは戻らないわけだし」
僕たちはまだ本当の恋人がいたことがないので、そこまで誰かを好きになる気持ちは正直よく分からない。だが……
「それは僕も思う。チボーは家族思いのようだったし、殺人をすればその後どうなるか、簡単に想像がつくことをするとは考えにくい」
「ええ。でも逆に考えれば警備隊が物取りと言ったのだし、賄賂でどうにかできる算段があったのかもしれないってことは?」
「そんな風に立ち回れるほど狡猾なら、家に引きこもるようなことはしないはずだと思うけど。そもそも警備隊に渡りを付けられるなら、コンスタンスが亡くなる前にジュリアンを捕まえてもらえるよう、計らえば良かったんじゃないのかな?」
「確かにそうね」
昼過ぎの王都の通りは人で溢れ、活気に満ちている。道行く人々からの視線を集めているのを感じるが、それは美貌が際立つファロンヌ人と東の国から来た異国人の組み合わせが珍しい、という好奇の目であり、男がドレスを着ていることへの違和感ではなさそうだ。
「じゃあやっぱり、ジュリアンは怨恨からではなく――」
そこまで言って、引っかかった。
「リシャール殿下はジュリアンのことを知らなかったはずなのに、どうして『怨恨のせいで』と言ったんだ?」
今朝すでにエステルに説明していたが、もう一度、王弟たちの会話を思い出せる限り再現する。
「兄様、確かにそうだわ。なぜ気がつかなかったのかしら」
「おそらくだけど……僕たちは完全に怨恨だと思い込んでいた。だから、リシャール殿下が言ったことが自然過ぎて、流してしまった」
「それはあり得そうね。ロイ殿下ですら、何も言わなかったんですもの」
「多分ロイ殿下は、フィリップ殿下がジュリアンを知っていたことの方を重視していると思う」
ということは、やはり……
「借金のせいで脅されていたという話もあるし、殺されたのは女性絡みじゃなく、そっちの関係ってことか」
「でも返済しないからって殺してしまったら、完全に損するじゃない。生かしておいて、男爵である親を脅迫した方が、よっぽど効率良さそうだと思わない?」
「それはすでにしているとか? それで、上手くいかなかったのかも」
すれ違う度に、振り返るように見てくる道行く人々。この少し変わった組み合わせの僕たちが、まさか賑やかな王都の大通りで、殺人について会話しているとは、想像もしていないだろう。
当然小声で話しているし、また、ファロンヌ語での会話だが、ところどころ名詞は東の国の単語で言い換えているため、周りの者たちはたとえ耳に入ったとしても理解できない。
「怒りに任せて衝動的に殺したにしては警備隊を買収したりと、手間がかかることをしているのは矛盾していないかしら? それにジュリアンの普段の評判を知っていれば、世間は勝手に違う理由で殺されたと考えるだろうから、都合が良いはずなのに」
それは僕も疑問に思っている。フィリップ殿下はジュリアンを知っていたようだから、警備隊に命令する必要はない。では誰だ?
「それで……エステル、リシャール殿下が『怨恨』と言ったことについては、どう考える?」
「二つの可能性――があると思うわ。ジュリアンのことを知らない振りをしていたけど、つい口をついてしまったか……」
「それか偶然かってことだよね。殺人の多くは、強盗か怨恨が原因だから」
「そうね」
「ここの角を曲がるとルグランだ」
「ええ、とにかく行ってみましょう」




