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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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 フィリップはできあがった草案を眺めている。その表情からは満足いく仕上がりなのか、物足りないのか、窺い知れない。やはり第二王子という立場の人間は、自然と感情を隠す術を身につけるのだろう。

 ついてこいと言わんばかりの視線とともに彼は書類を手にして立ち上がり、私を廊下へ促した。


 彼の数歩後ろを歩いているが、行き先は尋ねなくても分かっている。父――ジョルジュの執務室だ。

 ジョルジュは自由気ままに会える人ではない。そう、私の父はこのファロンヌ王国国王だ。親子の会話ですら侍従を通して事前に伝えておく必要があり、いくつかの決まりも存在する。

 その一つが所持品で、例えば狩りや訓練後でも、銃や剣を持ったままの面会は許可されない。王族といえど家族同士にもかかわらずこういった決まりがあるのは、やはり昔に王位継承権を狙った反乱があったことの証拠とも言える。



 重厚なテーブルを挟み、国王と向かい合って腰を下ろしている。父上の視線の先は、王都で子供を預かるための施設開設の企画書だ。

 弟と同じ灰色の瞳を巡らせ、時間をかけて読んでいるところを見る限り、修正は必要だろうが少なくとも前向きに検討しているのだろう。


 ふと、父上の後ろの壁に飾ってある肖像画が目に入った。数枚あるうちの一枚に描かれているのは先代の国王と王妃で、私の祖父母に当たる人物だ。ジョルジュとフィリップの顔立ちは眉目秀麗と評判だった父親から、髪と瞳の色は母親から引き継いでいる。

 だがもう一人の弟のリシャールは、母親譲りの可愛らしい丸顔と丸い目で、父側からの遺伝は現れていない。動物に喩えるならばリスが一番近く、瞳もまた、先代国王夫妻の灰色と青色からは想像できない茶色だ。

 私の兄――シャルルの顔立ちも祖母からの隔世遺伝なので、リシャールも先代以前の誰かに似たのだろうか。

 他の肖像画は先々代国王夫妻、そして三代前の国王家族だったと思い出した。数百年もの間続いているファロンヌ王家だが、通常は嫡男が王太子となり王位を継いでいく。その座に就けなかった王弟たちは素直に境遇を受け入れたのか……。歴史には事実のみが記載されるため、裏にあった犠牲や個人の感情や葛藤は残されない。息子の私ですら、父上が国王になった時の詳しい経緯(いきさつ)について、何も知らないのだから……。




 ジョルジュは顔を上げ、向かいに座っている二人の顔を交互に見た後、フィリップの前で視線を止めた。


「リュー地区に決めた理由は?」


 フィリップは沈黙している。発案者として意見をはっきりと言った方が、施設が軌道に乗った際の評判にも繋がるはずだが……。もちろん私が説明するのはかまわない。だが、もしフィリップの意に沿わない回答をしたり、父上が難色を示したりした場合に、後から不満を言われることは目に見えている。

 まあ、この場で一番下の立場にある私に回避する権利などがないことは、当然理解していますよ。正確に言えば、現国王の子息である私の方が叔父上よりも王位継承順位は上なのだが、そんなことを主張すれば相手がどのような態度を取るかなど、考える必要もないくらい簡単に想像できる。



「リュー地区は王都でも活気のある地区です。住民は個人で使用人を雇える余裕はなくても、食べるものに困っている貧困層もおらず、平均的な地区ですので、試験的に始めるにはちょうど良い場所かと」

「――妥当な判断だな。早々に適任者を選び、開設に向けて取り掛かってくれ」

「はい、父上」

「ロイ、おまえはこれで……」


 次の言葉を聞くまで、少しの間があった。


「いや、かまわないな。――フィリップ」

「はい」

「この慈善事業、別の目的もあるように見受けられるが?」


 やはり父上は、これが純粋な平民のための施設ではないと疑っている。


「――兄上の思い過ごしでは?」


 身近な者以外は双子と見紛うほど顔立ちが似ている兄弟だが、談笑しているのを見たことがない。二人は何かを察し合っているように、互いから視線を外さない。相変わらずフィリップの眼光は鷹のように鋭いが、ジョルジュの方は温かさとなぜか同情のような光が感じられた。


「そう……願っている。そうであってほしものだ」

「はい、兄上」


 これは父上からの牽制――だが、それにしてはあまりにも柔らかい言い方で、希望のようにも聞こえた。



「父上。では計画が進みましたら、お伺いいたします」

「ああ、分かった」


 挨拶をし、廊下に出た。



「フィリップ叔父上。企画について意見をお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか」

「任せる」

「では、私の執務室でかまいませんか」

「いや、施設について任せると言ったのだ」

「――ですが、発案者の叔父上抜きで進めるわけには……。せめて、責任者の指名をお願いしたいのですが」


 彼が選ぶ人物ならば色々と含まれているだろうから、施設の運営は非常にやりにくくなる。それは多少の煩わしさを伴うが、恭順な甥の立場は崩せない。回避しようとすれば、怪しまれるだけだ。

 そもそもフィリップの()()を暴くためには、近くにいなければ証拠を得られない。だが、私に任せるとは……?

 反乱のための拠点作りならば、手駒を潜り込ませなければ無理だろう。フィリップを危険視し過ぎなのかもしれないが……その警戒が完全に外れているとも思えない。


「責任者はおまえがすればいい。他は自分の手足となって働く者を選ぶだけだ。誰を選んでも変わらない」

「――私が、ですか。申し訳ございませんが他の公務もありますし、時間の都合が……」

「『責任者』、と言ったんだ。実際に動くのは別の者たちだ。問題ない」


 ますます理解が追いつかないが、焦ったり何かを思案しているような素振りを見せたら負ける。

 実際に、フィリップの冷たい灰色の瞳は何の感情も悟らせないように周囲を拒絶しており、厚い硝子で隔たれているかのようだ。


 こちらも平静を装い、頷いた。


「ロイ、来週のこの時間に経過を聞く。おまえの執務室でいいな?」

「かしこまりました、叔父上」



 ひと言の挨拶もなく歩き出したフィリップの後ろ姿が見えなくなると、ずっと溜め込んでいた息を吐いた。

 頭の中に渦巻いている苛立ちを外に出したいところだが、独り言だとしても爽やかな第二王子に愚痴は似合わない。無表情で自身の執務室までたどり着くと、(当たり前だが念のため)誰もいないことを確認し、無造作に腰を下ろした。



 誰を責任者に据えても裏から操れる確証があるのか。あるいは横領――それならば現地での作業は必要なく、王宮内で書類を改ざんするだけだ。

 それか初めは私にやらせ、本当の慈善事業だと周囲を安心させ欺いたところで、徐々に手の内の者を潜入させていく計画かもしれない。

 フィリップの性格を考えれば、その可能性が高い。


 ダミアンたちはおそらくまた王都へ向かい、ルグランについて調べるはずだ。そこでフィリップとの関係が掴めれば楽ではあるが、そう簡単に見つけられる証拠を彼が残しているとは思えない。


 それと……ダミアンが言っていた、昨晩の叔父上二人の会話の中であった違和感は、フィリップが怨恨を示唆して不利になるような発言をしたことが理由なのだろうか。捜査撹乱のため――あるいは逆に自ら口にすることで、自分が関わってないと印象づけるためということも考えられる。

 そもそもリシャールとダミアン、どちらに聞かせようとした? ダミアンだとすれば、おそらく彼がファロンヌ語を理解することに気がついており、私に伝わることを見越してだろう。

 宣戦布告……。やはりフィリップは食えない。



 先ほどの様子からして父上は多少なりともこの事業の別の意図に気がついていそうだが、今の段階で伝えるにはまだ不確実だ。温厚な兄上、シャルルに相談をしたところで、怯えさせてしまうだけだろう。リシャールも同様だ。

 大国の第二王子といえど――否、だからこそ、身内にまで本心を悟らせず、冷静に対処しなくては。


 気を取り直して立ち上がると、通常の公務に取り掛かるため侍従のミッシェルを呼んだ。

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