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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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 途中で休憩を挟んだので、屋敷に戻ったのはすでに日も暮れた頃だった。今から向かっても良いが、急いで報告するほどの情報はないため、宮殿へは翌日に伺うことにした。

 調査活動に体力は重要だ。幸い侯爵の親が用意してくれたベッドはふかふかで、寝ていて逆に体が痛くなることもない。疲れもあり、早々と眠りについた。



 お昼過ぎ、妹と二人でロイの執務室まで向かう。貴族にとってはごく当たり前の光景。赤いふわふわの絨毯が敷き詰められ、金色の縁に彩られた大きな窓から日が差し込む廊下は、平民街を見た後だからこそ分かる格差だろう。比較的豊かなリュー地区でさえ、別世界に思えるほどだ。


 目的の部屋の前でエステルが到着を伝えると、中から反応があった。

 エステルは秘密の恋人、僕はその従者というのが対外的な立場なため、第二王子殿下であっても侍従を通さずに直接伺うことができる。というか、そのために周囲にはそう誤解させている――多分ね。二人が互いをどう思っているのかは、正直一番近くにいる僕にも分からない。



「ロイ殿下、失礼いたします」


 扉を閉めるまでは誰に見られているか分からないため、エステルが先に入り、僕も後に続いた。


「ダミアン君、エステル嬢、戻りましたか。日帰りでなかったところを見ると、少なからず収穫があったってことですね?」

「はい、ご期待に添えるかは分かりませんが」


 室内には三人しかいない。もう演技をする必要はなく、僕が答えた。

 机の上には書類の束がある。連日の執務のため寝る暇も十分にないだろうが、エステルもいるからか、やはりいつもの爽やかな演技(王子様の笑顔)で迎えられた。


「この書類が終わったら聞きましょう。適当に座っていてください」

「はい」



 脇に置かれているソファーに座って待っていると、やがてキリがついたのか、ロイが向かい側に腰を下ろした。


「お待たせいたしました。では、調べたことを話してくれますか」

「はい。まずはバードン男爵三男の死体の第一発見者、ピエール老人の証言ですが……」


 説明している間、ロイは途中で何か言ったりせず、最後にまとめて質問をする。それは彼の聡明さを表しているが、僕も彼に鍛えられ、話している最中に内容の確認をされなくても済むよう、注意するようになった。そう、初めの頃は要領を得ない話し方をしていたせいで何度も情報の不足部分を尋ねられ、随分と迷惑をかけたものだ。

 正直に言うとロイが聡明すぎるだけで、僕もそこまで頭が悪くはないと思うけどね。ロイほど世の中の悪を知らない――いや、思考が常識の範囲内なだけだ。



 話し終えた後、ロイは立ち上がって壁側にある本棚の引き出しを開け、紐でひとつに纏めてある紙の束を取ってきた。彼が気になったのは予想通り、ルグランという喫茶店のようだ。


「リュー地区のどこなのか、正確な位置を教えてください」


 数十枚の紙は王都の地図であり、王族のほか、保管を許されているのは警備隊長と近衛隊長のみだ。王都全体が書かれた簡易地図もあるが、ロイが広げたのは地区ごとの詳細なほうだった。リュー地区は六枚の紙に分けて書かれており、エステルと一緒にその店がある通りを探す。


「ありました、ここです」


 僕が指で示した場所に、ロイが書き込んだ。


「直接書いてしまっていいんですか?」


 全て手書きで作られている地図だ。記入したほうが場所の把握が容易になるが、今回の事件が解決すれば次回以降使うときには、逆に見づらくなる。


「ええ、問題ありません、新しく作ればいいだけですから。ダミアン君もご存知でしょう?」

「はい。……それをするのが僕ということも、もちろん分かっていますよ」

「ええ、さすがダミアン君。理解が早くて助かります」


 僕がため息をついたのを見て、エステルが小さく笑った。妹にも手伝わせたいところだが、そのときはロイ(恋人)から都合良く午後の茶会に誘われることだろう。そのことまで想像しているであろうエステルは、今回の事件に関係する場所を伝えていく。

 数枚分の地図(はぁ……今から憂鬱(ゆううつ)だが仕方ない)に記入し終えたところで、ロイが口を開いた。



「お二人は実際にリュー地区を歩かれて、年齢層や生活水準など、どのような町だと思われましたか?」

「そうですね……平均的かと。店が多い分、住民は独り者から家族、老人まで様々で、金持ちでも特に貧困しているわけでもない、普通の暮らしをしている人が多く見受けられました」


 僕が気を取り直して質問に答えると、妹も続けて言った。


「今回は殺人事件がありましたが、軽犯罪はともかく、それ以外では特別治安が悪いような所には思えませんでした。その、ルグランのような洗練された喫茶店もありますし」


 僕たちの話など聞かなくても分かっていたはずのロイが、もっともらしく頷いた。


「そうですね、殺人事件はこのヴァルリナでも起こりますから、たまたまかもしれません」

「はい」


 貴族といえども全ての者が品行方正な人格者というわけではない。むしろ平民よりもずる賢く、依頼できる金と人脈を持つ分、事件はより複雑になる。


「リュー地区は繁華街ですので、そのような喫茶店も珍しいとまでは言えません。ですが、なぜ主人がそう遠くない富裕層が多い場所ではなくリュー地区を選んだのか、少々気になるところではあります」

「そうですね。親から引き継いだ店だったのか、そこにしか空きがなかったのか……」

「ロイ殿下」

「はい、エステル嬢」


 今まで黙っていたエステルに向けたロイの顔は、僕に対する時よりも表情に温かみがある。


「ルグラン喫茶店ですが、私が伺った際には地元の老婦人たちだと思われる客のみでしたし、若い女性には、教会近くのお店のほうが人気だと思います」

「はい」


 捜査とはいえジャック(別の男)とすでに行った――と説明するのは避けたようだ。


「エステル嬢の考えをお聞かせください」 

「老婦人の相手を探すためにジュリアンが通っていたとしますと、聞いていた話と違います」

「ええ、守備が広いのかもしれませんね。いえ、戯言ですよ。ですが、その瞳もとても魅力的ですね」 

「――別の目的があるように思えるのですが」


 妹は一拍間を置いた後、何も聞こえなかったかのように話を続けた。

 そろそろ見飽きた光景――いや、それだけで終わらない話なので厄介だ。  


「そうですね。身投げした女性との出会いもルグラン前でしたね。偶然――か、それとも意図的に演出されたものか……」


 僕たちが同意したのを見て、ロイがわずかに口角を上げた。


「ダミアン君、エステル嬢。引き続きルグラン喫茶店をお調べできますか? 殺人事件の方と並行で」

「はい」



 

「それと――」


 ロイの言葉を遮るように、侍従のミッシェルが扉を叩いてから入室してきた。


「ロイ殿下、リシャール王弟殿下がいらっしゃっております」

「今はご覧の通り来客中なのだが、急ぎの用ですか?」

「リシャール殿下はこの後にフィリップ殿下とご夕食のお約束があります。その前にロイ殿下とお話したいそうなのですが……」

「それは遅れられないね。では入っていただいて。エステル嬢はミッシェルと少々席を外してもらえるかな?」

「かしこまりました」


 エステルとミッシェルが同時に返事をし、二人はそのまま扉に向かって歩き出した。ロイは机の上に広げていた書類の束を引き出しにしまい込み、僕は殿下が座っているソファーの後ろ側に立った。


 少しの差の後、王族とは思えないほど遠慮がちに入ってきたリシャール。国王陛下の下の弟であるためロイとは叔父と甥の関係だ。王子様と形容するにふさわしい外見のロイに対して、リシャールは人畜無害で、気の弱さがそのまま形になったような人物だ。兄二人が双子と勘違いされるほどそっくりなのと違い、顎の肉がたるんだ色白の丸顔と丸い目、そしてそれを強調するような茶色の長い巻き毛を持っている。



「恋人と一緒だったのに邪魔して悪いね」

「リシャール叔父上、お気になさらず。何かございましたか?」

「ああ。今晩フィリップ兄さんから食事に誘われているんだが、国や近隣国の近況や展開について訊かれると思うんだ。悪いけど、君の考えを教えてくれないかな?」


 リシャールを遠くから見かけたことは何度かあるが、こうやって近くで話しているのを見たのは初めてだ。もちろん僕の表向きの身分では、普通ならば同じ空間にいることすら、許されない。僕が妹と違いこの場に残れているのは……宮殿内で言われている僕の、ある噂のおかげだ。

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