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夕食時に交わされる会話に困らないよう、最低限の知識を入れるために訪れたリシャール。
冷徹なフィリップは、使えない人材を簡単に切り捨てると聞く。リシャールは年が少し離れているので可愛がられているという噂もあるが、こうやって彼が来たところを見ると、それがたとえ弟であっても容赦ないのだろう。
「そうですね。近頃のユーディア大陸の治安については、争いなどもなく貿易も安定していますから、すぐに問題が起こることはないかと。ですが、北の方の国で天候不良があり、数ヶ月後に作物が不足しそうだとの情報もあります。そのため…………」
ロイは食料の補給について話し終えたが、リシャールは頷いただけだ。何か尋ねたりしてこないのかと、ロイは毎回のことながら内心呆れている。彼が黙っているのは配慮というより、単に興味がないからだろう。そもそもリシャールは、国王から外交を任されるほど視野が広くない。遠い国の問題は、彼にとって他人事にしか思えないはずだ。
ロイは国内での出来事についての話を始めた。
「最近あったバードン男爵三男の殺人事件は、ご存知ですか?」
「ん――殺人事件……知らないよ。そもそもバードン男爵自体、どういう人か分からないな」
一瞬間を置き、視線を動かしながら答えたリシャールは、事件について尋ねようとはしなかった。
「私も個人的に存じてはおりませんし、バードン男爵はヴァルリナ宮殿へ出入りできる身分ではありませんから、貴族の間でも交流がない方がほとんどでしょう」
「だったら兄さんも知らないだろう。話題にされないはずだ」
だが、リシャールに伝えておく価値はある。
「ええ。話題にされる可能性も低いですが、貴族子息が殺害されたということで、一応耳に入れておいた方が良いかと」
「ああ、そうだな。犯人は捕まったのかな?」
「いえ。現在、警備隊が物取りの線で捜索しているようです」
「そうか」
口角を上げたリシャールの表情は、安堵――にも見えた。
「他には何かあるかね?」
王族にとっては男爵など、貴族といえども平民に近い存在だ。その上物取りの犯行であれば、噂話に花は咲かない。
「そうですね。大きな事件ではないですが、カルー侯爵とランドレン伯爵夫人の密会情報が入ってきております」
言った瞬間、リシャールが少し前のめりになった。彼は見た目からは想像しづらいが、兄弟三人の中で一番女性と遊んでいる。公爵家から嫁いできた正妻がいるにもかかわらず、別の女性たちとの関係を持っている彼は、密会も不義という意味にしか捉えられないのだろう。
ファロンヌ王国は一夫一妻制ではある。ジュリアンのように詐欺まがいなことや死人まで出るのは良くないが、貴族の中では愛人を持つことがはばかれるというわけでもなく、節度を持って行動し、問題を起こさなければ咎められることはない。そのため次はランドレン夫人と遊ぼうとでも考えているのだろうか。
「密会というが、具体的には?」
王位や政権にしか関心がなく、妻はおろか今まで一人の女性の影も見えたことがないフィリップがこの話を食事中にするとは到底思えないが……侯爵たち二人へ配慮する必要も特にない。
「二階にある侯爵の執務室で、何度か会っているようですよ」
「ああ、カルー侯爵は財務担当だから部屋が自由に使える。そこで楽しんでいるということか」
「ええ、そのようですね」
リシャールはやはりこの話題に興味があるようで、他にも宮殿に出入りする貴族たちの色恋沙汰を聞いて、満足そうに立ち上がった。
「フィリップ兄さんとの食事は会話が続かなくて緊張するものでね、助かったよ。ロイは子供の時から落ち着いて誰とでも話せるし、みんなに優しいし、暗いシャルルが王になるよりいいと思うけどね。ジョルジュ兄さんに訊いてみたら?」
ダミアンは後ろで話を聞いていて、違和感を顔には出さなかったが、不思議に思った。当たり障りのない発言しかせず、影が薄いと言われているリシャールが、なぜこんな一歩間違えればロイが危ない立場に置かれる考えを口にしたのか……。ロイは頭が切れるため、もし万が一そのように本人も思っていたとしても軽々しく言ったり、態度に出したりせず上手く立ち回るはずだが。
そっとリシャールの様子を見たところ、彼は本心からそう思いただ言っただけで、失言には全く気がついていなそうだ。悪気はなさそうな分、ロイにとっては厄介だろう。
微妙な言葉を向けられたロイだったが、彼も何も気にしていない、というような口調で返す。
「リシャール叔父上。お忙しいでしょうが、ぜひ今度は私も叔父上と食事をご一緒させていただきたいです」
後ろに立っている僕からは見えないが、ロイはいつもの演技で、爽やかな王子としての笑顔を作っているのが想像できる。
「ああ、そろそろ鴨が美味しい季節になるな。君と話すのは楽しいし、早速侍従に伝えておくよ」
「ありがとうございます、叔父上」
今夜に向けて安心したのか、笑顔を見せたリシャールが部屋を出ていく。後ろ姿は少し肩が丸まっているように見え、彼の性格を表しているようだった。
扉が閉まったのを見て、ロイが振り返った。
「長い間立たせてしまい悪かったね。座って」
「いえ、ミッシェルさんが入ってくるかもしれませんので……」
「彼なら見たところで、何も言わないよ」
侍従とはそういうもので、侯爵子息の僕なら当然分かっているはずだと、ロイは言いたげだ。
「そうですね、では失礼します」
「本当はエステル嬢にも話そうと思っていたのだけど……昨日フィリップ叔父上から、新しい事業を提案されていてね」
「はい」
一通り話し終えたロイに意見を尋ねられたので、少し考えた後に率直な考えを口にした。
「全てリュー地区絡みですね。王都の繁華街なので偶然かもしれませんが……」
「ええ。否定はできませんが、集中し過ぎていることも事実ですね」
「ロイ殿下。子供を預ける施設ですと、より貧困層が多い地区の方が歓迎されるのでは? 子供を見てもらえる、まともな大人も少なそうですし」
「そうでしょうね。ですが、そのような階級の方が多いところでは、不信感の方が大きいと思います。そもそも放置が前提の場所では、子供を預けるという発想自体がない方も多いのではないでしょうか? 新しいことは平均的な場所で試験的に始め、その後徐々に展開していくのが良策かと」
「――確かにそうですね」
そう、フィリップがリュー地区を選んだことは納得できるとロイは内心で頷く。それがもし側近――平民に近い考えと広い視野を持つ者――の助言があったならば。だがフィリップの周囲は彼の言うことに対して肯定の返事しかしない者ばかりで、その狭い世界の中でフィリップは絶対的な王のように振舞っている。そんな叔父上だ。本人の発案ならば、裏があると思わずにはいられない。
「ロイ殿下、今の話はリシャール殿下にされなかったのですね」
「ええ。まだ草案を作っている最中ですし、私が勝手に言ってしまうと、フィリップ叔父のご不興を買いかねませんから」
「フィリップ殿下は、リュー地区で殺人事件があったことは知らないのでしょうか? 怨恨ではなく警備員が言うように物取りだとすると、今後も同様の犯行が続く可能性がありますよね。ルグランのように、富裕層が訪れる喫茶店の客を狙ったりして」
「ええ。ですからフィリップ叔父がバードン男爵三男殺人事件のことを知っているのか、気になります」
「それに、治安が悪くなれば最悪子供を狙った誘拐などの犯罪が起こるかもしれませんよね」
「彼は平民の子供など数にも入れないでしょうが、発案者としては良い結果になりません。ですが私が直接尋ねても、答えはもらえないでしょうし……」
ロイが、何かを閃いたかのように顔を上げた。
「――ダミアン君。頼みたいことがあるのですが、協力してもらえますよね?」
面倒事の予感しかないが、僕にできる返事はひとつしかない。
「もちろんです、ロイ殿下」




