続行
緑の聖域の件は片付いた。
ただ、アバルは脂に何の報告もしていない。
調査の体で、引き続きユーイを連れ回すためだ。
朝。
出発の準備を整えたユーイは、アバルの顔を見て呆れたように話しかけた。
「あんた、眠そうだね……」
「……」
「あれで終わったんじゃないのかい?」
アバルは返事しようと思ったが、声が出ない。
歩みもまぶたも鉛のように重い。
緑の聖域という巨大な圧力から解放されたはずだった。
その瞳の奥には、また別の淀みが浮かんでいた。
◇◇◇
国境へ向かう箱車の中。
四人が向かい合わせに座る狭い空間に、不快な沈黙が充満している。
今日もユーイの付き添いとして抜け殻がいる。
抜け殻は時折、アバルを見下すような冷ややかな目線を送るが、余計な口は開かない。
アバルは席に深く腰を下ろすと、吸い込まれるように眠りについた。
「移動中はいくらでも寝るんだね。一瞬、死んでるのかと思ったよ」
ユーイは毒づきながらも、膝の上で指先を小さく、ハープの弦をそっと奏でるように動かした。
その唇から、微かな吐息とともに言霊が漏れる。
ユーイの放つ言のトゲが、箱車のきしみや、喧騒を消し去っていく。
「静かにしなさい。この男は今、深い深ーい場所にいるんだから」
ユーイの静寂に守られ、アバルは意識を、静寂のさらに奥へと沈めていった。
◇◇◇
国境に到着した一行の目の前には、湿った森が広がっていた。
そこからゴブリンたちの住む城までは、木道がつながっており、徒歩でも従者車でも行ける。
「もちろん、城まで従者車だ」
アバルは係のゴブリンに従者車二台分の金を支払った。
ここからは二組に分かれての移動となる。
ユーイと抜け殻、そしてアバルと里芋。
木道のきしむ音が、足元で響く。
「仕事ですから」
出発時、里芋は殊勝な顔で言い切った。
しかし、従者車が動き出してしばらくすると、少し遠慮がちな寝息が聞こえてきた。
◇◇◇
ゴブリンの城。
目の前にあるのは、数千年の時をかけて巨大化した蔦だけで成立しているような城。
今もなお生きて大きくなり続けているようにも思える。
城内へと足を踏み入れると、青臭い匂いが鼻を突いた。
一行は、螺旋状に中空を回る蔓が幾重にも重なって形作られた階段を、ゆっくりと上っていく。
手すり代わりの太い蔓は支えになっていない。体重を預けると途端に落下しかねない。
吹き抜けになった広場から下を眺めると、密度の濃いゴブリンたちの生活を垣間見られた。
一行が上へ、上へと高度を上げるにつれ、足下の喧騒は遠のき、代わりに緑の隙間から差し込む光を強く感じるようになった。
この城の頂に立った。
周囲はほぼすべて緑で埋め尽くされている。
緑でない所を探すのが難しいくらいだ。
「アバル様。一体、何の調査なんです?」
抜け殻が、壁に寄りかかりながら背後から問いかけてきた。
「うるさい」
「教えてくれたっていいじゃないですか? うまく行ったんでしょ? 緑の聖域」
「まだだ」
アバルの返答を聞いた抜け殻の瞳の奥が細まる。
「油断してるとユーイに逃げられるぞ」
「アバル様の看守が見てますから大丈夫です」
「何のために高い金を払ってお前を呼んだんだよ。仕事しろ」
「慰安旅行ですよね?」
抜け殻の軽薄な挑発に、アバルは応じなかった。
心の中で渦巻いている苛立ちをすべて吐き出すように、長く、静かに息を吐く。
「あそこだ」
アバルは遠く、緑の中でわずかに白い部分が見える一点を指差した。
「これから、あそこに行く」
「……そういうことですか。だから彼女を連れて来たのか」
抜け殻はさも得心がいったという風に頷いた。
アバルは平気でウソをついた。




