交渉
看守に連行され、アバルが向かった先の待合室にいたのは、いつもの脂ではない。
もう一人、トゲを檻から出す際に立ち会いが義務付けられている、特別な看守。
アバルはその顔を見るなり、吐き捨てるように言った。
「抜け殻か」
「酷いですね、その呼び方」
抜け殻は微笑んでいるが、その瞳の奥は死んでいる。
アバルに刑を言い渡した裁判の場にいた、あの顔だ。
「本当は『残りかす』と言いたいところを、我慢してやってるんだぞ」
「私は『アバル様』と呼ばせていただきますよ。ところで、ア・バ・ル・様。今回の案件で、賠償金返済のメドは立ちそうですか?」
アバルの拳が、机を叩いた。乾いた音が響く。
だが、抜け殻はまばたき一つせず、形だけの笑みを崩さない。
沈黙が続いた――
ようやく、死ぬほど不機嫌な顔をしたユーイがやってきた。
上下の唇を少し噛んでいるのでわかる。
アバルたちは再び緑の聖域へと向かうため、外に出た。
夜明け前の冷気で、すぐに指がやられる。
これ以上、指がやられないように袖の下に仕舞った。
◇◇◇
アバルは迷うことなく、昨日会った玉ねぎ娘の家を訪ねた。
家といっても洞窟だ。入り口は葉や蔓で隠され、一見しただけでは人が住んでいるとは思えない。
どうやって声をかけようかと考えていると、奥から視線を感じる。
アバルの姿を見て観念したのか、玉ねぎ娘は外に出てきた。
「どうして……」
不安そうで困惑した表情の玉ねぎ娘。
アバルは垂れ下がる蔓をかき分け、近づく。
「返事がもらえない可能性を考えてな。帰り道、あんたの後を追わせてもらった」
そのあまりの執念深さを感じて、玉ねぎ娘は息を呑み、完全に引いてしまっている。
重苦しい沈黙の中、アバルは「ちょっと待ってくれ」と言い、ゆっくり下がった。
アバルは確信していた。
玉ねぎ娘と初めて会った時に感じた強い警戒心。
それを持たせたまま、話を進められない。
アバルはユーイの耳元で話す。
「彼女の警戒心を解いてくれ」
アバルは里芋とともにその場から少し離れ、背を向けた。
ユーイが玉ねぎ娘の近くに行き、ゆっくりとまぶたを閉じる。
祈るように組まれた指先から、淡く、心許ない光が漏れ出した。
空気が、かすかに震えた。
ユーイが言のトゲを紡ぎ始める。
それが玉ねぎ娘の心を包み、拒絶の壁を溶かしていく。
「これだけでいいのかい?」
背後からユーイの声がした。
「ああ、ありがとう」と言って、玉ねぎ娘のもとに向かう。
「ここの主と直接、話がしたい。できるか?」
「エルノラ様と? ええ」
玉ねぎ娘の言葉、表情からはさきほどまでの警戒感が全く感じられない。
ここからは玉ねぎ娘と里芋、アバルの三人で聖域の主――エルノラに会いに行く。
道中は、玉ねぎ娘が二人の前をゆっくり歩く。
黄緑のじゅうたんが面白いように道を開ける。
聖域の主、エルノラ。
その姿は、美しくも、おぞましい。
下半身を巨大な植物の根と癒着させ、上半身だけが人間の女性の形を保っている。
触れるものすべてをイバラに変える呪いでもあるのだろうか。
鋭い視線で、アバルを射抜く。
アバルは唐突に切り出す。
「あんたの領域に、他人の足は一歩も踏ませない」
「だから、荷物を運んでくれないか?」
エルノラが微かに動く。
「拠点間で荷物を運ぶだけでいい。それだけだ」
「……言いたいのはそれだけか。帰れ」
それは明らかに冷たい拒絶の言葉だった。
アバルはまっすぐ見ていたエルノラへの視線を下に落とし、里芋と一緒にゆっくりと振り返った。
「この子に、荷物の量と時間を伝えなさい。そうすれば、運んであげる」
エルノラの下半身の蔓で玉ねぎ娘がアバルの前に優しく運ばれる。
予想外の言葉に、アバルは勢いよく振り返った。
「わかった。ありがとう」
アバルを見て嬉しそうに微笑む玉ねぎ娘。
アバルはその無垢な笑顔に視線すら返せなかった。
脳裏をよぎるのは、消えていったトゲたちの顔。
カフカとガルバス以外は全員、アバルと外に出てトゲの力を使った後、不可解な死を遂げていた。
ユーイを死なせてはいけない。
アバルは力強い足取りで歩き出した。




