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進展

ある朝だった。

森から流れてきた朝もやが、いつものように聖域の方へ流れていく。


里芋が寒くて震える手で栄養食のビスケットをかじっていた。

アバルが、そっと立ち上がった。


「どうしたんですか……?」

「静かに」


アバルが指を差す。

朝もやの隙間に、一瞬人影が見えた気がした。

音を立てずにそっと向かうが、そこにはもうイバラがびっしり。

先にはとても進めない。進みたくない。




どれくらいたっただろうか。

そこでアバルはずっと待っていた。

そしてようやく、こぶし大の黒い物でいっぱいのバケツを両手に抱えた女性が現れた。

頭のてっぺんで髪を丸くまとめた、玉ねぎのような髪型。

正面に立ったアバルを見て、玉ねぎ娘はこのまま進むか、戻るか、迷っている。


「ここの主に会ってきたのか?」


玉ねぎ娘は目線を斜め下に向けたまま、何も言わない。

時々、後ろを振り返って、何かを探しているような素振りをする。


「ここの主に会ってきたのか?」


「……」


「ここの主と通行について交渉したい。取り次いでもらえないか?」


そう言って、アバルは左足を一歩引いた。

すると、それを待っていたかのように玉ねぎ娘はチラッとアバルの目を見ると、首を縦に振った。そして、頭の玉ねぎをゆらしながら、走って行ってしまった。




◇◇◇




緑の聖域を統べる主。

玉ねぎ娘との接触で、アバルはその存在と言葉が通じるという確信を得ていた。


アバルは檻に帰ってきて、まっすぐユーイの部屋に向かう。


「アバル! てめー、いい加減にしろよ!! 絶対、おめーの切り刻んでやるからな!!!」


カフカが力の限りの声量でわめく。

アバルはそんなことにいちいち相手をしない。

自室でイビキをかいて寝ているガルバスをチラッと見て、いちばん奥のユーイの部屋に向かう。



ユーイは自分の部屋の長椅子に目を閉じ、背筋を伸ばして、じっと座っている。


「協力しろ。お前の力が必要だ」


ユーイはそれでも反応がない――ように見えた。

まつげが小刻みに動いている。

ただ、それ以上の動きはない。続く、重苦しい沈黙。


アバルは、これ以上言葉を重ねることはしなかった。


「もういい。勝手にしろ」


吐き捨てるように言い放ち、アバルは踵を返す。

背を向けて立ち去るその瞬間。

短い吐息とともに、ユーイの目が少しだけ開いた気がした。


アバルは少し眉間にシワを寄せたまま、静かに立ち去った。




後日。

あの頑固な女を一回で引っ張り出せるとは思っていない。


「ユーイ。これは二度と言わない」


アバルはユーイの前に立ち、低く、重い声で切り出した。

それでもユーイは目を閉じ、頑なに口を閉ざしている。拒絶の構えだ。


「一緒に来てほしい。力を貸してくれ」


アバルは静かに、深く頭を下げた。

沈黙。

一秒が、長い。


ユーイは動かない。だが、アバルも頭を上げない。

承諾するまでこのまま動かないとユーイに思わせないと話が進まない。




「話を聞かせてくれるかい?」


ユーイの細い溜息混じりの言葉に、アバルは顔を上げた。

これまでの経緯、そして練り上げた交渉プランを、静かに話した。



◇◇◇



数日後。

アバルは所用で街に出た時、偶然、脂と出くわした。

眉間に深いシワが刻まれる。


「どうだい? 進捗は」


脂がねっとりとした視線で、値踏みしてくる。

緑の聖域が拡大して焦っていた以前の様子はもう全く感じられない。


「ようやく、主と交渉ができそうだ」


「ということは、この話、受けるんだね。そうか、そうか」


脂はアバルの肩を叩こうとするが、一歩引いてかわす。

それでも少しもムッとしない脂。機嫌が良さそうなのが、癇に障る。


「最悪、交渉せずに焼き払ってしまっても構わんのだぞ?」


「そういう解決方法でいいのなら、最初から俺に頼まなかっただろ?」


脂はその言葉に大いに高笑いをした。

アバルの眉間のシワが深く、深くなった。


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