106話 東部戦線
ロルカニア王国東部戦線──聖国が越境してきた場所は混沌としていた。
人間同士の戦争は初めてではない。
大戦争前も、魔族に支配されていた頃も人間は争いを繰り返してきた。
思想の違いや人種と呼べるものがないこの世界でもそれが起こる理由はたった一つだ。
人間とはそういう生き物だからだ。
戦いの舞台となった場所は広い平原だった。
聖国は部隊を大きく二つに分けて侵攻を開始した。
女神の遺したもので武装する兵士が進む。
遠くの人と声を交わせる兜と、防御魔法を搭載した防具。
そして、銃と呼ばれる形状の遠距離武器を彼らは所持していた。
その数は一万。王国の用意した兵数の三万に比べれば少ないが、一人一人の戦力としての強さが違っていた。
「ぐああああっ!!」
「敵の防御が破れない!!」
王国の兵士たちが遠距離から撃たれ、次々に倒れていった。
魔法によって土から弾丸が作られ、その銃に装填されていく。
そしてその弾丸は螺旋を描きながら王国の兵士たちの体を貫き続ける。
聖芸品と呼ばれ、女神が選んだ適正者にしか持たせなかったものを聖国は作り出し、使っていた。
人間領域と魔法領域の境界線の国々が使う銃は、撃戦のミーナが使っていたものを解析して作られたものであり、いわば魔王領製である。
しかし、聖国兵が持つのは紛れもなく人間が作り出したもの。
女神が月日を費やして作り出したものを真似したコピーに過ぎないが、ついに人間が自分たちの域を超えたものに手を出したことの証明だった。
「撤退だ!!」
「ひいいいいっ!!」
「ぎゃあああっ!!」
聖国製の銃が王国兵を蹂躙していた。
「いいから進め!!」
「隊長! もう我々しか残っていません!」
「くっ……がはっ!!」
「隊長!! ……がっ!?」
その“文明という力”の前には如何なる個人技も意味をなさない。
どれだけ優れた剣技、魔法を持っていようと、集団で撃ち続ければいつか倒れた。
「はははは!! 素晴らしいなぁ!! さすがは女神様のお力だ!」
聖国兵の指揮官が上機嫌でその景色を眺めていた。
白と青の衣服を纏い、その胸にはシンボルマークがある。
しかし、彼の着ているものは礼服ではなく軍服だ。
「さあ、魔族などと仲良くする国は消してしまえ!!」
戦力差など武具の性能で覆っていた。
女神の力を自分たちの力だと勘違いしながら、彼らは王国兵を傷つけることをやめない。
本来ならばその銃は許可された者以外が人間に撃つと自壊するようになっている。
しかし、設定されているはずのセーフティ機能が人間の作った銃には搭載されていない。
だから人間が人間を殺している。
女神たちが徹底していた支配が無くなったことで、止める存在が消えたのだ。
「こ、降伏だ! 降伏する……!」
「ふざけるな!! 魔族の恩恵を受ける人間など信用できるか!!」
「な……なにを……! あああああああっ!!」
女神によって叩き込まれた思想は歪みに歪み、敵の定義すら変えてしまっていた。
「よし!! 進め!!」
二方向から王国へ進軍する聖国兵たち。
今この場で王国兵を掃討する彼らは三千程度の兵だ。
しかし、それだけで倍以上ある敵戦力を駆逐していた。
これで調子に乗るなというのが無理な話だった。
「ふはははは!! 行けるぞ!! このまま王都まで落として、人間領域を全て解放し、魔王を倒すのだ!!」
「はい!」
「ええ!」
「やってみせましょう!」
思想に縛られた彼らの士気は高い。
なにせ数百年単位の洗脳だ。
それが解けることなどない。
魔族は敵であり、魔王は敵であり、それに従う者も敵である。
“見ていて下さい、女神様。今再び貴方の望む世界を”──。
それは女神の遺した罪の一つだった。
「!! なんだ!?」
「司祭様!! 右翼の部隊と連絡が取れません!!」
「ええい何を──」
突然彼らを光が襲った。
その光は彼らを蒸発させ、痕跡すら残さなかった。
それはたった一人から放たれた攻撃だった。
その一人からすれば、ただ横に腕を振るっただけに過ぎないものだ。
しかし、それは戦場に綺麗な扇状の隙間を作った。
「全然大したことないのね。私がいるのに攻めてくるから期待してたのにー」
確かに武装が進化すれば、力の平均値は上がるのかもしれない。
数を質で凌駕する。それはできないことはない。
そしてその話は逆もまた然りだ。
たった一人の女性が数千の聖国兵を相手取る。
「あ……あ……」
「あれ? 怯えてる? じゃあ逃げてねー? 巻き込むから」
「ああああああああ!!」
通常の剣をその女性は振るった。
それだけで嵐が巻き起こり、雷が鳴る。
熱が発生し、眩しい光が周囲を包む。
そして──破壊の跡だけが残る。
緑豊かな平原は、一本の亀裂が入った灰色の大地となった。
処理を終えた女性は大地を飛び出し、空を駆ける。
それは飛行と呼べる領域だった。
彼女が向かうのは次の敵の密集地だ。
「司祭様!! こちらに!!」
「なんだ!? まさか……! 撃ち落とせ!!」
なるべく人だかりの多い場所に着地し、破壊をもたらす。
彼女に与えられた特別な剣は未だに仕舞われたままだ。
しかし、彼女はただの剣で蹂躙を繰り返す。
ただの魔力砲撃。力で押しつぶすだけのなんの技術も小細工もない一振り。
それだけで皆、壊れていく。
人間の作った鎧も兜も武器も、その圧倒的な生物としての機能の前に死んでいく。
故にそれを振るわれた魔族たちは彼女をこう呼んだ。
──『破壊剣』と。
それは彼女が神芸品を賜る前からの呼び名であった。
他の四選英と違うのは、彼女は神芸品を持ったから強くなったのではなく、強かったから神芸品を持たされたのだ。
「ば……バケモノ……」
掃除を終え、また彼女はその場を後にする。
(……つまんないなぁ、やっぱり)
彼女はいつものように作業を続ける。
魔族相手にも満足できない彼女が人間相手に満足できるわけがない。
剣を持った一人の女性と銃を持った三千人以上の兵士。
そこには圧倒的な戦力差があった。
彼女はまた別の場所で薙ぎ払うだけだ。
その表情は不満を隠していない。
「──相変わらずだな、エルヴァリス・ブレイブハート」
「──え」
そんな彼女──エルヴァリスに話しかける声があった。
「うわああああああああっ!」
「熱……っ!!」
そして、エルヴァリスを巻き込む巨大な蒸気爆発が起こった。
水系統の爆発魔法【ローゲンス・エクスバーグ】。
使用者がこの世界に一人だけの教継禁止の魔法。
「…………また会ったわね、オフィーティトナ・ヒヤーヴォレジア」
その爆発に巻き込まれても無傷のエルヴァリスが見つめる先に人影が現れる。
前回その人物と会ったのは、境界線の戦いで魔物を相手にしていた時だ。
「くくく、そうだな」
短い挨拶を交わした。
その相手は魔王領の幹部。元十五傑第七席『銀澪壊オフィーティトナ・ヒヤーヴォレジア』だった。
武帝国の軍服を身に纏う銀髪の女性。その青色の瞳がエルヴァリスを見つめる。
彼女が持つのは刀身のない剣だ。しかし、その厄介さをエルヴァリスは知っていた。
「裏切り者の魔王領の幹部サマがこんなところでどうしたのかしら?」
あのときと同じようにエルヴァリスは剣を向け、オフィーティトナを警戒する。
「同じだとも。私が攻撃したのは聖国兵だ」
オフィーティトナはそう答えた。
たしかに地面に転がるのは聖国兵の肉片ばかりだ。
しかしエルヴァリスは、なんの狙いもなく彼女クラスの戦力を魔王領が動かすとは思っていない。
四年ほど前もそれで人間領域はうまいことやられてしまったのだから。
「…………」
「王国は我が領の同盟国だろう? つまり友軍だ。援軍だ。手助けだ」
ニヤける顔を隠さずにオフィーティトナはそう言った。
もうその態度がなにか裏があると言っているようなものだった。
「……そうなの。それはありがとう。でも、ここは私だけで十分よ」
「ふふ、あはははっ! まあ、そう言うな。ちゃんと役には立つさ」
前回とは違い、武器を手に持ったままのオフィーティトナに違和感を覚えたエルヴァリスは、その直感でなんとなく後ろを警戒した。
「────ッ」
その瞬間彼女の目の前に迫っていたのは大きな“魔物の拳”だった。
「く……っ!?」
ぎりぎりで直撃は免れ、なんとか後ろへ下がる。
エルヴァリスが改めて前を見るとそこには──もう一人の幹部が立っていた。
「あれを避けるか。カカカ、なるほどな」
その幹部は黒色の外骨格を纏う蟲人型の魔物だ。
振り抜かれた拳には黄金の残滓が残っていた。
もしあの一撃をなんの防御もなく受けていたら、エルヴァリスはこの大地から消滅していただろう。
「まあ……無理だと思ってはいたが、決めてほしかったな」
「そう言うな。クハハッ! 長く楽しもうではないか」
魔王領幹部、『黒耀軀プラツム』がオフィーティトナと共に立っている。
二人はまっすぐにエルヴァリスを見ていた。
「……援軍にきたのよね? どうして王国軍の私を狙っているの?」
明らかに敵対的な行動をする二人に対して、念の為エルヴァリスは尋ねる。
「別に狙っていないぞ? ははは」
手に持つ剣の柄から高圧に圧縮された水の刀身を作りながら、オフィーティトナが返事をした。
“あくまで自分たちは援軍だ。王国に攻撃の意思はない”と。
「──だが、この隣にいるのは魔物でな。人間の区別があまり得意ではないのだ」
そして、攻撃的な構えを取るプラツムを指差し、そんなことをとぼけたように言った。
「間違って王国兵を攻撃してしまうかもしれない。すまないがその度に教えてやってくれ」
「フ……ッ!」
オフィーティトナのその言葉と同時にプラツムがエルヴァリスに向かって突進してきた。
先ほどの不意打ちには劣るが、強力な拳だった。
エルヴァリスは無理矢理魔力の風で弾き飛ばした。
「さっそく間違えてるわよ……? 本当に大丈夫なの?」
人間ならば細切れになっている魔力の暴風を受けても傷一つないプラツムはそのまま着地した。
そして、またエルヴァリスを狙った構えを取った。
「ああ、すまない。また間違えてしまった。駄目だぞ、プラツム」
「カカカ! くだらん……なッ!!」
「……っ!!」
また、叱る気のない注意をオフィーティトナがするが、プラツムはエルヴァリスを狙った一撃を放つ。
今度は魔力も纏った厄介な一撃だった。
プラツムの速度は視力で追えるほど遅くはなかったので、エルヴァリスはほぼ空気の流れと直感で防御した。
「カカ、なんという反応! これが破壊剣か!」
(速い……)
またエルヴァリスは弾き返すが、プラツムは再び向かってきた。
魔力でそれを迎撃するが、プラツムの硬い鎧はそれを弾きながら迫ってくる。
普通の人間の目には追えない速さの戦いが繰り広げられる。
そしてそこにはもう一人、普通ではない人間がいる。
「ああ、あんなところに聖国兵がいるな。倒さなくては……なッ!」
「……!」
明後日の方を見たオフィーティトナが突然、爆発魔法を放つ。
その爆撃はエルヴァリスとプラツムを中心として発生していた。
多少の火傷を負いつつも、そこから脱出したエルヴァリスはオフィーティトナを見る。
「……どこを狙っているの?」
「ああ、すまない。聖国兵がいた気がしたんだが、勘違いだったようだ」
白い熱のカーテンの向こうの彼女は笑っている。
明らかにエルヴァリスを狙った攻撃だ。
もうこの周囲には聖国兵など残っていない。
「くだらん。もういいだろう」
爆発に巻き込まれても無傷のプラツムが、オフィーティトナに茶番の終了を宣言する。
「はははは、ああ……。では行くぞ」
二つの敵がエルヴァリスを狙っている。
この世界の上位に君臨するであろう実力者が、全力でエルヴァリスを攻撃している。
「あははははははは!!」
──なんて嬉しいのだろうか。エルヴァリスは笑った。
そして魔力の斬撃を放った。
「なるほど……」
「だから言っただろう。堪えると」
その斬撃はプラツムの甲殻に弾かれた。だが、そうでなければ困る。
この程度で潰れられては困る。
「ありがとう! 嬉しい! それだけは言わせて!!」
感謝を述べながらエルヴァリスは街一つを破壊するような魔力の斬撃を放った。
「カカカ、でたらめだ」
それを再びプラツムは防ぎ、オフィーティトナの盾になった。
そして、その後ろから飛び出したオフィーティトナが水の刃を振るった。
それは距離関係なく大地に一本の線を走らせる。
その断面は一切の凹凸のない綺麗なものだった。
高圧縮された水の線をエルヴァリスは避ける。さすがにそれを防御するのは面倒だったからだ。
「さて……どんなものか、だな」
その水の線が走った後には銀色に光る水飛沫が舞う。そしてそれら全てが爆発の起点となった。
空気さえ焦がしてしまうような爆風が辺りを包む。
生物の気配が周囲にはなかった。
そこにいるのは三人のバケモノだけだ。
熱風が過ぎ去り、負傷もなく変わらずにそこに立つ極めた者たち。
久しぶりの光景だった。
久しぶりの感覚だった。
久しぶりの高揚だった。
「──人類の敵となる魔の者を認識。誓約に従い、それらの排除のため行使する」
エルヴァリスがもう一つの剣を鞘から抜き放つ。
それにはいくつかの誓約が掛けられている。
それは超常の力を自由に振るうことがないように設定された緊急の安全装置だ。
しかし、それは後付けのもののため、あまり機能してはいなかった。
そのため、一応条件は決まっているが彼女はいつでも外すことができた。
エルヴァリスはこの誓約を気分で外す。それはあまり使うと戦いがつまらなくなるからだ。
さらにその剣の解放は大地に大きな傷を作ってしまう。
場所も選ぶ必要があった。
しかしここには他の味方もいない。まさにお誂え向きの場所だった。
「第一制限解放──『神の尾は全てを払い除ける』」
剣の輝きとともに周囲の環境が変化する。
その剣は解放時に全ての魔力を喰らい尽くす。
その衝撃で周囲の魔素内の【テントマトウス】の割合が増え、爆発的なエネルギーが発生する。
「来るぞ」
「おお、アレが……」
「ああ、四つの神芸品の一つ──」
天空が赤く染まり、暴風が吹き荒れ、雷鳴が鳴り響く。
その膨大なエネルギーの爆発を防ぎながら、幹部たちはその姿を見る。
それは女神など及ばない古の神を再現するために作られた禁忌の一つ。
『神尾ナムンカーラ』。絶対の破壊剣である。
その殺戮の兵器を持ちながら英雄は笑った。
「さあ始めましょっ!」




