105話 愛するが故に
戦場を遊び場に変えた大傾奇者がステージを下りる。
その場には疲れ切った人間しか残っていない。
熱に浮かされていた反王軍の騎士の一部も、なにか馬鹿らしくなって降伏していた。
ルクスはミゼリアの手を引き、ヴィクトリアの前にやってきた。
「よう、おバカ令嬢。やっと気付いたのかよ」
そして開口一番、ヴィクトリアを小馬鹿にするように笑った。
「な……っ!? 貴方こそ、よくも私を騙していましたわね?! リ……ル……」
少年に対してどう呼んだものか迷うヴィクトリアを見て、少年は笑った。
「リエーニでいいよ。呼びやすい方で呼べって」
「う……そうですか……。ではリエーニで……」
「はいはい。悪かったって。事情はソイツから聞いたんだろ?」
そう言ってルクスはフィフを指差した。
ヴィクトリアは頷いた。そして、ルクスの隣に立つミゼリアをちらりと見た。
ミゼリアはそこにいるのが当たり前のようにルクスの隣にぴったりとくっつき、彼の手を握っていた。
「なによ、ヴィクトリア」
「いえ……。以前よりもなんだか慣れましたわね」
「ふふん」
そうヴィクトリアに言われ、ミゼリアは彼の腕に絡みつくようにしがみついた。
「ちなみに頑張ってます。鼓動の音すごいよ?」
「な! もう、言うんじゃないわよ!!」
しかし、緊張しながらやっていることをルクスにバラされ、ミゼリアは顔を真っ赤にした。
それを見てヴィクトリアは毒気を抜かれたように笑った。
そして、剣を仕舞って彼に抱きついた。
「…………」
「おーい? ……ったく、どいつもこいつも」
全てを知ったヴィクトリアには、何を言えばいいのか分からなかった。
褒めればいいのか、怒ればいいのか、そんなことを迷った挙げ句にルクスに抱きつくしかなかったのだ。
ミゼリアも今度は自然にルクスの腕を抱いた。
「あつくるしーなあ。あー……二人ともすまんかった」
ルクスもそれを照れたように受け入れた。
そして、謝罪をした。別に彼にはなんの罪もない。
「もう……」
「馬鹿……」
そんな意味のない罪悪感を抱くルクスに二人の少女は呆れていたが、優しい目で彼を見つめていた。
「ヴィクトリア、あの夜の約束を覚えてるか?」
それはまだヴィクトリアがまだなにもわかっていなかったときの約束だ。
『その時が来たらでいい。どうか、俺と一緒に来てくれないか?』
そう緊張しながら言ってきた彼の姿を思い出す。
そして、同じようにヴィクトリアは返した。
「覚えているわ。そして、同じように返します。“断るわけがないでしょう?”」
その言葉を聞いたルクスは安心したようにヴィクトリアを強く抱きしめ、口付けを交わした。
ミゼリアはそれを見ながらも、嫉妬心よりは安堵の心が広がっていた。
でも、自分もいるとアピールするように彼を掴む力を強くした。
「ルクス」
しばらく三人は温もりを感じ合っていたが、フィフが声を掛けた。
少し休息の時間が終わりを迎える。
「ああ」
それに短く答えると、ルクスは二人の少女を両手で抱えた。
ルクスは二人を抱き寄せたまま、少しだけ言葉を選ぶように沈黙した。
「俺、もう義務感とかじゃなくて、みんなが好きだ。お前らは俺の女だ。誰にも渡したくない」
そして、男丸出しの独占的な言葉を発した。
「ふふふ……リエーニからそう言われるのは嬉しいですわね」
「……っ。他に言い方はなかったわけ? ……まあ、いいんじゃない?」
それを聞いて二人は笑った。そして、次に来る言葉を察してルクスを強く抱き返した。
しばらくの沈黙のあと、ルクスは小さく息を吐いた。
「……サフィにも会いに行ってくる。あの子は多分王都にいる。そして、次の舞台はあそこだ」
サフィレーヌが学園内にいなかったとミゼリアに聞いていたルクスはそう予想した。
「私は……」
「ヴィクトリアはここを頼む。ジジイとババアがあの調子じゃ、心配だ。それに王女様を守護する騎士が必要だろ?」
ルクスについて行こうとするヴィクトリアをルクスは止めた。
あくまでミゼリアを王女として、彼は戦うと宣言した。
それにヴィクトリアは何も言わずに頷いた。
「ミゼリア……。君にはつらいことを頼むことになるけど、わかるかい?」
ミゼリアを見つめるルクスの表情は真剣なものだった。
その口調も少しよそよそしい。
「ヴィクトリア相手みたいな話し方でいいわよ。私たちに立場なんてないようなものなんだから。
それと……言いたいことはわかるわ。ルクスは王族が危ないって思ってるんでしょ?」
「ああ。……まだ最終的にどうなるかわからない。でも、相手は本気で潰しに来てる。俺にできるのはサフィを助けるくらいだ。
だから、ミゼリアはいつでも逃げられるようにしていてくれ」
ルクスは全てを諦めているわけではないが、彼には盤面全てを覆す力はない。
敵はおそらくは魔王。三人の超越者である女たちが怯える存在だ。
だから、できることは自分の女を救うことだけ。
それはある種傲慢な言い方だが、彼にはそこまでが精一杯だった。
「わかったわ。ハピフクスに身を寄せてみる。そんな神託も貰ったから」
「ハピフクス……。そうか、なるほど。あとで詳しいこと話そう」
「うん。サフィレーヌをお願いね」
ミゼリアの言ったことから一瞬で判断をしたルクスはそれで多少の安心をしたように微笑んだ。
自分の生まれを偽者のミゼリアに使われることは何も気にしていなかった。
「よっしゃ! じゃ、最後に充電!!」
「ちょっ」
「きゃっ」
ルクスは二人の匂いを嗅ぐように頭をうずめた。
そして、二人から離れてフィフから投げられた剣を受け取った。
フィフのゴーレム体が崩れ消え去り、彼は再び奇妙な乗り物を作った。
「行ってくる!」
その乗り物に跨り、相棒を鞘に収めると二人に手を振って彼は去っていく。
「おーい! しっかりしろよなー、アンリーネとクソジジイ!」
そしてその去り際に、遠くで治療を受けているアンリーネとグスタフに声を掛けた。
それは彼なりの激励であるとわかっている二人は呆れたような微笑みで返した。
教師陣がお礼を彼に述べている。
それに対しても大袈裟にアピールして彼は王都へ向かって走っていく。
その先にはまだ反王軍と戦う北側の道がある。
だが、問題はないだろう。
彼には姿を消して気付かれずに通り過ぎることも、無理矢理荒らし回って突破することもできるのだから。
「では、私たちも行きましょうか。王女殿下?」
挑発的な態度でヴィクトリアはミゼリアにそう言った。
「ええ、そうね。頼りになりそうな女騎士で安心よ。護衛しっかりね?」
それに対し、ミゼリアも同じような態度で返した。
戦いは勝って終わりではない。
その後にも様々な悲しみの処理が待っている。
二人が向かうのは学園都市の内部だ。
まだ、ミゼリアを探す学友たちがいる。さらにはまだ敵が入り込んでいるかもしれないのだから。
「そうだ。あとで聞かせなさいよ。昔のルクスのこと」
「え? ……そうですね。ふふふ、長くなりますよ?」
愛する男の小さな姿が消えるまで、二人の“女性”はその場を離れなかった。
◆
ロルカニア王都、宮殿の議事堂には、騒がしい声が響いていた。
反王軍がいよいよ王都に迫っているのである。
やっと焦りだした貴族が醜く喚いているだけのことだった。
「ですからずっと申し上げていたのに、貴方たちが……!」
「我らの責任だと!? 放置していたのは貴様だろうが!!」
「お前の領地から出た民兵が我が領を荒らしているのだが?」
「知ったことか! 貴様の統治が悪いのだろう!?」
聞くに耐えないものばかりだった。
だからなのか、その議事堂の席には空きが多かった。
大臣たちをはじめ、重要な位置にいる貴族たち、そして玉座までが空席となっていた。
そんな状況となっても彼らが無駄な会話を続けていることが、この国の根本的な問題の証明だった。
あくまで支配とはシステムに過ぎない。
人間は自分の意思のある生物だ。
本能的な部分で自分の生存を優先するのだ。
命の危機を感じた途端、こうしてそれが暴れ出す。
そんな音を聞きながら、国王オスリクスは溜め息をついた。
「……ここまで来てもあやつらはあのままか」
彼は宮殿の小さな応接室でその嘆きを言葉にして発した。
それを受け取るのは、最近さらに実力を示す伯爵だった。
「まあ、わかっていたことではありますが、ここまでくると怒りすら湧きませんね」
国王の対面に座るのは、ファビライヒ・フォノス伯爵だ。
「ファビライヒ、手筈は整っているな」
「はい。つつがなく」
彼らはミゼリアとルクスの婚約という繋がりで連携を強化していた。
周囲からは自然に見えるように日程を調整しながら、国の問題を共有していたのだ。
オスリクスはハットリュークからファビライヒについて聞かされていた。
何度も優秀な彼のことを息子から聞かされても、戦中までは何もできなかった。
しかし、シーハルンの支配体制が終焉を迎え、やっとファビライヒと一対一のやり取りができるようになったのだ。
「ははは、いや、しかし。こうしてお前と同じ側に立てて良かった。二人の婚約前は本当に苦労したぞ」
「申し訳ありません。何もしないようであれば、締め上げてやろうと思っていたもので」
「まったく……あの馬鹿息子の言う通りの男だな」
「あの方は何か言っていましたか?」
「“敵にするとめんどくせえ”と言っていたな」
「はははは! それはそれは」
二人の仲は悪くなかった。
直接会話をしてしまえば、共有の話題は多かったのだ。
この国について。
ハットリュークについて。
ミゼリアとルクスの婚約について。
そして、彼らにとっては孫と息子になる困った少年についてだ。
そう考えると、彼らは義理の親子関係に近かった。
奇妙な父と息子の関係は少し心地が良かった。
「ルクスの方はどうだ? ミゼリアとは仲良くやれていそうか?」
「そこら辺は信用してください。ハットリューク様のようにモテますが、女嫌いではありませんので。もしかするともう手を出しているのかもしれませんね」
「はははは! そうか。育ちが違うからかもしれぬな。……あの馬鹿息子は闇を見すぎていたからな」
「……はい。結婚し、ルクスが生まれたのは奇跡かもしれませんね」
二人が語るのは女たちが知らぬハットリューク・サルヴァリオンの真実についてだった。
彼も男たちにしか見せない一面があっただけの話だ。
「そうだな。……旅行先で見つけたとか抜かしよってな。しかもそれがあのハピフクス家のご令嬢と来た。本当に……ほんとうに……。まったく……」
オスリクスは遠い目をした。
苦労するものほど強く印象に残ってしまうものだ。
愛する者をやっと見つけたと喜ぶ息子の姿を想起し、少し感傷的になった。
静かな空気が彼らの間に流れる。
それはけっして気まずいものではなく、穏やかなものだった。
「おや、随分と楽しそうな会話をしていらっしゃる」
しかし、その空気を壊すような女の声が木霊した。
鍵を掛けていたはずなのに応接室の扉が自動で開き、女が入ってくる。
そしてその後ろにはこの国の主要な貴族たちが並んでいた。
「フィンナ・カルクルール公爵……。それに、グラン・ヴォル・ルクレヴィス公爵とジーク・ブレイブハート侯爵も……」
政務大臣、フィンナ・カルクルール公爵。
外務大臣、グラン・ヴォル・ルクレヴィス公爵。
軍務大臣、ジーク・ブレイブハート侯爵。
彼女たちはこの国の中枢であり、今やこの国そのものである。
「王国が今大変な状況なのです。お二人だけで盛り上がらずに、是非、私たちも混ぜてもらいたいものですな」
人を食ったような笑みを崩さずにフィンナはオスリクスたちに語りかけてきた。
そして、王の許可を得ることなく三人は応接の椅子に腰掛けた。
「陛下、そろそろ夕食のお時間ではありませんか。まったくこんなところで油を売っていてはよくありません。さっさと切り上げて貰いたいものです」
「……夕食は摂らぬ。心配は不要だ」
オスリクスの返答などフィンナは軽く受け流す。
「いえいえ、心配などと。そんなものはしていませんので」
その態度が彼女とオスリクスの関係を表していた。
「こうして近くでお話するのは初めてかな、ファビライヒ伯爵」
「ええ、そうですね。カルクルール公爵」
「ふはははは! そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ給え。私たちは同じ『息子』を持つ家族ではないかね」
なぜかファビライヒの大事にする息子のことを強調して、フィンナは仲良くしようとファビライヒに語った。
「ええ、では、失礼してフィンナ公爵と。私がいては邪魔なお話があるのでしたら、席を外しますが」
「いや、いてくれ給え。キミにも聞いて貰いたい話なのでな」
「……わかりました」
オスリクスとファビライヒを囲むように、グラン公爵とジーク侯爵が陣取っている。
しかも二人は若い頃は戦場で活躍するほどの猛者だ。二人が敵うはずもない。
完全にこの場はフィンナに支配されていた。
しかも、親魔と反魔である二人の男を従えている。
それはこの国の親魔と反魔という括りさえ彼女の思い通りであったことを示している。
「そうだね。まずは言ってしまおうか」
人と人のやり取りである会話を嫌う女は、それを省略して結論だけを述べた。
「ロルカニア王国は魔王領の属国となる」
「────」
それは敗北宣言だった。
人間の独立を謳った始まりの国が魔族への恭順を示そうとしていた。
ファビライヒには受け入れられなかった。
「フィンナ……。貴様……」
オスリクスは少しだけ寂しい目をして彼女を見た。
それを無視してフィンナは言葉を続けた。
「反王軍と聖国はあくまで理由だ。民が受け入れられるようにな。この国の王は魔王となるのだよ」
「……なんてことを。両閣下──グラン公爵様もジーク侯爵様も、よろしいのですか!?」
「……仕方あるまい」
「……魔王アルテが本気で動いている。止めるすべはない」
グランとジークは大戦争のときにアルテと交渉した席にいた。
そのときにあの究極の生物の圧倒的な恐怖を味わったのだ。
これは如何に被害を抑えるかの話になっていた。
「貴方たちは……わかっていて今まで放置していたのですか……?」
「そうだとも。舐めてもらっては困る」
その女は理解して、民を切り捨てていた。
どこで何が苦しもうと見ずに、聞かずに生きていた。
「私は当たり前の感情で動いているだけだよ。キミもわかるとは思うがね」
「……そうでしょうか?」
冷静ではあるが、ファビライヒの内心は怒り狂っていた。
彼女の行動はファビライヒが尊敬する二人の王子の理念に反するものだからだ。
「ジルベルネ・フォノス」
「────」
女は的確にファビライヒの弱点をつく。
「長くはないと聞いているよ。心中お察しするとも。……だが、これを聞けばキミの考えも変わるとは思うがね」
ジルベルネ。ファビライヒの愛する妻は、体が弱くその先行きも短いと言われている。
だからこそ、フィンナはこの話をするのである。
「魔王領だと──治せるらしいよ?」
ファビライヒの何かが揺れ動く。
それは甘い囁きだった。
「しっかりと健康体になれると聞いた。もしかすると“本当の子供”を宿せるようになるかもしれないね? 親子ごっこは不要になるというわけだ」
表面上は冷静になっているファビライヒは恐れた。
ここまで人の感情を支配しようと試みる目の前の女の浅はかさを。
人の心を理解できる感性を持ちながら、それらを全て自分へ向けるその徹底的な独立を。
それがフィンナという女だった。
自分と自分の見る範囲だけを幸せにするために動く普通の究極。
だが、ファビライヒは同時に何かをフィンナに対して感じた。
それは一抹の気にする必要もない事柄なのかもしれない。
しかし、それは彼女を形成する何かだった。
ファビライヒがフィンナ・カルクルールという女に感じたもの。
あまりにも普遍的で、ありきたりすぎて違和感があるもの。
それは────“愛”だった。




