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顔合わせから一ヶ月後。
その日はハロルド様がアポイントメントを取らずに一人で我が家へやって来た・・・って、なんの御用事があって、いきなり我が家に!?
唐突な訪問に戸惑いながらも、一緒に庭園のテーブルでアップルパイを食べましょう、ということになった。この時期の庭園は、紫色のラベンダーやキキョウが見頃なのだ。
メルが紅茶とパイを運んできて、私とハロルド様の前に並べた。
互いに紅茶をひと口含んだ。嚥下をし、しばしの沈黙が流れる。なにか会話をしないと。相手は婚約者なのだ。けれどイケメンで名高い銀髪の貴公子様を相手に、何を話せばよいのかしら? 顔を見ただけで緊張してしまうのに。
最初に閃いた話題はお茶飲み仲間のエヴァンジェリーナだった。
一週間ほど前に彼女と食べたチョコケーキの話を披露しようと思った。こんな話、つまらないだろうと思うでしょ? でも突然人と会った時って、話題が見つけられないことがあるのよね。だからしょうがないですわ。本当はもっと別のことを訊けば良いのだけど・・・
右手でフォークを取ると、アップルパイを切り分けた。先の尖った四又の先端でソレを刺し、口に運んで咀嚼し、嚥下してから口を開いた。
「先日、友人のエヴァンジェリーナとーー」
「リーネ」
突然話を遮られた。彼の顔を見やると、全く笑っていなかった。それどころか口角を下げたままの彼は、ティーカップを持つ手を下ろすと・・・テーブルの上に置いていた私の左手を取って言った。
「今日も綺麗だ」
え・・・綺麗?
きき、聞き間違いかしら?
左手から彼の顔へと視線を移す。イケメンだけれど、笑ってはいない。でも口説いてきてる。
一体どういうこと?? あっ・・・
しまった。フォークを地面に落としてしまった。先端に刺さったアップルパイの欠片が、恨めしそうにこちらを睨んでいるような気がする。
動揺した私は、メルを呼んで取ってもらうはずが、自らフォークを取ろうと席を立ちしゃがみ込んだ。マナー的にはよろしくない。
けれども、なぜかハロルド様まで席を立ち、私の隣までやって来た。そしてわざわざ屈みこんだと思ったらフォークを取るのではなく・・・
私の頬にキスをしてきた。
驚いて言葉も出なかった。
代わりのフォークを用意しようとしたメルが、この現場を目撃してしまい「きゃっ!」と声をあげ、両手で赤面した顔を隠した。
庭にいた小鳥達は祝福するようにピィピィと高らかにさえずる。
唇の感触が頬から離れていく。
おそるおそる横を向くと、目の前にはさらさらとした銀髪を揺らし、私を見つめる麗しいお顔が・・・
ハ、ハロルド様・・・?
いきなりどうして??
私はまた鳥肌が立ち、胸がドキドキするのが止まらなくて、どうしようもなくなってしまった。
*
さらに一ヶ月後。
今日も突然我が家を訪れた銀髪の貴公子様。
お日柄も良いため、今回も庭園に案内することにした。紫色の花に加えて、真っ赤なアマリリスと黄色い向日葵が見頃を迎えているのだった。
植物の装飾があしらわれた白いガーデンチェアに座ったところで、先ほどメルがラズベリーパイを買ってきたことを思い出した。前回頬にキスされたことを思い出し、私はかなり緊張していた。けれど勇気を振り絞って、「一緒にパイを召し上がりませんか?」とお誘いしようとした矢先、ハロルド様がいきなり椅子から立ち上がってしまった。
「ど、どうされましたか?」
驚いた私は、何か失礼があったのかと思い彼の顔色を伺った。
すると、冷ややかな青い瞳が私を捉えた。
・・・あ。
この視線は、かなり怒っている時のものですわ。でも、いきなりなぜ?
心当たりがあるとすれば、毎回庭園に案内するのがまずかったのかしら。でも天気も良いし、花を眺めながらお茶をするのは気分を害すことではないと思うのだけれど。
屋敷の中へ案内するべきか逡巡していると、ハロルド様は私の手を強引に取り、庭園の奥に向かって早足で歩きはじめた。
繋がれた彼の手は大きく、ゴツゴツしている。思わずゾワゾワとしてしまう。いかにも剣を握っている殿方らしい手だと思った。それにしても・・・
痛い。握る力が強すぎる。
このままじゃ、手を握りつぶされてしまうのではと不安になった。
カルヴァン家の裏庭ではこの時期に黄色の果実を収穫できるロークワットツリーを植えている。その果実は甘くておいしいから、私は気に入っているのだけれど。その木々の中でもひときわ目を引く、背の高い木。その下まで私を引っ張ってきたハロルド様。この場所は我が家の庭園の一番奥に位置する。ガーデンテーブルを置いている場所とは対照的で、周りにはグリーンばかりで花がなく、日陰になっており薄暗い。
一体なぜ、こんな場所へ連れてきたの?
戸惑っていると、彼は繋いでいた手をようやく離した。かと思えば、今度は私の顔をじっと見つめてきた。
彼の眼差しは身体の芯から震えが止まらなくなるような、鋭く冷たい鬼気迫る覇気を帯びていた。思わず身震いしてしまう。薄暗い庭園の奥で、二人きりという状況に。
い、今にも暗殺されそうですわ・・・
私は彼の機嫌を損ねないよう、おそるおそる訊ねた。
「ハロルド様? ・・・怒ってらっしゃるのですか?」
「・・・・・・その逆だ」
木を背にして、いきなり詰め寄られてしまった。少しでも動けば、お互いの胸がくっつきそうな距離。逃げ場をなくした私は自分の頬が熱を帯びていることに気づいた。
刹那、ハロルド様は私の顎に手を添え、低い声音で囁いた。
「君が好きだ。毎日君のことばかり考えてしまう。俺のリーネ・・・」
んっ?
わっ、私が好き?
それに「俺のリーネ」ですって????
予想外の発言に、理解が追いつかない。
戸惑いまくっている私を他所に、彼はゆっくりと瞼を閉じ、顔を寄せてきた。いきなり端正なお顔しか見えなくなる。心臓が高鳴り、脈がドクドクと早まる。
こ、このシチュエーションは、まさかまさか・・・
生あたたかい吐息を唇に感じ、キスを迫られているのだと悟った!
盛り上がってきたところ!明日も読んでくれたら嬉しいです⭐︎
よろしくお願いします!




