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 王城敷地内にある赤煉瓦の建物の一室に、ノックの音が響いた。部屋の中央には、アンティークの書斎机が置かれており、そこには魔物の討伐計画の資料に目を通すハロルドの姿があった。

 彼が顔を上げ返事をすると、「失礼します」と部屋の外から聞こえ、続いてドアが開くと彼の部隊員のひとりが入ってきた。

 上背のある黒髪の男は、緊張した面持ちでハロルドの前までやって来た。敬礼をすると、用件を述べはじめた。


「隊長、来週の件ですが」

「分かっている、イヴォン。休暇を取りたいんだろう? そう何度も来なくとも、既に別の部隊から代わりを手配している」


 イヴォンと呼ばれた隊員は、安堵したように笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」


 一礼して退室しようとするイヴォン。だがハロルドは気にかかることがあり、「ところで」と、彼の背中を呼び止めた。


「他の隊員たちから、休暇を取って婚約者と出掛けると聞いた」

「はい、その通りです!」


 胸を張り大声で返事をしたイヴォンだったが、内心ヒヤリとした。いつも厳しい隊長のことだから、事情が知れれば休暇を取り消されるかもしれない。

 もしデートに行けなくなった時のことを考えたら・・・婚約者の悲しむ顔が目に浮かんだ。そして彼女の親である、男爵の眉をしかめる顔も。

 だがハロルドの口からは、休暇の取り消しではなく、意外な言葉が発せられた。


「婚約者とは仲が良いのか?」

「えっ? ・・・はい、良いほうだと思いますが」

「最初から仲が良かったのか?」


 イヴォンは面食らった。彼の上司はいつだって淡々としている。それに誰かの個人的なことには興味を示すようなタイプではなかった。そんなとっつきにくい隊長から、なぜか婚約者との仲の良さについて追求されているのだった。

 不思議に思いながらも、嘘をつく必要もないので、素直に答えることにした。


「そうではありません。親の決めた結婚ですし、彼女には私以外に想いを寄せる相手がいるのだと、見合いの席で男爵夫人に耳打ちされました。ですが、彼女は私の未来の妻です。それに彼女は、美しい。だから何度か男爵邸に足を運び、私の誠意を見せて仲良くなったのです」

「誠意だと?」

「はいっ! 誠意です!」


 上官の問いかけに、イヴォンは再び背筋をピンと伸ばした。が、内心は非常に焦っていた。


 何かまずいことでも言ったか?


 先ほどの返事を思い返してみたが、さっぱり分からなかった。

 手に汗を握りながら、彼は上官の言葉の続きを待つしかなかった。


「それはつまり・・・どういうことだ?」

「は、はいっ!! どういうこととは、その・・・つまり、どのことですか?」

「お前の見せた誠意とは、どんなものだ?」


 え、ええぇ〜〜・・・

 誠意って言葉が気に障ったのか? 参ったなぁ。落ち着いて考えろ。つまり、誠意とは。僕が彼女に見せた誠意とは・・・


「その、せ、誠意とは・・・彼女の顔を見て好きだと伝え、キスをしました」

「・・・それで?」


 そ、それでっ!!!!!?


 思いがけない追求の手に、どっと汗が噴き出てしまう。握った掌の中は汗だくで、今は誰とも握手できそうにない。


 隊長は僕から何を聞き出したいんだ?? キスのあとにやることってのは、つまり、そういうことなわけだけど。なんでそんなことを聞き出したがるんだ??


 焦ったイヴォンは、もはや正気を失いかけていた。


「それでっ、ですねっ・・・えっと、人がいるところは恥ずかしいと言うから、その、物陰に隠れてですね!? もう一度キスをして、まぁ、その・・・そういうことを致しましたら、彼女も私を好きだということが分かったのです。それで私たちは両想いに」


 ここまで言い切って、しまったと気づき口を塞いだ。尋ねられたとはいえ、直属の上司に惚気話を披露してしまったわけだが。ハロルドは侯爵家の跡取りなのに、未だに婚約者がいないと噂になっていたのを思い出した。

 上司の顔色を伺うと、眉間の間に深い深いシワが刻まれていた。


 怒らせてしまった!!!!!


 イヴォンは顔面蒼白になった。そして休暇の取り消しを言い渡される前に、逃げるように退室したのだった。


 静かになった部屋の中で、ハロルドは顔の前で手を組み、小さなため息を吐いた。

 彼はイヴォンから婚約者と仲良くなる秘訣を聞き出したかった。が、何故かおかしな方向に話が進んでしまった感が否めなかった・・・


 しかし、なぜそんなことを訊いたのか?

 彼は婚約者であるリーネから、強い敵対心を感じていた。顔合わせの最中にハロルドのことを睨んできたのだ。どうやら自分との婚約を良く思っていないのだと、嫌でも気付かされた。

 彼は婚約者の警戒を解く必要があった。そのために、できる限りのことをする必要がある。


 何度も足を運ぶ、か。


 書斎机に積まれている書類の山を睨んだ。魔物や盗賊団の討伐に関する書類がほとんどだ。明日には聖東騎士団の応援として、数名の隊員を連れてシェニパーに赴かなければならい。その数日後には王家直属の近衛騎士団との合同演習も予定されている。それが終わると、王家と教皇、聖騎士団長と近衛騎士団長が出席する参謀会議に出席しろと命令を受けていた。彼の予定は常に先までぎっしりと詰まっていた。そのうえ、どうにか休暇を取れたとしても、緊急の用事で呼ばれることが度々あった。

 以前ならそんなことは気にならなかった。が、婚約者であるリーネとのわだかまりを早急に解くために、本来ならば週に一回でもカルヴァン邸に足を運びたいと思っていた。しかし、それは叶いそうにない・・・


 今の彼に出来ることといえば、目の前に山積みされたタスクをこなし、少しでも多くの時間を作ることだった。

 手始めに書類の山に手を伸ばし、一番上の用紙を手に取ったところで、ノックの音と共に上官が入って来た。


「副団長がお呼びです。シェニパーに潜んでいるネズミを炙り出す件について、聖東騎士団の異端尋問官が副団長とお話ししています。この件については卿が担当です。すぐに向かってください」

「承知しました」


 手にしていた書類を置くと、上官のあとに続いて書斎を出た。シェニパーのネズミとは比喩だ。つまり、シャスティスを嗅ぎ回る裏切り者ーーレジスタンスのスパイを炙り出すということだった。

 彼は上官のうしろ頭を睨みながら、眉間に皺を寄せた。


 先ほども団長に呼ばれたばかりだというのに・・・俺にはどうも時間がない。リーネに頻繁に会うことが叶わぬなら、すぐにでも誠意を見せるべきなのか?


 彼は焦りの色を見せていた。

次回16:20に投稿⭐︎

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