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 ハロルド様は私の横に立ち、左手を取って屈んだ。反射的にびくりと体を縮こめてしまったけれど、彼は気づかなかったようだ。

 そして驚いたことに、私の目が確かならば・・・手の甲に口付けをしているではありませんか!?


 鳥肌が総立ちし、心臓がドキドキする。

 思わずハロルド様を凝視していると、彼はゆっくりと顔を上げ、屈めていた上体を起こした。そして澄みきった青い瞳で、真正面から私の瞳を覗き込んでくるのだった。

 光が差した宝石の如く、煌めいて揺れる、青い瞳。これは・・・どういう風の吹き回し?

 奇妙だと思うのに、王子様のように整った目鼻立ちのせいか、視線を逸らせなかった。私は彼を見つめ返しながら、その一方で、直感した。


 ハロルド様は、なにか企んでいる・・・


 私に語りかけるように見つめてくる、イケメンの青い瞳。揺れる瞳の奥に、黒く渦巻く何かを隠している・・・そんな気がしてならなかった。



 古いレンガ街を治めるカルヴァン家の屋敷には庭園がある。屋敷の入り口の左右には花こそ咲いていないものの、低木樹が植えられており生垣の役目を果たしている。生垣の中はチューリップやアマリリスなどの球根が植えられており、春や夏には花を楽しみながらガーデンテーブルを囲んでお茶をすることができるのだ。

 幼い頃はこのテーブルでお母様が紅茶を飲んでいる姿をよく目にしたものだ。

 天気の良い日になると、私を連れて庭園でティータイムをとるのは、カルヴァン家の日課だった。その隣にはメイドのリルがいた。彼女にはエナとメルという双子の娘がいた。そう、今我が家に仕えているメイド達のことよ。

 ちなみにリルは数年前に腰を痛めてしまいメイドを引退した。寂しく思ったわ。でもその代わり、エナとメルが母親の後を引き継いで我が家に仕えるようになった。

 そういう経緯があって、私と双子のメイドたちの繋がりは深い。この庭園を見るたびに、幼いエナとメルと一緒に追いかけっこをしたり隠れんぼをしてよく遊んだことを思い出す。とても懐かしく、大切な思い出。

 ちなみにエナとメルはすらりとした高身長の女性で170センチある。私より5センチも高いの。

 ふたりは青く光る黒髪を長く伸ばしている。うしろでひとつに結っているのがエナ、耳の下でツインテールにしてるのがメル。


 今日はエナが紅茶を淹れ、私の仲良しのお茶仲間であるエヴァンジェリーナの前にティーカップを差し出していた。我が家の庭園でティータイムを楽しんでいるのだ。

 エヴァンジェリーナは最近できた私の数少ないお友達だ。彼女はブロンドの髪をがっちり縦ロールで巻き上げ、ハーフアップを若草色のリボンで結んでいる。可愛らしい令嬢なのだ。

 他愛もない会話を楽しむのが私たちの日課だった。そして今日もお茶を口にしながら、私の話を聞いた彼女が何度も相槌をうってくれていた。

 

「ーー実はね、エヴァンジェリーナ。私、三日前に婚約したんですの」

「えぇ!? 私を差し置いて、本当に?」


 どうやらエヴァンジェリーナに婚約者はいないらしい。婚約の話をすると彼女は目を剥いてしまった。普段は穏やかに話す彼女なのに、今は不機嫌そうな表情をしている。女子とは時に、先に抜けがけした同性にジェラシーを抱く生きもの。だから仕方ない。

 けれど、こんなことで大切な友達とケンカをしたくないのが私の本心だ。


「えぇ。本当は婚約発表までは誰にも言うなと言われてるんだけど、あなたは親友だから、特別に話したんですの」


 特別という言葉に、エヴァンジェリーナの眉がピクリと動いた。これで機嫌を直してくれるといいのだけれど。


「発表はいつ頃ですの、リーネ?」

「まだ分かりませんわ」


 エヴァンジェリーナが眉をひそめた。


「優しい殿方なのですか? 名前は?」

「さすがに名前までは言えません。発表してよくなったら、すぐに報せますわ」

「そうですか。ところで顔色が良くないように見えるけれど・・・なにか不安でもあるの?」

「不安? いいえ、なにもありませんわ」


 否定したけれど、実は嘘。

 貴族の婚約において、淑女は家門が利益を得るための道具にすぎない。好き嫌いで相手を選べないのが定められた運命なのだ。だから婚約に不安があるのは当然のこと。

 ・・・けれど、文句を言うくらいは許されるはずよね?


「実はね、冷たい目で睨んでくる殿方なんですの。それに態度も悪くて。かと思ったら笑いかけてくる時もあるし・・・」

「まぁ、呆れたわ。自分勝手に振る舞う殿方なのですね。リーネとの婚約を心から望んでないということなのかしら?」

「婚約なんて、みんなそうでしょう? だからいいんですの。見た目だけは素敵な殿方ですし、愛のない夫婦でも構いません。けれど私、正直に言うと困ってるんですの。彼の態度について」


 冷たい態度は良い。けれど手のひらを返したような突然のハンドキス。顔合わせをして三日経つが、どう考えても奇妙だったし裏があるとしか思えなかった。


 私は余程ひどい顔をしていたのだろう。気づけばエヴァンジェリーナは眉を下げ、心配そうな表情で励ますように言った。


「リーネ、人生は一度きりよ。あなたが心から望まないのなら、そんな婚約やめてしまえばいいのよ」

「失礼します。フルーツタルトをお持ちいたしました」


 声の方を振り向くと、フルーツタルトをトレイに載せたエナがテーブルの横に立っていた。彼女は無駄のない動きでケーキを配膳し、新しい紅茶を淹れてくれた。

 私達はフォークを手に取ると、三角形のタルトの先端を小さく切り取り、口に運んだ。


「まぁ、おいしいわ! こんなにおいしいタルトは初めて食べました。どうもありがとう、リーネ」

「ふふっ。でもこれ、本当においしいわ」


 明るく返事をした。けれど実を言うと、私はタルトの味を心から楽しむことができないでいた。


 ティータイムを終えたあと、私たちは屋敷の裏手にあるクローバーの庭と呼ばれる草原へ出かけた。

 見渡す限りクローバーばかりの草原。私はエヴァンジェリーナと草原にたどり着くと、すぐに仰向けになり、のんびりと過ごしはじめた。

 彼女と一緒に居るのは気楽でいい。けれども、頭の中では婚約者の奇妙な態度が気になって仕方がなかった。それは今だけじゃない。三日前の晩からずっと考えている。しかしいくら考えてもキリがなく、堂々巡りの繰り返し。

 私の気持ちはすっかり掻き乱されていたけど、時おり吹き抜ける草原の風は心地良かった。


婚約者に魅力を感じながらも、その言動を疑うリーネ。

次の更新は12時10分です!

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