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今日の三話目!
討伐が終わった直後から、隊員たちは忙しくしていた。怪我人を抱えて救護班に連れていく者、畑の作物を処理する者、帰還の準備をする者。そのうちの数人は、野営地のテントの前で話しこんでいた。
「三日で片付いてラッキーだったな。まぁ、俺たちには戦場の修羅がついてるし、すぐに解決するとは思ってたけどさ。でも、さすが団長の息子だよな。気性の荒いことで有名なあのペガサスを乗りこなすなんて、俺には無理だね。分隊の隊長には勿体ないよなぁ」
「いずれは団長職を継ぐって、みんな噂してるぜ。いや、それにしても。今日は鬼気迫るものがあったよな。アレが味方で、本当に良かった」
「あぁ。絶対に敵にしたくない・・・って、うん? あそこにいるのって、もしかして隊長か?」
*
どこにいるんだ?
ハロルドは被害を受けた畑から少し離れた場所にある、草木が伸び放題になっている茂みに足を踏み入れていた。
なぜそんな場所を歩いているのか?
それは先ほど、副隊長から一人だけ姿の見えない隊員がいると報告を受けたからだ。畑の周辺を探しているが見つからないという。
魔鳥の襲撃を受けた際に命を落とした可能性があると思った。普段厳しい訓練を受けている騎士団員とはいえ、相手は獰猛な魔物なのだ。ましてや捜索中の隊員は入隊して日が浅く、実践経験が乏しかった。気の毒だが、生きている可能性は低い。
しかし、死体だけでも発見してやりたいと思った。まだ若い彼の魂と、彼の家族のために。
それだけではない。もし奇跡的に生きていたとしても、いま発見されければ、任務中に死んだと判断され、捜索を打ち切らなければならなくなる。リーダー格の魔鳥を討伐した今、隊員ひとりの命より、高い遠征費を抑えることの方が重要なのだ。これは討伐隊のルールであり、従うべき基準だ。ただしこの命令には納得していないのだが・・・
じっと待っていても見つかる可能性が低いと判断したハロルドは、自ら足を運び、部下を探しに行くことにした。そこで隊員たちの姿がほとんどない、畑から少し離れた茂みの中を探し始めたのだ。
歩いて程なくのことだった。
「・・・れか・・・」
声が聞こえた。それも弱々しい声音が。
音の聞こえた方に早足で近づくと、背の高くなった雑草の中に、血まみれの隊員が倒れていた。
彼に近づき容体を確認すると、鎧の腹部に魔鳥の嘴が貫通したようで、鋼と肉が抉られ、酷い出血をしていることが分かった。地面には血溜まりができていた。
兜を脱がしてやると、茶色い巻き毛の若い青年の顔ーー新兵のイワンが、真っ青な顔をしていた。乾いた唇は紫色に変色していた。
「イワン、大丈夫か?」
「隊長・・・うぅっ!」
イワンは脂汗をかいており、少しでも喋ろうものなら痛みで顔を歪めるのだった。
「肩を貸してやる。救護班のもとへ行くぞ。歩けるか?」
「・・・は、はい」
救護班とは、負傷した兵士の傷を治す治療部隊のことだ。主に治癒魔法を扱う者たちの集まりだが、実際には人を癒す魔法の素質を備えている者の数が少ないため、魔法を使えない者も医療道具を使い治療にあたっている。
畑から少し離れた場所に小屋があり、二人はそこへ急いだ。救護班の基地は、普段は農機具を保管している小屋を緊急で借りあげたものだった。
ハロルドとイワンが中に入ると、生臭い血の匂いと、アルコールの濃い匂いが鼻腔を刺激した。この独特の匂いに不快感を抱いたイワンは、片手で鼻と口を覆い隠した。彼はこういった場所にまだ慣れていなかった。一方、ハロルドは眉一つ動かさず、白いエプロンに身を包んだヒーラーにイワンを差し出した。腹部の傷を見たヒーラーは、顔をしかめた。
「すぐに治療しましょう。ここに掛けてください」
案内された木製の古びた椅子に、イワンがドサリと腰をかけると木の軋む音がした。ヒーラーは手早く鎧を脱がし、傷口を見つけると手をかざし詠唱を始めた。幸いなことに、彼女は治癒魔法の使い手だった。
柔らかな光がイワンの腹部を包みこんだ。春の日差しのような光は、ゆっくりと皮膚組織を癒合させる。血の溢れる傷口を塞ぐ様は、神の奇跡を彷彿とさせた。脂汗をかいていたイワンだったが、次第に表情が柔らかくなっていく。やがて腹部の裂傷は綺麗さっぱりなくなったのだった。
イワンは安堵した表情を浮かべると、ヒーラーに向き直った。
「ありがとうございます」
礼を述べると、彼女は天使のような笑みを浮かべ、こくんと頷いてから立ち上がり、すぐさま別の怪我人の元へ行ってしまった。
ハロルドは回復した部下に告げた。
「帰還の準備に取り掛かるぞ。身体の調子は戻ったように見えるが、すぐに動けるか?」
「はい! 問題ありません!」
慌てて背筋を伸ばし、返事をするイワン。小屋を出て外の空気を吸い込み安堵した彼は、ポロリと口からこぼした。
「さっきの方、優しいヒーラーで良かったです。俺、よく耳にする鬼ヒーラーだったらと思ったら、怖くて怖くて」
「鬼ヒーラー? あぁ・・・そうなのか」
ハロルドは視線を地面に落とした。すると、イワンと仲の良い隊員達がどこからともなく集まってきた。彼らはイワンがテントに入る様子を目撃し、気を揉んでいた。が、明るい顔で出てきたところを発見すると、強張っていた表情を緩め、駆け寄って会話に加わり談笑をはじめた。
「いま鬼ヒーラーって言ったか? 俺は会ったことあるぜ! 治療してくれるのは嬉しいけど、かわいいねって声を掛けると、めちゃくちゃ怖い顔してビンタされたんだ。ひっでーよなぁ」
「俺なんか、怪我を治してもらった後に声を掛けたら、あの鬼女に突き飛ばされた。それで新しい怪我をしたから治せって言ったら、自業自得ですわって言われて・・・」
「わはははっ! バカだな、お前! 噂だと、もうあの鬼ヒーラーは辞めたらしいぜ。居なくなってくれて清々するな」
「でも姿を拝むだけでも俺は良かったぜ。長い金髪に空色の瞳。あぁ、顔だけは本当に可愛かったんだけどな・・・名前は・・・たしか、リーナだったよな」
イワンが真面目な顔をして口を開いた。
「違いますよ! 救護班の鬼女、リーネ・カルヴァンでしょ! 先輩たちが教えてくれたんじゃないですか」
周りの隊員達が笑い声を上げる。
「そうだった! あの怖いリーネ・カルヴァン令嬢! 一見可愛いけど、迂闊に手を出そうものなら鬼のような形相で返り討ちに遭う、恐怖の令嬢! ある意味、もう会えないと思うと寂しいよな」
今まで黙って耳を傾けていたハロルドが、いきなり声を荒げた。
「お前たち、いつまで休むつもりだ! ただちに持ち場に戻れ!」
「はい!!」
話に花を咲かせる部下たちを一喝すると、みな蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ハロルドは額に手をやると眉間に皺を寄せた。婚約者であるリーネのことを考えているのだ。
そう。お察しの通り、救護班の鬼女と噂されていたのは、我らがヒロインであるリーネ・カルヴァン。
彼女は最近まで救護班のヒーラーとして活動していたが、洗練された容姿とは裏腹に、兵士達が口説き落とそうものなら、鬼のような形相で突き放すヒーラーとして有名だった。そのため『救護班の鬼女』と影で噂され恐れられていた。
みな、リーネに声を掛け冷たくあしらわれた思い出があり、治療されると分かると顔を青ざめるのであった。
ハロルドは未だ眉間に皺を寄せていた。が、リーネの顔を思い浮かべると、僅かに口の端が緩んだ。
もう会うことはないと思っていたのに・・・
彼は初めて野盗討伐に参加した時のことを思い出していた。
*
ヘルベリー領主は、領地の経営と共に国境の警備も任されている。シャスティスの聖騎士団である聖東騎士団、聖西騎士団と協力し、国の警護を担っているのだ。
幼き日のハロルドは、侯爵の直命により、初めて盗賊団の討伐に参加することになった。
彼は近衛騎士団の分隊と共に、シェニパー領付近を荒らす盗賊たちを退けた。が、その最中に左腕に切り傷を負い、救護班で治療を受けることになり、テントに向かっていた。
中に入ると、生臭い血の匂いと濃いアルコールの匂いに、思わず鼻と口を手で覆ってしまう。ツンとする刺激に耐えきれず、胃から酸が逆流しかけたが、どうにか堪えた。
テントの中には彼と同じように傷ついた兵士たちが、白いエプロンを身につけたヒーラーたちから治療を受けていた。
戦場特有の光景と臭いに居心地が悪くなり、その場に立ち尽くしていた時だった。
「怪我をしたのですか?」
背後から鈴の鳴るような声音が聞こえた。
振り返ると、同じ年頃の白いエプロンを身にまとった女の子が立っていた。
お決まりの展開です⭐︎
それにしても、ハロルド様のターンが長すぎる・・・けど、もう少しお付き合いください!
⭐︎次話更新→12:20です!




