14
本日最後の投稿です!
朝食を済ませると書斎に向かった。仕事に取り掛からなければならなかったが、最近あることが気がかりでならなく、今日もエンジンが掛かるのに時間を要する気がするのだった。
カルヴァン男爵は書斎に入ると、右手にある棚を見やった。上部分は本棚になっており、街の経営に関する書類をまとめたファイルを並べている。下部分は開き戸で、これまでの領主ーー父の代以前の書類を箱に詰めてこの中に保管していた。
男爵は本棚に手を伸ばした。棚にはおびただしい数のファイルがぎっしりと並べられており、その横に書類を平置きでしまえる大きさの引き出しを置いている。未分類のものや、こまごまとした雑貨なんかをしまっているのだ。その一番下の段に手を伸ばすと、手前に引いた。
中には数枚の手紙と銀貨が一枚。それと半分に折られた白い紙が、一番上に置かれていた。紙は、あるリストを書いたものだった。その紙をつまみ取ると、丁寧に開いて、中に目を通しはじめる。左右に目を動かし、何かを確認していく男爵。やがて彼は、あることに気がつき眉をひそめた。
やはり、そうだ。名前が載っていない。
彼が確認していたのは、リーネの縁談の手紙を送った宛名のリストだった。
そこには知り合いの貴族や名門貴族の名が連なっている。ヤケクソで作業していたから、伯爵家や侯爵家にも手紙を送った覚えはある・・・が、詳細は覚えていなかったのだ。
そこでリストをもう一度調べてみたところ、驚くべきことに、ヘルベリー侯爵の名前はなかった。
男爵は首を捻るしかなかった。
手紙を送っていないのに、なぜ返事がきたんだ?
幸運が舞い込んだと思った娘の縁談。当初は舞い上がってしまい、このおかしな点に気づかなかったのだが。顔を見たこともない、ましてや近衛騎士団を抱える極寒の地ヘルベリーに住む侯爵に、手紙を送るわけがなかったのだ。
しかし相手に手紙を送っていないとすると、どういった経緯でヘルベリー侯爵に届いてしまったのだろうか?
郵便配達人の間違い? だがそれなら、宛名を読んだ時点で返却されるか捨てられただろう。それが偶然にも侯爵家の執事の手に渡り、侯爵に届けられ、中身を読まれた。そしてあろうことか、ヘルベリーとは何の縁もない、シェニパーの田舎貴族の娘を嫁にすることを決めたのだ。
しかし、その決断が、彼らになんの利益をもたらすのだ?
男爵家にとっては奇跡のような縁談だが、侯爵家は大切なひとり息子の結婚が掛かっているのだ。必ず利益が生じるはずなのだが・・・それが見当たらない。奇妙すぎる。この縁談は、どこかおかしい。
もしかしたら、思いもよらぬ誰かが裏で糸を引き、何かを企んでいるかもしれない・・・
コンコン。
ノックの音と共に、妻がドアを開け中に入ってきた。その手にはコーヒーカップを載せたトレーがあった。私が書斎に入ると、何も言わずにコーヒーを淹れてくれるのが彼女の日課だった。
仕事机の上にはまだ書類を出していなかったため、中央の位置にコーヒーカップが置かれた。
「ありがとう。ところで、君に聞いて欲しいことがあるのだが」
「なんですか?」
「ヘルベリー侯爵にリーネの肖像画と手紙を贈っていないのに、どういうわけか手紙の返事が来て婚約することになった。なぜだと思う?」
妻は目を丸くして、夫の顔を凝視した。それからゆっくりと、首を傾げるのだった。
「さぁ。どうしてかしら? でも私たちの可愛いリーネが結婚するんだもの。このまま未婚を貫き通すと思っていたから、私、今は心から安心しているのよ。だから、細かいことは気にしなくていいんじゃないですか?」
幸せそうに目を細める妻の顔を見ると、男爵の杞憂は吹き飛んでしまった。
「それもそうだ。考えすぎは良くないな! 体に毒だ!」
「そうですわよ。気楽に構えましょう」
「「あははははは!」」
心地よい笑い声が書斎に響く。
笑いながら、男爵は思った。理由なんかどうだっていいのだ、と。
何より大事なのは、家族の幸せなのだ。侯爵家と繋がりができ、その結納金で新規事業への投資金を確保することもできた。いずれは可愛らしい孫の顔を拝むことになり、一族に新たな幸せが訪れる未来が待っている。
その事実さえあれば、少しくらい不自然な点など、目をつぶってしまえばいいのだ。
再びノックの音が書斎に響いた。
カルヴァン男爵が返事をすると、ドアが開きエナが一礼した。
「ご主人様、お客様がお見えです」
「あぁ、そうか」
約束の日は今日だったか、と、壁に貼ってあるカレンダーに目を向け、左手の指で顎をさすった。それからコーヒーをひと口含むと、客人に会いに行くために書斎をあとにした。
玄関に向かうと、黒いシルクハットにワインレッドのモーニングを着た男が立っていた。彼の胸元には、蛇と羊の紋様があしらわれたネックレスが光っていた。
明日も投稿するので、お付き合いいただけたら幸いです!




