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 つつがなくガーデンテーブルまで戻った私とハロルド様は、甘酸っぱいラズベリーパイを食べ始める。

 その間、私たちは一言も口をきかなかった。


 気まずい空気。

 流れる沈黙。

 青ざめていくエナとメルの顔。


 この悲惨な状況と、ラズベリーの甘酸っぱさが妙にマッチしたのは、言うまでもないわね。

 向かいでパイを召し上がるハロルド様の頬を見やった。幸いなことに赤みは消えていた。どうやら頑丈にできている殿方のようだ。本当に良かった。

 私はパイを口に含みながら、心の中で指を組み、深く祈りを捧げた。


 もし願いが叶うなら、赤みと一緒に、私のしでかしたことも消えてほしい・・・


 お通夜のように重々しい空気の中、彼はパイを食べ終わると、すぐに屋敷をあとにしたのだった。



 その翌日、用事のため家を空けていたお父様が帰ってきた。すると、すぐさま呼び出しを喰らってしまった。


 私はお父様の書斎のドアをノックし、返事が聞こえると中に入った。左右の壁には、褪せた焦茶色の大きな棚。その棚に挟まれるように、お父様の書斎机がある。いつもならそこで書類にサインをするお父様の姿が見れるのだが、今日は背後にある窓の外を眺める背中が見えた。

 私は机の向かいに立ち黙っていたのだけれど、しばらくするとお父様が振り返り、私に話しかけてきた。


「・・・で、なにが起きたんだ? ハロルド様が真っ青な顔で帰って行ったとメイドから聞いたが・・・」

「な、なんでもありませんわ、お父様」


 嘘をついてしまった。けれど本当のことを言えるはずもなく。

 そんな私の心を見透かすように、お父様はじっと私の顔を睨んでいた。が、唐突に声を荒げた。


「隠しても無駄だ、リーネ! お前は嘘をつく時にまばたきの数が異様に多くなる!」

「えぇっ!!? そうなんですの!?」


 私は急いで両手で目を隠した。


「勿論、嘘だ。だが、隠したということは何かあったのだな。正直に言いなさい!」


 えぇ!? 嘘だったの!?


 私は両手を目から離すと、今度は両頬を膨らませて青筋を立てた。

 くそぅ〜・・! お父様の馬鹿ぁ!! とは口に出さず、心の中でそっと悪態をつきつつ、お父様の様子を窺った。まだこちらを睨み続けている。

 仕方なく、私はおそるおそる昨日の出来事を伝えることにした。


「あの・・・じ、実は、ハロルド様の頬を、張ってしまいました」

「・・・頬を、張った?」

「はい。つまり、ビンタしました」


 お父様はしばらく固まった。

 が、次の瞬間、いきなり椅子から崩れ落ちた!


「お、お父様!?」

「終わった!! 我が家はもう終わりだぁぁぁーー!! 婚約破棄どころか、もっとひどいことになるぞぅぅぅーーーー!!!!」

「そうですわよね!? そうですわよね!!?

あぁ、なんてこと! ごめんなさい! ごめんなさい、お父様ぁぁぁ!!!」


 這いつくばったお父様が床を濡らし始めた。親を泣かすなんて、私ってば親不孝者! ごめんなさいお父様。これを機に、縁談はもう来なくなるに違いありません。それにカルヴァン家の評判も地に落ちてしまうでしょう。

 私はお父様の傍に駆け寄ると、同じように床に崩れ落ちた。すると、隣から蚊の鳴くような声が聞こえてきた。


「リーネ、実はお前に話していなかったがことがあるんだ」

「話してなかったことですか? それはなんですの?」

「先日学生時代の友人と偶然ばったり会ったんだ。あいつとは仲が良くて久々に会って話をしているうちに、新しい事業を一緒にやらないかと誘われてだな。詳しく話を聞いたら随分儲けられるそうで、私も乗っかることにしたんだ。ただ、少しばかり投資する必要があって・・・」


 そこで、まごつき始めた。なにか言い出しにくいことがあるようだ。

 投資・・・

 待って、投資ですって?


 我が家の財政状況は、はっきり言ってそんなに良くない。今のところ赤字は出ていないけれど、黒字がそんなに多いわけでもない。

 新しい事業に参入して収入源が増えるのはいいわ。けれど、資金繰りに余裕があるわけじゃないのは先ほど説明した通り。それなのに「話に乗っかることにした」と言った。ならば・・・投資する金額はいくらなの? どこからそのお金を捻出するつもりなの? もしかして、借金取りに借金をするのかしら!?


 突然、ある予感がよぎって息をするのを忘れそうになった。

 間髪入れずに確認する。


「お父様、その投資金って、まさか・・・」


 白髪混じりの頭を上げ、涙を浮かべながら、こくりと頷いた。


「そのまさかだ。リーネの結納金を投資に充てたんだ」


 結納金を、投資。

 そんな・・・まさかまさかまさか!!!!


 全身からどっと汗が噴き出してくる。

 私はお父様のもとへ駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。お父様は小さく呻いたが、そんなの関係ない!

 実の父親の胸ぐらを激しく前後に揺すりながら、尋問官のようにきつい口調で訊ねた。


「お父様!! それは、おいくら!!? なんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!?」


 異世界の本に出てくる「赤べこ」のように、力無くベコベコと首を振るお父様。

 やがて蚊の鳴くような声で、信じられないような金額を口にした。


「いっ、一千万ベリーですって!!!!?」


 我が家の年間収益はざっくり五百万ベリーほど。そこから諸々の経費を差し引いて純利益は二百万ベリーあるかないか。それなのに投資金額が一千万ベリー!!?

 私は生まれて初めて目の前が真っ暗になるという気持ちを味わい、ごくりと生唾を呑んだ。

 だ、大ピンチですわ!

 もし婚約が破棄されて侯爵家から結納金を返せと言われでもしたら・・・借金する。そしたら返済不能で屋敷の差し押さえ。考えるだけでゾッとする。でも待って、それだけじゃない。お父様の治めるこの街まで立ち行かなくなるのでは!? 

 唐突に街の住人たちの面々が頭に浮かんでは消えていった。私のせいで、彼らの生活を守れなくなってしまう。

 それなのに私はというと、侯爵様の大切なひとり息子にビンタを喰らわせた罪で修道院行き。いや、その前に借金を返さなきゃ。馬車馬のように働くことになる。

 下宿している弟は学校を辞め丁稚奉公。

 両親は足腰にガタがきてる五十代なのに屋敷を失い、没落貴族の烙印を押される。年老いた無一文の没落貴族。そんな人たちを誰が雇ってくれる? 果たして安定した収入のある仕事先を見つけられるのかしら?

 無理よ! ブラックな仕事をしながら嫌味な上司にいびられまくるにきまってる!! あるいはボロ布を身に纏って路頭で物乞い。

 ・・・婚約破棄したらお先真っ暗な未来しか見えませんわ〜〜!! こんなのダメ〜〜〜!!


 涙を拭いながら、お父様が私に囁いた。


「リーネ、一緒にハロルド様に土下座しよう」

「・・・えっ!? 土下座ですか?? でも許してくれるかしら。昨日は思いっきり引っ叩いてしまったし、気持ち悪いとも言っちゃったし」

「ななななな、何だとぉぉ!!? そんなことをしたらその場で首を刎ねられてもおかしくないんだぞぉ!!!?

リーネ、お前は自分の立場を弁えなさぁぁぁい!!!!!!!!!」


 再びお父様が大声で喚きはじめた時だった。


 

 コンコン



 ノックの音?

 こんなタイミングで、一体誰がノックを・・・?


 目を腫らしたお父様が「なんだ?」と、しゃっくり混じりに返事をすると、ドアが開き、メルが顔を出した。


「あ、あのぅ。お客様がお見えです」

「こんな朝早くに・・・ひっく、いったい誰だ?」

「それが・・・」

「早朝に申し訳ありません」


 聞き覚えのある低い声音が書斎に響いた。次いで、メルの後ろから背の高い殿方が現れた。それはーー


「「ハ、ハ、ハロルド様ぁぁ!!!?」」


 お父様と私は同時に叫んでしまった。


 噂をすれば影とは、よく言ったもの!!

 でもなんでこんな朝早くにハロルド様がわざわざ我が家に来たの!!?


 彼の顔を見ると・・・仮面を被ったような無表情だった。いや、違う! 

 サラサラとした銀髪の隙間から、氷のような鋭く冷たい視線が、私を凝視しまくっている。


 ひぃぃぃぃ!!! 完全にロックオンされてる!!? 

 これは、もしかしなくても・・・相当怒ってる!!!!!?


カルヴァン男爵家、崩壊の予感!!!!

なのですが、時間がなくて続きをすぐに投稿できずです。ある程度先まで書き溜めてはいるので、投稿する時はこの話の後書きに発信するつもりです。(お気に入り登録、リアクションや評価などをしてもらえるとたいへん励みになります!)

今後ともお付き合いいただけると本当に嬉しいです!応援よろしくお願いします。


◾️明日から更新します! 稚拙な文ですが読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

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