後輩の依頼
上田正孝は瀬浪千紘の大学時代の後輩だ。千紘が人数合わせで呼ばれた合コンに行った時に知り合い、女性そっちのけで意気投合したのが出会いだった。ただ千紘は大学を卒業する前に復讐を誓い、誰とも関わらなくなっていったし、大学で出会った人達とも疎遠になり、こうして大学時代の知り合いに会うのは久々だ。樹は大学に通っていなかったし、千紘も積極的には双子の弟のことは話さなかったため、大学の人で双子だと知っているのは恐らく1人だけ。その1人とも今は連絡を取っていなかった。
カウンター席に座り千紘が用意したコーヒーを飲む上田が実は……と話し始める。
「俺、小学校の時の友人に謝りたいと思ってるんです」
上田の家庭は転勤族だったらしく、小学校に通っていた時も三回ほど引っ越しをしたらしい。三回目の引っ越しで出会ったのが、謝りたいと思っている友人で、仲は良かったものの最後は喧嘩別れをしてしまったようだ。上田は小学校卒業と同時にまた引っ越してしまい、その後も何回か引っ越しを繰り返した。そんな中で喧嘩別れをしてしまった友人のことが気にかかり、高校生の頃に1度小学校に向かったことがあった。そこで何とか友人の住所を手に入れて意を決して尋ねたけれど、既に友人も引っ越してしまった後。その後どうしているかは分からないまま現在に至っている。
「友達って言えるのソイツしかいなかったから、他の人にも聞けなくて」
カップの取っ手をなぞりながら言う上田に、千紘が質問をする。
「探そうと思った切っ掛けって何かあったの?」
「ああ、それはこれです。家の整理してたら出てきて懐かしくなったんですよ」
隣の席に置いてある鞄から取り出したのは束になっている手紙だった。菜緒はその手紙の束を眺め首を傾げる。
「上田さんのお友達って女の子……ですか?」
「うん、そうだよ。男勝りな女の子だったな」
転校初日から、上田くん遊ぼう!と誘ってくれる小麦肌のボーイッシュな女の子。しかも遊び内容はサッカーやバスケなど活発だった。その子のお陰でクラスともすんなり馴染めたと言っても過言ではなかったようだ。
「その子の女の子らしい1面が、その手紙のやり取りだったんだ」
手紙の内容は昨日のご飯やテレビなどの日常のことが殆んどだった。それでも転校ばかり繰り返していた上田にとって、些細な日常の手紙は宝物となった。それに、そんなことをしてくれる女の子に対して、友情以上の気持ちを抱いてしまうのは仕方なかっただろう。
「……俺の初恋。はは、なんか恥ずかしいな」
小学生の頃の初恋を思い出し気恥ずかしそうに笑う上田に釣られ、菜緒も自分の初恋は……と思い返す。好きだった猫のキャラクターを頭に思い描いた所で千紘と目が合う。考えていることがお見通しだったようで、口元を隠し肩を震わせ笑っている。
「先輩どうしました?」
「いや、菜緒ちゃんの初恋話を思い出して」
「女子高生の初恋話……」
「上田くん。菜緒ちゃんに対して変態発言は止めてね」
「純粋な興味です!」
純粋な興味というのもどうかとは思うけれど、隠すようなことでもないかと思い、菜緒は千紘に伝えた初恋について話していく。
「なるほどね。可愛らしい初恋だ。今は彼氏はいるの?」
「いませんよ」
高校に入ってから仲良くなれた人もいたけれど発展はしなかった。今は千紘や美樹と仕事をしている方が好きだし、沙世や勇気と遊んでいる方が楽しい。だからいなくても良いかなと思っていると上田に伝える。
「そっか。まあ大学に良い出会いがあるかも知れないよ。先輩も大学で超絶美人の彼女いましたもんね」
上田の発言にギョッとしている千紘の表情を見るに信憑性がありそうだ。大学時代の千紘の話なんて聞いたことがなかった……とワクワクとした顔で上田を見る。注目されると話したがりになるのか、スマホを差し出してきた。
「この人だよ」
「この人この間テレビで観ましたよ!?」
ついこの間動物病院の待合室で見た人気モデル。それが千紘の彼女だった?と驚きのあまり声を出せないまま、上田と上田のスマホを交互に見る。そんな菜緒の表情を見て笑いながら頷く上田が更に画像を見せてくれようする。興味津々に更に近付こうとした時、千紘が不機嫌そうな声を出した。
「上田くん。もう良いでしょ。菜緒ちゃん1度外掃除お願い」
「……はい」
もう少し見たかったし話も聞きたかったけれど、確かにそろそろ外掃除の時間だ。返事をして上田から離れると、契約に関して話し始めた。
外掃除をしながら何で不機嫌だったのか考えた結果、目の前で勝手に元カノの話をされるのは嫌だろうなと思い立つ。
それなのに興味深くて話をしてしまった。後で謝らなきゃと思いながら外掃除を続けていった。
***
***
調査は思いの外すんなりと進み、直ぐに目当ての彼女の現状を知ることが出来た。何故そんなに直ぐに発見出来たかと言うと、彼女も上田が働く水族館の近くで働いていたからだった。
「何か運命的ですね」
2人とも出身地は違うのに、探していた初恋の女性も近くで働いている。偶然出会った時には運命を感じてしまいそうだ。
千紘扮する樹にそう笑いかけると、そうか?と返答が返ってきた。千紘なら笑って頷きそうなのに、樹の返答は違うんだなと思わず笑ってしまう。それでも自分の考えた作戦に協力するところを見ると、樹も優しい人間だと言うのが千紘を通してよく分かる。
「あ、来ました!」
初恋の女性が会社から出てきたのを確認した所で樹が上田に連絡を取る。了解しました!と電話口から叫ぶ声は緊張感たっぷりだ。
「おい、作り上げた運命は運命的なのか?」
「細かいことは良いんです」
「なんだそれは」
呆れた声を出しながらも笑っている樹と女性の様子を眺めていく。そのまま進むと水族館前だ。水族館では仕事着のまま上田が佇んでいる。手には大量の水族館割引券。割引券を配りながら女性に近づき、上ずった声で話しかけている。
そこまで見届けた所で2人から視線を外す。あそこで当時のことを謝る謝らないは上田が考えることだ。
「任務完了だな」
「はい!」
こんな短期間に水族館まで足を伸ばすとは思わなかった……と水族館の入り口を眺めていると、行きたいのか?と問われた。
「そうですね。前行った時楽しかったから行きたい気持ちは結構あります」
「そうか。まあ、お願いすればまた千紘が連れてってくれるさ」
どうやら樹の姿では連れてっていってはくれないようだ。でも、この樹の言葉は信用出来るとにっこりと微笑んだ。
***
***
1週間後、上田が喫茶店を訪ねてきた。どうやら再会は上手くいったらしく、今度食事に行くんですと嬉しそうに語っている。
「そうだ、先輩」
「なに?」
「ヒカリ先輩に久々に連絡取って先輩のこと伝えたら、今度行ってみようかなって言ってました」
満面の笑みでそう告げた上田の言葉に、そうなんだと返答している。
菜緒はそんな千紘に困惑した表情を向ける。あの後、元カノについて話してるの嫌でしたよね?と聞くと困った顔で、うーん……とだけ呟かれた。
気にしないでと言われたけれど、やっぱり気になってしまう。
ただ、あれだけ興味があった元カノだったけれど、いざそのうちここに来るのだと思うと、何だか胃の中に鉛が入ったような感覚に陥っていった。




