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水族館

 事件が終わった後は平和そのもの。のんびりとした日々を過ごしている。今日はミナミのお腹の調子が悪くて、休みをもらい動物病院まで来ていた。待合室にあるテレビではワイドショーが流れている。その中で最近人気急上昇中の女性モデルが出て護身術講座を受けていた。この間の出来事もあり、少しは学んでいた方が良いのかなと真剣に見ていると名前を呼ばれ、返事をしながら立ち上がった。


「こんにちはー。今日はどうしたのかな?」

「お腹の調子が悪いみたいで」

「んー。ちょっと見てみようか」


 体温を測りお腹の触診などをしてとやっても特に異常は見当たらないようだ。


「特に熱は無いねぇ。変な物を食べたか、何か環境の変化が起きたか……」

「あ、最近引っ越しました」

「もしかしたら疲れちゃったのかもね。お薬出しておこうか」


 ミナミの頭を撫でながら優しく伝えてくれる春野先生に、宜しくお願いしますとお辞儀をする。


「若槻さんも引っ越したんだね。以前住んでた所が手狭になってきたから僕も引っ越したんだよ」

「そうなんですね。この近くなんですか?」

「ううん。ここから大通りを進んで、小学校を通り過ぎた辺りだよ」


 春野先生の言葉に目を瞬かせる。引っ越した時期も一緒なら、引っ越した場所ももしかしたら近いかも知れない。そう思いある程度の場所を尋ねると、やっぱりご近所さんだった。


「わ、ご近所さんですね」


 近くに知り合いがいると嬉しい。丁度休憩に行く所なのか、更木先生が私服で立っているのを見つけ春野先生が声をかけた。


「更木先生は今度引っ越したいって言ってたね」

「そうですね。駅が近くて便利かなって思ったんですけど電車の音が煩くて」

「僕の家の近くに引っ越しちゃいなよー」

「それ良いな。何かあったら先生を頼りますよ」

「お土産持参してくれるなら良いよ」

「奥さんには持っていきます」

「うーん。それでも良いか。もし更木先生も引っ越したら僕ら3人ご近所さんだねぇ」


 もし本当にそうなって、偶然会ったりしたらなんだか楽しそうだ。それにしても2人は仲が良いなと考えながら、ミナミをキャリーケースに入れる。


「若槻さん。今度から引っ越した住所にDM送るから、受付で住所変更よろしくね~。後、はいこれどうぞ」


 いつも通り試供品をくれた春野先生は、更木先生はどんな部屋が良いかねぇとまだ話を続けているが、更木先生は休憩中じゃなかったのか。


「更木先生休憩中じゃ……」

「お、そうだった。僕うどんね」

「はいはい。買ってきますよ。若槻さん春野先生止めてくれてありがとうございます」


 いつもこうして春野先生に付き合っているのだろうか。苦笑いをしながらお礼を言う更木先生に笑みを返し、キャリーケースを持って待合室に戻った。



 ***



 ***



 翌日、ミナミの調子も良くなってきた。安心しながら喫茶店に行き働いて、休憩に入る菜緒のために千紘が紅茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。あ、ねぇ菜緒ちゃん」


 菜緒の様子を窺うような声に首を傾げ見つめる。


「えーっと、この間のお詫びといってはなんだけど、姉さんが遊びに行かないかって」

「行きたいです!」


 事件以降買い物や病院以外で出かけていなかった。目を輝かせて千紘を見ると、優しげに目を細めている。


「沙世ちゃんと勇気くんも誘って良いよ」

「えっ、やった!」


 しかも友人2人も呼べるなんて、絶対に楽しい日になるのは間違いない。手渡されたカップを置いて両手を使って喜びを表現すると、更に笑われてしまった。3人で行き場所を決めて良いよと言われ直ぐに2人に連絡を取る。結果、近場にある水族館に行くこととなった。どうやら美樹も水族館は好きらしく、ここに行きたいというと即了承してくれた。


 そして当日。喫茶店の定休日に合わせて来たから、平日だったこともあり比較的空いている。のびのびと見れるとなると、入る前から高校生達のテンションは上がっていく。

 パンフレットを見ながらショーの時間を調べ、それを見るにはどう回れば良いかと、3人で真剣に考える時間も楽しい。

 保護者的な立場の千紘と美樹は高校生達の後をついてきてくれるようで、楽しそうにする3人の姿を微笑ましく見つめていた。


「あれが本来の姿なのよねぇ」

「うん。3人とも楽しそうで良かった」


 1番の被害者は菜緒だったけれど、2人も怖い思いをしたことに変わりはない。大きな水槽を眺めてはしゃぐ姿を見て、このまま楽しい時間が少しでも続けば良いと……大人達はそう思った。

 順路通りに進むと最後に来るのはお土産コーナーだ。子供が欲しがるようなおもちゃやぬいぐるみ。会社のお土産に渡せるお菓子。記念に買える限定グッズなどの沢山の商品が並んでいる。各々好きな所を見ていると、菜緒の元に千紘がやってきた。


「菜緒ちゃん。何か買うの?」

「うーん。水族館に来た記念に何か欲しいですね」


 皆と一緒に出かけた記念が欲しい。そう漠然と願っていたけれど、何が欲しいか分からない。

 真剣に悩んでいる隣で千紘は、菜緒が持っているブラックのストラップに目を向けている。


「僕にプレゼントさせてくれないかな」

「え?」

「それGPS付いてるし」


 気持ち悪いでしょう?と問いかけてくる千紘に思い切り頭を振る。


「そんなことないですよ。樹さんと千紘さん2人に守られてる気がしますし……あ、もし返して欲しいとかだったら直ぐに外します」

「ううん。樹のは君がそのまま持ってて」


 それなら良かったと千紘とお土産を眺めていると、定番のボールペンが目に入った。ショーで可愛らしい姿を見せてくれたイルカやペンギンがボールペンの先に付いている。第一候補はこれだなと思って目線を上げると、隣の列にフォトフレームがあるのが見えた。


「あれ……」

「ん?」


 首を傾げる千紘をフォトフレームの棚に連れていき、フォトフレームを示すと納得したように頷いている。


「どれが良い?」

「え、自分で買いますよ」

「僕が菜緒ちゃんに渡したいんだ。ねぇ、ダメ?」

「そんな聞き方ズルいです」


 千紘に微笑まれながら言われると断れない……と、拗ねたように唇を尖らす。クスクスと笑いながらごめんねと謝った千紘は、フォトフレームをじっと眺めている。


「あ、この水族館限定のフォトフレームあるよ」

「わあ、本当だ!」


 水族館に来たのだからと思うと、水族館限定という言葉には弱い。しかも水族館に住んでいる子達のイラストや飾りが散りばめられ、一目惚れをしてしまう。これが良い……と満面の笑みで千紘に笑いかけると、千紘は目を瞬かせ一瞬だけ困った表情を見せた。


「ん、これにしようか。何飾るの?」


 困った顔に見えたけれど今の千紘を見るに何か違ったようだ。何を飾るかと聞かれると、1つしかなかった。


「皆との写真を喫茶店に飾りたいなぁって……ダメですか?」

「うわ、本当にズルいねそれ」


 口元を押さえた千紘は眉を寄せて拗ねた表情を見せる。仕返し成功と言わんばかりに笑うと千紘も次第に笑みを深めていく。


「じゃあ買ってくるよ」

「はい。ありがとうございます」


 他の皆も買い物を終了したようで、先に行っててと言われ頷く。外で待っていると千紘が買い物を終えたのか水族館の袋を持って出てきた。


「お待たせ。どこか寄るところはある?」

「私は無いかな」


 美樹の言葉に高校生達も頷く。遊ぶ時間はあっという間に過ぎていく。それを少し寂しいと思うけれど、また来ようかと千紘に言われ頷く。

 こんな楽しい日は忘れられそうにない。そう思いながら水族館を出ようとした時、千紘の名を呼ばれ立ち止まる。


「瀬浪千紘さん、ですよね?」

「……上田くん?」

「そうです!先輩お久しぶりです!」


 明るい笑顔だ。上田と呼ばれた青年はどうやらここで働いているらしく、千紘とは大学時代の先輩後輩関係らしい。錯覚とは分かっているけれど、上田の頭に犬の耳が見えるほど千紘を慕っているように見える。


「先輩は探偵もしてるんですよね?」

「うん。双子の樹って奴がだけどね」

「ああ、そうなんですね。あの、今度相談良いですか」

「うん。いつでも来て良いからね」


 ありがとうございます!と頭を下げる上田の表情から見ても、近いうちにお店に来るような気がした。

 喫茶店前で皆と別れ、帰ってからミナミのご飯を用意して、一通りの就寝の準備を整える。久々に出かけたせいか、お腹は空いているけどそれよりも眠い。

 ベッドに寝転がり息を吐き、別れ際に千紘から手渡された小さな袋を見る。封を開けると中から菜緒の見ていたボールペンが入っていた。


「……イルカのボールペンだ」


 どうして欲しいと思っていたのがバレたのだろう。やっぱり千紘は観察眼がある。明日会ったらお礼を言おう。そう考えてうとうとしていると、隣人だろうかかなり大きな物音を立てている。

 近場で早めに引っ越したいと思ってここに決めたけれど、もう少し吟味した方が良かっただろうか。そう思いながらも眠気に勝てず、物音を聞きながら眠りに落ちていった。










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