ギュスターヴ
穴倉の階段を一人の男が上がってくる。夜である。露天の壕は地下水道のように暗く、厚い雲に覆われた空に、月は見えない。
男が射撃台に腰を下ろすと、夜空に遠い恒星が上がった。緩衝地帯に敵影がないか確かめる為、監視哨が打ち上げる照明弾だ。
雲の下の輝きを受けながら、男は一通の便箋に目を落とした。親しい友の、母からの手紙だ。
男の名はマテューといった。今まで友人の母から手紙を送られたことはなかったが、軍隊、それも前線で受け取るとることになるとは思ってもみなかった。
火薬の弾ける響きに続いて照明弾が炸裂し、手紙の文面が明るく浮かび上がった。落下傘を開いた照明弾は、少なくともマッチよりは長く照らしてくれる。
マテューは、自分へと書かれた言葉の一つ一つをゆっくりと拾って行った。
何処か線が細く、熱帯植物のように寒さに弱く且つ渇きに堪えられない。友人の母は、自分の息子についてそのように表していた。マテューは手厳しい母だと思ったが、実にその通りだとも感じた。
友人はまた、自分と比べてサボテンのように逞しい戦友──コートドールの大男──についても、よく手紙に認めていたらしい。それによれば、“あのような類の野生人を、僕は見た事がありません”とのことである。
新石器時代から人の住む町で育った自分の何処に野生があるのか。マテューは眉をひそめつつ読み進める。
そこには友人の母からマテューへの感謝、そして懇願が続いていた。母は息子を心配したが、彼は稀にみて丈夫な戦友がいるので大丈夫だと返した。そうすればまず生き残れ、帰ることが出来ますと。もし居たとすれば、あのような男が兄というのではないかと。そして母は、そんな頼りない一人の青年、息子をよろしく頼みますと、銃後の生活がそう豊かとは思えない中、小瓶とはいえジャムを送ってくれたのだ。
──兄。
そうか、俺とやつとは、思ったより尊い間柄だったらしい。
俺はてっきり自分を、やつに日陰を与える大木のように思っていた。
しかしその実、やつは小さな、本当に僅かな泉だったんだろう。
知らず知らずの内、俺はその泉から潤いを貰っていた。
だから俺は、背に厳しい日射しを受けても、真に渇くことがなかったんだ。
ああ、寂しいぞジュール。俺は遂にお前を名で呼ぶことがなかった。
お前の名は似合わなかった。それに、すぐお迎えが来そうだった。
だから、ジュールと呼んだのさ。
マテューの背を、照明弾の輝きが明るく照らし出す。
──ジュール。
お前は緑の海で溺れちまった。
ほんの少し、マスクを着けるのが遅れたんだ。
ジュール。こいつは真剣な話だ。
俺は、お前を見つける。
必ずお前を見つけ出してやるぞ。
そして、今度こそギュスターヴと呼んでやるぞ。
ギュスターヴ─おわり




