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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
番外編
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【マティアスと白い花 5】

 庭師のもとを訪れ、マティアスは鉢植えの根が未だに伸びないことを相談した。

 首を傾げた庭師は、マティアスがどういった世話をしているのか、鉢植えがどんな状況かを詳しく聞いた上で更に首を傾げ何とも言えない表情で笑った。


「神官様。たぶん、それは甘やかし過ぎじゃないかと思うんだがなあ?」

「甘やかし過ぎ?」


 首を傾げるマティアスを見て庭師は笑う。


「そうそう。花にしろ野菜にしろ、人間の世話を受けて何も変わらないってことはまずないんですよ。真っ先に雑草の中で生き抜く力が弱る。何故か判りますかい?」

「ええと。何故かな?」


 世話をして生き抜く力が弱るなら、それは拙いのではないだろうか。

 そんな疑問が浮かんでいたのだろう。庭師はマティアスに笑いながら説明してくれた。


「人が手を掛ければ、花も野菜も世話を受けるのが当たり前になっちまうんですよ。肥料をやれば大きくはなるが、代わりに変化に弱くなる。暑さ、寒さ、病気にも弱り易くなる」

「弱くなる……」

「そこに更に手を掛けてやる。寒さを凌ぐよう藁を巻いたり覆いを被せて防寒したり。暑さを凌ぐよう陽を遮ったり水を掛けたり。虫を取っ払って病気の株を除ける。そうしている内にね。徐々に変わっていくんですよ。不思議なもんですがね。自分では何もしないようになる。何も、って言っちゃあ変か。余計な事はしなくなる?花は綺麗に咲くことだけに頑張って、野菜は大きく育つことだけに頑張るようになる。そうやって手を加えた花とかの根は、何にもしない野生のものに比べてかなり弱いんですよ。試しに野原にこの庭の花を植えてほっといたら、まあ、二年持てばいい方でしょうなあ」

「二年……?」


 あまりに短い期間にマティアスは驚く。

 見渡す庭の花々は多年草だと聞いている。よく世話をすれば十年でも二十年でも――それこそ百年でも長く花を咲かせるものがあると。それなのに、二年。

 一年草の草花でもないのに、野原に返すだけで二年しか生きられないのかと。

 驚いたマティアスに呆れることなく、庭師は続ける。


「周りの野生の草に負けて無くなっちまうんです。ああ、いや、今は鉢植えの根っこの話でしたな。ええと。その鉢植えには神官様が魔力を与えてるんでしたか」

「うん」


 最初はとても小さな根で、そうしなければすぐにでも干からびてしまいそうだった。

 そう話すと庭師は納得したように頷いた。


「たぶん、それを栄養代わりに育っているせいで土から栄養をとる必要を感じてないんでしょう」

「感じる?」


 植物は動かない、語らない。意思の疎通など出来ずただそこにあるだけのもの、誰もがそう思っている事だろう。

 マティアスは現在育てている芽の、元々の樹が女性の姿を模していたことを知っている。言葉を伝えたのも知っている。けれどそれは特殊な例で、他の植物にも当て嵌まるとは考えていなかったし、況してこんな小さな芽が何かを感じているとか想像する事も出来なかった。

 そもそも、植物に何かを感じる器官というものは存在するのだろうか。

 そんなマティアスの疑問を知ってか知らずか、庭師は続ける。


「つまり、怠けているんですよ。自分で根を張らなくても十分に栄養をもらえてしまうんで」

「そういうものなのか?」

「栄養が少なけりゃ根っこだって必死に伸びていきますよ。そういうもんです。腹が減ったら誰だって食べ物を欲しがって何とか手に入れようとするでしょう?それと同じです」

「植物なのにそんなことを考えるものなのか?」


 空腹を訴える者が食べ物に手を伸ばすように。まるで人のようだ、とマティアスは驚く。そして当たり前のようにそれを話す庭師に感心する。

 庭師は何でもないことのように笑う。


「いやあ、実際人のように考えてるかどうかは知りませんがね?育ち方とか見てるとなんとなくそういうもんだってわかっちまうんですよ」

「すごいね」

「これしか取り柄がありませんからねえ。毎日毎日繰り返して世話してれば誰でもわかる事ですよ」


 素直に称賛するマティアスに庭師は照れたように笑い、頭を掻いた。

 誰でも、とは言うが、毎日繰り返したところでその気がない者にはわからないだろう。それを当り前だと言えるこの庭師は世話をする植物達が本当に好きなのだろうし、自分の仕事に誇りを持っていると判る。

 教えを請うたのがこの庭師で良かったとマティアスは思う。


「ありがとう。植物も生き物だってよくわかったよ」

「いえいえ。お役に立てたのなら良かった」


 何かあればまた相談に来ることを告げると庭師は快く承諾し、そろそろ外の風にも慣れさせた方がいいと助言をくれた。

 確かに風はいくらか暖かくなり、そこかしこに真新しい若葉が鮮やかな緑を添えている。見渡せば白に薄桃、黄色といった花々がちらほらと咲いているのが判る。

 なるほど、もう春なのだなと改めて実感したマティアスだった。

 街に立ち寄り山猫亭で焼き菓子を買い、神官長のお気に入りの菓子以外にも数種類見繕ってマティアスは神殿への帰路に就く。

 そういえば、あの樹の根に守られていた卵から生まれた子供は甘いものは好きだったろうか。

 淡く虹色に輝く白い髪の幼児を思い浮かべ、先程買った焼き菓子を手土産に様子を見て来ようと考える。

 あの子に樹の芽が育ったと伝えたら喜んでくれるだろうか?


「もし喜んでくれるなら……君も報われるのでしょうかねぇ?」


 帰り着いた場所――神殿の祈りの間で陽を浴びる若葉にマティアスは語りかける。

 返事などある筈も無いと判っていても。


「甘やかしていると言われましたよ。そんなつもりはなかったんですが……まあ、でも専門の方が言うのならそうなんでしょう」


 鉢植えを手に取り、魔力を循環させる回路に疵を入れ停止させる。

 少しばかり不安はあったが、植物に関しては専門家の言葉に従う事にする。


「ここまで再生出来たんです。きっと、大丈夫。これからは自分の力で生きて行かなくてはね。いつでも……いつまでも私が手を掛けてあげられるものではありませんしね」


 そっと、小さな葉を指先で撫でる。

 傷付かないように、そっと。


「外はもう春ですよ。少し、空気も暖かくなってきて、花もいくつか咲いていました。君もいつか――花を咲かせる日が来るのでしょうね」


 マティアスの最初の思い。

 せめて一度くらいは――そう思ったから、あのまま消えてしまうにはあまりにも忍びないと再生を考えた。

 あの、悲痛な叫びを上げた女性がこの芽に宿っているなんて、そんな都合のいい事は思っていないけれど。

 あの女性の代わりにでもいい。この世界に根付いて、いつか咲かせることの無かった花を咲かせて欲しい。

 ただの自己満足だと判っていても。


「仕方ありませんよね。私が、そう、望んだんです」


 他の誰でも無く。

 自分が望んで、願った。


「だから、枯れるなんてことはさせません」


 誰かが耳にしたら傲慢と言われるだろう。


「頑張らなくてもいいです。何年かかっても構いません。いつか、花を咲かせた姿を見せてくださいね?」


 笑みを浮かべるマティアスの指の下で。

 小さく、その葉が震えたけれど、あまりに小さ過ぎてマティアスは気付かない。

 そうしてマティアスの過保護とも呼べる魔力の恩恵を断たれ、小さな樹の芽は必死に生きようと本能を目覚めさせ細い根を伸ばす。やがてそれはしっかりと根付き、小さな鉢の中では狭くなり。

 エディアルドとシエルの言葉で城の庭へ――元の場所へと移し替えられた。



 マティアスの言葉に促されたようにすくすくと育った樹が初めての花を咲かせたのはその一年後。

 二の腕ほどの背丈の若木に、白く可憐な花びらが誇らしげに風に揺れていた。


これにてマティアスの話は終了。

お花ちゃんはその内出てきますが。

次回はシエル達の日常すったもんだ。

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