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エミルウ ~屋根裏部屋の刺繍姫~  作者: 姫松チミノ
第3章 エミルウの世界(ラスト・ワルツ)
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番外編05 未配達郵便物処理室~Postcards From A Young Man~ (前編)

最終話の前に、最後の『番外編(スピンオフ)』におつきあいください。

前・中・後編です。

まずは、前編。

 帝都の中央郵便局の地下階には、『漂流物』が打ち上げられる部屋がある。

 ジェスロ=ヤンシュはそこで20年働いている。


 赤い煉瓦の壁に沿って立ち並ぶ棚には、無数の『漂流物』が収められて並んでいた。


 宛先不明。

 転居先不明。

 受け取り拒絶。

 死亡。


 配達もできない。

 返送もできない。

 長い旅路の果てに行き場を失って。

 『還付不能郵便物』と名付けられたものども。


 ここは『未配達郵便物処理室(デッドレターオフィス)』と呼ばれる部署だった。


 ジェスロはその日も、不能郵便物の束をほどいていた。

 封筒を一通ずつ、あらためる。

 記録簿に書き込む。

 必要と判断すれば――開封する。


 ジェスロは毎日、どこかの誰かの『人生の残骸』と向かい合う。


 開封した中身は。

 恋文。

 遺書。

 商談。

 借金の督促状。

 仕送り。

 不義理の弁解。

 離婚の相談。

 告発状。

 和解の手紙。

 絶交の手紙。


 人の想いの『なれの果て』が隠れていた。


 差出人を特定できたなら返送する。

 特定できなければ保管する。

 保管された郵便物は、一定期間を経過するとどうなるか。

 中身は国庫へ。

 一部は競売へ。

 紙片は焼却炉へ。

 吸い込まれて、この世から消えていく。


 差出人の情報を得るために、公務として、他人の手紙を読む。

 感傷の入る余地はない。

 ジェスロは、職員たちは、肝に銘じている。

 見てもいいが、触ってはいけない。

 そこにある人生に、触ってはいけない。

 そこにある『物語』を、読んではいけない。


 クリーム色の封筒。


「またか」


 見覚えのある筆跡。

 もう覚えてしまった宛名。

 『ユラン=ケーシム』

 女性の名前。

 帝都の南地区、下町の古い住所。

 だがそのアパートは、ずいぶん前に取り壊されている。

 住人たちの行方は、誰にもわからない。


 封筒の消印。

 貴族街(チズウィッカ)にある郵便局。

 月に一度。

 毎月同じ、上品な筆跡。

 差出人は――これも同じ。

 書かれていない。


 まるで何かの()し物のように、毎月1回、この『デッドレター・オフィス』に流れ着いてくる。

 これで20ヶ月連続。

 今月で20通目だった。


 ジェスロはナイフで封を切る。

 中身は、いつもの通りだった。

 1枚の無記名郵便為替。

 額面は金1枚分。

 手紙はない。

 差出人の署名もない。

 ただ、金1枚分。

 20ヶ月、欠かさず続いている。


 初めての時は、

「匿名の送金か」

 と思っただけだった。


 2通目の時も気にしなかった。


 5通目くらいで、

「また『ユラン=ケーシム』宛てか」

 と思った。


 10通目。

 封筒を見ただけでわかる。


 15通目。

 棚のどこにしまってあるか、覚えている。


 今日で20通目だ。

 これはもう、友人からの便りのようなものではないか。


 ジェスロは考える。

 金1枚。

 無記名で振り出せる郵便為替の上限金額だ。

 つつましく暮らすなら、人間一人、1ヶ月は食っていける額。

 これは一体、何の支払いだろう?

 借金の返済。

 それにしては少なすぎないか。

 では、養育費か。

 それとも口止め料?

 もしかして――慈善の施し?

 毎月、このクリーム色の封筒と対面するたびに、考えていた。


 ジェスロは、壁際の棚から、保管中の封筒を取り出す。

 『ユラン=ケーシム』宛ての、19通の封筒。

 今日届いた封筒、そして中身の郵便為替と重ねる。

 20通を指で揃えて、紙の帯で括る。

 記録簿をつける。

 『郵便為替 金1枚分』

 ジェスロの仕事は、そこで終わりだった。


 ここからは、仕事ではない。

 退勤後も、帰路でも、夕食の時も。

 ジェスロはずっと、クリーム色の封筒のことを考えていた。


 もしも、手紙が同封されていたなら。

 金1枚分の郵便為替の事情もわかるだろう。

 差出人と『ユラン=ケーシム』の間に何があるのか、何があったのか、も。

 しかし、郵便為替以外に何もない。

 『何も書かれていない』から、何もわからない。

 だから気になる。


 毎月、一度、貴族街の郵便局にやってくる『誰か』。

 金貨1枚を差し出し、郵便為替に換えて、『ユラン=ケーシム』宛ての封筒を窓口に差し出す。

 それは、義務なのか。

 それとも、贖罪なのか。


 『誰か』は、『ユラン=ケーシム』の不在を知らずに、今も投函を続けている。

 彼女はどこへ消えたのか。

 差出人はどんな人間なのだ。

 二人の間には、いったい何があったのだろう。


 ◇


 『移民街(バッドランド)』の安アパート。

 狭い部屋。

 窓の外には洗濯物が風に揺れている。


 エミルウとシシトラは、壁を見ていた。

 剥がれ落ちた壁紙。

 湿気で黒くなった漆喰。

 そこに、数枚の絵葉書がピンで留められている。


 どれも、どこか遠い場所の、知らない風景。


 シシトラは、部屋の主に向き直って、質問した。


「『この絵葉書で』、もろもろ滞っている支払いをしたい。ということですか? ユラン=ケーシムさん」


「はい」


 部屋主の女性は、震える瞳で、シシトラに答えた。

次回投稿は2026年6月16日(火)になります。

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