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エミルウ ~屋根裏部屋の刺繍姫~  作者: 姫松チミノ
第3章 エミルウの世界(ラスト・ワルツ)
49/56

第44話 『きわめつけ』を見てみたい

読んでくださっている皆様。

心から、ありがとうございます。

最終回まで残り5話です。

(途中で、いきなり『番外編』の書下ろしとかしたら、ごめんなさい)

 『ランナー』たちは、自分の冷たい手の中を確認する。

 雇い主の屋号が示された真鍮製のバッジ。

 メモを書き込むための汚れた紙片。


 飢えた眼をした少年がつぶやく。


(準備はできている。……さあ……来い……!)


 11月第1週の月曜日。

 霧混じりの空気が、彼らの白い息と溶け合う。


 泥で汚れた革靴。

 つぎはぎだらけのジャケット。

 首には色褪せたスカーフ。


 貧しい少年や、足の速さだけが自慢の労働者たち。

 数十人の『ランナー』たちが、重厚な石造りの門の周囲にたむろしていた。


 帝都の一角。

 ここは、紅茶と香辛料取引で世界をリードする中心地である。


 今年最初の紅茶取引『ファースト・オークション』が行なわれている競売場から、どよめくような声がする。


 そして。


 ガーン!

 ひときわ大きな、ハンマーの音。

 地鳴りのような歓声と怒号。

 それが合図だった。


 会場の扉を蹴破る勢いで、紅茶仲買人の助手の1人が飛び出してくる。

 外階梯を駆け下りながら、顔なじみの『ランナー』のグループに向かって叫んだ。


「ロットナンバー34! ママデューク商会! 落札価格は……銀4の銅6――!!」


(来た!)


 その瞬間!

 『ランナー』たちは弾丸のように四方へ飛び散っていった。


 石畳を激しく叩く彼らの靴の音。

 泥水が跳ねる。


 少年たちの叫び声――


「どけ! 道を開けろ!」


 少年たちの疾走に、通行人の紳士も、貴婦人も、神父も、馬車も、思わず道を開ける。

 罵声が飛んでくるが、振り向きもしない。


(知ったことか!)


 走れ。

 走れ。

 一番乗りの『ランナー』にはチップが出る。

 どれだけ早くこのメモを届けられるかで、今日買えるパンの値段が変わるのだ!


 ある者は新聞社へ……

 落札者の名前と価格を、夕刊の最終版に滑り込ませるために。


 ある者はチズウィッカの貴族街へ……

 主人に勝利の報告を届けるために。


 そしてある者は証券取引所へ……

 紅茶相場の変動をいち早く伝え、巨額の利益を確定させるために。


 心臓が破れんばかりの勢いで、『情報の猟犬(ランナー)』たちは、迷路のような帝都の道を駆け抜ける。


(誰も……俺たちを止められない!)


 そこへ。

 不穏な『黒い塊』が、正面からこちらへ向かってまっすぐ駆けてくる。


 巨大な――『(ドラゴン)』の紋章を施した黒い馬車!

 すれ違う隙間は――無い。


「うおおおおお! なに考えてやがる!!!」


 『ランナー』の少年は泥水の中に身を投げる。

 今日初めて、他人に道を譲ってしまった。


(誰にも負けられないのに……!)


 『情報の猟犬』たちを金縛りにし、すべての『流れ』を逆行させて。

 『龍』の馬車は土煙を上げながら、競売場の門に飛び込んだ。


 ◇


 オークション会場では、数百人の紅茶仲買人たちが、ダミ声や(しゃが)れ声で怒鳴り合っていた。

 そこへ。


 ――いつのまにか入口に立つ黒い影。


 声が途切れて、会場の時間が止まる。

 進行役の老人がハンマーを振りかざしながら叫ぶ。


「ウメガイ=リュウノス! あなたはこのオークションの出品者リストには載っていない! いったい何の用か」


 たしかにウメガイだった。


 黒い髪、黒い髭。

 そして。

 蒸気機関車の泥と(すす)で真っ黒に汚れた顔と服。

 黒いライオンは、不眠不休に血走った目を光らせ、無頼漢のような笑みを浮かべている。


 無言で大股に進行役の席へ歩み寄る。

 抱えていた煤だらけの布袋を、台の上にドサッ! と置いた。


(間に合った――まだ終わっていない)


 ウメガイの身体から漂う汗と鉄くさい汚れの臭いに、進行役は顔をしかめる。

 会場に漂う繊細な紅茶の香りが――無法の臭いに、侵略された。


 片眼鏡(モノクル)をクイ、と直し、気色ばんだ大声で怒鳴った。


「リュウノス商会の茶葉は、オークション・カタログの入稿締め切りに間に合わなかった。今日のオークションに乗せるわけにはいかない。それがルール、それがすべてだ!」


「ああ。承知の上だ」


 数百人の仲買人たちは、貴族社会に紛れ込んだ山賊を見る目つきで、壇上の成り行きを見守った。

 ウメガイが、布袋を頭の上に持ち上げて、()えた。


「これは――東方大陸の北東、標高3000メートルの栽培限界にある、天上の特級茶園で採れた、今年の一番茶だ。銘柄を『鳳凰(ホウオウ)』という」


 会場に、落雷の衝撃が走った。


「ホウオウ? ……なんとまさかあの! 『フェニックス』か!」


「東方の王室が輸出を禁じている、っていう?」


「そんなものがどうして、帝国にあるんだ!?」


 ウメガイは、太い声で宣言する。


「ルールはルールだ。従おう。『鳳凰』をこのオークションに横入りさせるような真似はしない。ただ、もしも『これ』に興味がある方がいれば――」


 ウメガイは、ちら、とマホガニーの入り口の扉を見やる。


「会場裏に『試飲室』があったな。そこで、『鳳凰』のテイスティングをしよう。こいつの真価がわかる方に、その場で値付けをしてもらいたい」


 そう宣言して、ウメガイは踵を返した。


(選ぶのは、あなたたちだ)


 扉の前で立っていたボズも、ウメガイと同じように、蒸気機関車の強行軍で、真っ黒に汚れていた。

 不安そうな瞳で、ドアノブを握るボズ。


「ご主人様。こっちに来てくれる仲買人がいますかね……メインオークションを投げ出してまで?」


「心配ないさ」


 ウメガイがニヤリと笑い、後ろを振り返ると――数十人の仲買人たちが席を立ち、爛々(らんらん)と光る眼でウメガイたちを追いかけてくる。


「『きわめつけ』を見てみたい――この『商人の本能』の前では、ルールなんて無力なものだ」


「ウメガイ=リュウノス!! よくも、よくもこのオークションを壊しやがったな!!!」


 ガン! ガン! ガン!

 進行役がハンマーを連打して絶叫する。

 ウメガイ、そしてボズが、胸を張る。

 ニンガリと笑って、言った。


「すまんな。帝国の諸君。――今度一杯奢るから、勘弁してくれ」


 ◇


 仲買人の助手たちが、競売場の外に飛び出し、待機している『ランナー』たちに向かって叫んだ。


「リュウノスが、リュウノス商会が復活した! 伝説の紅茶葉『鳳凰』を引っさげて――オークション会場をジャックしやがった!」


 このビッグニュースは、帝都を震撼させる。

 一刻も早く、雇い主に届けなければ。


 『ランナー』たちがあわてて手の中の紙片にメモをする。

 会場に駆け戻ろうとする助手の背中に、『ランナー』の少年が尋ねる。


「おい! 『ホウオウ』って、なんなんだよ!?」


 助手は振り返り、叫んだ。


「帝国でいう『フェニックス』だ――不死鳥だってよ! 死に体だったリュウノスが――灰の中から蘇りやがった!!」


 『不死鳥の復活』の知らせを握り締めて。

 『ランナー』たちは、リザイアが、そしてガスマン公爵陣営が待つ証券取引所へ向けて、突っ走っていった。

読んでくださってありがとうございます。

最終回まで残り4話です。

次回投稿は2026年6月14日(日)です。

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― 新着の感想 ―
間に合ったウメガイ!! メインオークションには間に合わなかったけども、まさに鳳凰のように復活!! 聖闘士星矢のフェニックス一輝を思い出します!鳳翼天翔!! ランナーの少年がちょっと可愛いですね♪ww
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