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エミルウ ~屋根裏部屋の刺繍姫~  作者: 姫松チミノ
第2章 移民街(バッドランド)
35/56

番外編01 死んだ娘のドレス~Even Better Than the Real Thing~ (前編)

本編では、主人公ヒロインが登場しない回が続いています。

次話も、登場しません。

次回投稿の準備をして、気がつきました。

「このままではいけない」


ということで、急遽、番外編を書き下ろしました。

前後編です。

 エミルウがリュウノス邸にやってきて、まだ間もないころの話。


 ウメガイに呼ばれて、エミルウは執務室を訪れた。


「エミルウ。おまえに頼みたいことがある」


 黒いライオンは、衣装用のケースを開いて見せる。

 それは、若い娘が着るドレスだった。


 焼け焦げの跡。

 肩口に残る血痕。

 ズタズタに引き裂かれた破れ目。


(このドレスの持ち主は、おそらくもう、生きてはいないわ)


 エミルウは直観した。


「このドレスを、修復してほしいのだ」


「これを……私に……?」


「ああ。この依頼が私の所に持ち込まれたのには、事情がある。まずは、説明しよう」


 先月、1人の娘が死んだ。

 勤務先の工場の失火事故に巻き込まれて亡くなった。

 夜遅く、どうしてそんな場所に、1人でドレス姿で訪れたのか。

 それは、誰にもわからない。

 葬式が終わると、彼女の母親は、焼け残ったドレスを持って、あちこちの服飾工房を回った。


「娘が愛したこのドレスを、直してほしい」と。


 愛娘の形見として、手元に置いておきたかったのだろう。

 娘は帰ってこないが、ドレスは直せる。

 母親はそう思った。

 しかし、なぜかどの工房も、その依頼を断ってきたという。

 途方に暮れた母親は、人づてに、下町の顔役にたどりついた。


「帝国人の工房が駄目なら、移民街(バッドランド)の職人に頼んではどうか」


 顔役は、ウメガイ=リュウノスの旧知だった。


「エミルウ。どう思う?」


「なんの変哲もない、既製品のドレスですね」


 シルクに似せて作られた、安価なモスリン生地。

 自作のリボンやフリルをところどころに縫い付けてある。

 女工だったというその娘。

 休日や、特別な日のために、彼女は精いっぱい背伸びしてお洒落を施していたのだろう。


(帝国の街の職人たちは、どうしてこのドレスの修復を断ったのかしら)


『そんな事情』がなければ、捨てられるのが当然なくらいに、ボロボロになったドレス。

 しかし、エミルウは、こんなふうに破れたもの、壊れたものを見ると、疼くような衝動に駆られてしまう。


(直したい……この『破綻』を、縫い直したい)


 自分の針と糸が、『運命』を縫い変える力を持っていることを、確かめずにいられない。

 エミルウは、ドレスをじっと見る。


(私になら――出来る)


 そこにウメガイがいることも忘れたように。

 娘の、生と死の痕跡を、あなぐるように見つめる。


 手に取る。

 広げる。

 破れ、ちぎれ、焼け焦げ、血痕、機械油。

 裏返す。

 ドレスから(すす)が落ちてくる。

 焦げた布と鉄錆(てつさび)、そして血の匂い。


 エミルウは、毎日布を触り、針を通し、糸の張力(テンション)を指先で感じ取っている刺繍師である。

 その指先が、なにかを見つけた。


(ここに、なにかがいる)


 エミルウの中に疑念が渦を巻いていく。

 ドレスを抱きしめて、ウメガイに告げた。


「ご主人様。私、このドレスの修復を、お引き受けいたします」


 ◇


 帝都の西側、小さな町工場と長屋がひしめき合う下町。

 リュウノス商会の黒い『(ドラゴン)』の馬車から、エミルウとリザイアが滑り降りた。


 高い位置で結い上げたストロベリーブロンドの髪を、翡翠の(かんざし)が飾る。

 帝国風の白いハイネックブラウスの上に。

 赤と緑が鮮やかな東方風の斗篷(ケープ)を羽織る。

 絹張りの日傘は、光を受けてエミルウの周囲に花鳥風月のシルエットを浮かべていた。


「リザイア様。今日は無理をお願いしてすみません」


 リザイアは、白いシャツに黒のロングベスト。

 白いパンツ、黒いブーツ。

 そこへ血を1滴だけ落としたように、深紅の革製コルセット。

 山刀(マチェット)を腰に挿した姿は、戦士のようであり、僧侶のようでもあった。


「なあに。本当はシシトラが来たがっていたのですが……今日のこの用件は、私の方が適任だと思いましてね」


 そう言って、リザイアは片目をつぶってみせる。


(わぁ……クラクラしちゃう……)


 眼鏡をかけるようになって鮮明な視界を得たエミルウには、リザイアの明るい美貌は眩しすぎた。


(みんながキャアキャア言っていた理由が、やっと理解できたわ……)


 先月の火事で焼け残ったという事務所が、そこにあった。

 奥の机に、帝国人の中年男が座っていた。

 不愉快そうな、苦々しい表情を浮かべている。

 リザイアが一礼して、黒い『龍』の名刺を差し出す。


「リュウノス商会相談役の、リザイアと申します。本日は貴重なお時間をいただき、感謝に堪えません」


 相手の男は、名刺も出さず、名乗りもしない。


(ああ。そういう『モード』か)


 リザイアは、出しかけた名刺をしまい、声の調子を切り替えた。


「フェボタイザーさん。先月、あなたの工場で亡くなった従業員――マリッカ=ミノグさんの件で、お話したいことがあります」


 工場主(フェボタイザー)は、リザイアを、そしてエミルウを、交互に見比べて、不審を募らせる。


「あんたたち、あの女の何なんだ。弁護士には見えないが」


(弁護士を呼ばれるような心当たりがあるのだな)


「フェボタイザーさん。あなたは、マリッカさんの母上に見舞金も渡していない。それどころか、マリッカさんに出火の責任をなすりつけて、ご遺族に賠償を請求している。火災保険もちゃんと下りるだろうに、なんとまあ強欲なことだ」


「保険? そんなもん、焼け石に水だ!」


 工場主は、憤激の表情でリザイアに詰め寄る。


「こっちは商売上がったりなんだ! 工場の建て直し! 失注した注文の挽回! やらなきゃらないことは山積みで、損害は数えきれないくらいだ。あんな小娘1人のために! 俺の人生は! 真っ暗闇だ!」


「あの」


 エミルウの清らかな声が響く。

 工場主とリザイアが、振り向いた。


「今日は、私たち、『マリッカさんからの伝言』を受け取りにここに来たのです。案内してくれませんか。工場の焼け跡へ」

今日はもう一回、番外編の後編を投稿します。

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