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エミルウ ~屋根裏部屋の刺繍姫~  作者: 姫松チミノ
第2章 移民街(バッドランド)
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第27話 初めてになりたい

 移民街(バッドランド)では、季節祭が行われていた。

 色とりどりの屋台が並び、人々がひしめき合う。


 ブースに展示したハルガの刺繍は、朝のうちに3点とも売れた。


「今日は良い値で売れた。気分がいいから菓子でも買ってこよう。パイネ、ついておいで」


「わあい! ありがとうございます! ハルガ様、大好き!」


 一も二もなく、パイネがついていく。

 ハルガも満更ではない。


(パイネ……すっかり餌付けされてしまって……ちょろすぎるわ……)


 しょんぼりしながら一人で店番をするエミルウ。


 あのファンシー・フェアのことを思い出していた。

 売り子ではなく、売り物にされた記憶。

 祝祭の場で、世界一みじめだった、あの瞬間。

 今は、移民街で、売り子として立っている。


 悲しみをあとにして、前を向いて歩いている感覚――。

 シシトラ様のおかげで――


「これか。エミルウの作品は」


「シシトラ様!」


 あわてて立ち上がる。


「来てくださったんですね」


(いま、シシトラ様のことを考えていました――)


「うん。用事があるから、長居はできないが」


 テーブルの上には、小さなハンカチが1点だけ。


「ハルガ様が、これだけ、出品を許してくださったんです」


『売れるかどうか、まあ、試してごらん』


「……売れません」


 下を向くエミルウ。


 客が来る。


「ああ~。ハルガ婆さんの刺繍、もうこれしか残っていないのか」


 手に取る。

 しげしげと見る。

 なにか違う、というふうに首を振って、商品を戻す。


「ずっとこうなんです……」


(めげそう……)


「いい出来なのになあ。みんな、見る目がない」


 シシトラが慰めるように言葉をかける。

 それが、エミルウを傷つける。


「わかってるんです……ハルガ様の隣に並べるには、10年早かった、って……」


(10年で追いつけると思っているのか。ハルガが聞いたら大変だ)


 シシトラは、エミルウの刺繍にじっと見入る。


 桃の木と蝙蝠(こうもり)の、縁起物の図案。

 配色もよし、構図もよし。

 入門して間もないということが信じられないほどに、東方刺繍の形になっている。

 これだけの技術の持ち主は、東方大陸にもそうはいないのではないか。

 エミルウの潜在能力に、シシトラは改めて瞠目した。

 今の段階でハルガと比較されるのは、酷というものだ。


「俺が買おう」


「えっ……!」


「素敵な出来じゃないか。エミルウの、刺繍師としての門出のお祝いだ。最初の客にならせてくれ」


(シシトラ様が――私の、初めての――)


 エミルウは顔が熱くなるのを感じた。


 シシトラが、テーブルの上のハンカチを手に取ろうとする。

 その手を遮るものがあった。

 エミルウの手だった。


「どうした?」


 エミルウは瞳を閉じて、下を向いている。

 耳まで赤くして、震えていた。


「……か……」


「?」


「……買わ、ないで……ください……」


 シシトラは、少し傷ついた。


「……どうしたんだ?」


 エミルウは、震える手を引きながら、泣きそうな声で答えた。


「……じ……実力で、売れたい、んです……」


(シシトラ様は、優しいから――同情で、買ってくださろうとしているんでしょう?)


 エミルウの心の声は聞こえなかったが、想いは痛いほど伝わってきた。


(同情なんかじゃないんだが――)


 しかし、『エミルウの初めてになりたい』という、『余分な気持ち』があったのも確かだった。

 その後ろめたさが、シシトラを後退させた。

 エミルウのプライドを傷つけないことが一番大事だ、と思い直す。


「――すまなかった。エミルウの実力なら、すぐに売れるさ。焦ることはない」


「シシトラ様。ごめんなさい……」


 エミルウの瞳から、涙が落ちて眼鏡を濡らした。


(私……逆らってばかりいる……)


 通行人からは、シシトラがエミルウを泣かせているように見えている。


「シシトラさん、なに女の子を泣かせているの」


 と冷やかす声がする。


(エミルウ、頼むから、泣き止んでくれ……)


 それなのに、口をついて出たのは、揶揄(からか)うような軽口だった。


「エミルウは、泣き虫さんだな」


「……そうよ。私、泣き虫よ……」


(知らなかったの?)


 もう、言葉は見つからなかった。

 それどころではない。


 シシトラは、心臓は、頭の中にあるものなのだ、と思った。

 だって、こんなに――鼓動がうるさい。


 ◇


「『獅子舞(ししまい)』の列が向こうに見えたら、撤収だ。店じまいだよ」


 ハルガの言葉に、エミルウとパイネは首を傾げる。

 このお祭りでは、屋台の閉店時間は、『獅子舞』が決めるのだろうか?


 そこへ、一人の客が、テーブルの前に立った。


「よろしければ、お茶を一杯いただけませんか」


 帝国人の紳士だった。

 整った金髪。

 青い瞳。

 青いモーニングコート。

 貴族然とした立ち居振る舞い。


「ここは刺繍屋だ。茶店じゃないよ」


 ハルガが意地悪く言う。


「図々しくて申し訳ない。歩き疲れて、喉が乾いたもので」


 腰を屈めて、ハルガと視線を合わせ、紳士はにっこりと微笑む。


「ふん」


 ハルガが鼻を鳴らす。


「どうぞ」


 パイネが、お茶を紳士に差し出した。


「ありがとう」


 ツイ、と茶碗を(あお)る。


「――東方のお茶ですね。美味しいものですな」


 パイネが、得意げな顔になる。

 温和な微笑を絶やさないこの紳士に、パイネもエミルウも好感を持った。


「刺繍屋さん、とおっしゃった」


 紳士は、テーブルの上のハンカチを凝視する。


「この御作は、どなたが?」


「――私です」


「あなたが」


 紳士の青い瞳が、エミルウの琥珀色の瞳をまっすぐに見る。

 数秒。


(この方――まばたきをしない?)


 この青い瞳……誰かに似ている、ような。


 ハンカチを手に取り、紳士が言った。


「見事だ。実に素晴らしい。こちらを買わせていただこう。――おいくらかな?」


 ――ドクン――


 エミルウの胸が、激しく叩かれた。


「銀、2枚、です」


「これほどの仕事に、それはお(やす)い。次からは、もっと高くしなさい」


 金貨を差し出す。

 エミルウが慌てて言った。


「すみません――そんな大金、お釣りがありません!」


 紳士はにっこりと微笑み、シルクハットをかぶる。


「お釣りは結構。お茶をごちそうしてくれたお礼だよ。今日はありがとう。楽しかったよ」


 背中を向けて歩き去った。


「ありがとう、ございます!」


(――売れた――)


 生まれて初めて、『自分の作品』として売れた。

 認められた。

 値が付いた。

 エミルウは感動で胸がいっぱいだった。


「エミルウお嬢様、売れましたね! おめでとうございます!」


「ありがとう、パイネ!」


 パン! パパン!


『獅子舞』の掛け声と、爆竹の音が遠くから聞こえてきた。


「来た。撤収するよ!」


 ハルガの指図で、エミルウとパイネは設営した売り場の撤去に取り掛かる。


 爆音がどんどん近づいてくる。

 破裂音が、石畳に響き、壁に跳ね返る。

 赤い紙片が雪のように降り、道の上に積もる。

 太鼓の音。

 銅鑼(どら)の音。

 金色と緋色の『獅子舞』が通り抜ける。


 悪霊と災いを追い払い、幸福を呼び込むための、東方の儀式。


 走り回る子どもたちの叫び声。

 空を焦がす、硝煙のにおい。


 パン! パン! パン! パパパパパ!


 炸裂につぐ炸裂。

 世界が壊れそうな音、音、音。

 すぐそばにいるパイネとハルガの声も聞こえない。


「ひゃあ! 服に火がつきそうです!」


「じゃろう! だから私はいつも、店じまいして避難するんじゃよ!」


 白くけぶる世界。


 エミルウは、白煙の向こうに、先ほどの紳士が立っているのを見た。

 こちらを見ている。

 人々が走り惑うなか、彫像のように微動だにしていない。

 エミルウは、彼にカーテシーで礼を示した。


 新しい爆竹の束が破裂する。


「きゃっ……!」


 白い世界に立ちつくすエミルウの周りを、赤い紙吹雪が舞う。


「美しい――」


 遠くから紳士がつぶやく。

 先ほど購入したハンカチを取り出し、においを嗅いだ。


 絹のにおい。

 蜜蝋のにおい。

 労働のにおい。


 ――『これ』を、『ケーキ』に飾ろうではないか。


「エミルウ=スキャルファ――このハンカチが、君の最初で最後の『売り物』になるだろう」

次回投稿は2026年5月25日(月)です。

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― 新着の感想 ―
獅子舞と爆竹が閉店の合図…激しいですねw 初めての作品、買ってもらえたのはよかったけど…… てか、シシトラくん、エミルウちゃんに惚れすぎてしまってるような?(*^^*)
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