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超えられない季節(僕の心臓がとまるとき)  作者: 秋山 冬夏


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9/13

凍てつく喪失

はるとの死から一週間。

水戸の街は、何事もなかったかのように日常を刻んでいた。


葬儀は、はるとが遺した指示書に従い、親族とあき、そしてなつだけで静かに執り行われた。

棺の中のはるとは、まるですやすやと深い眠りについているようで、

今にも

「なつ、冗談だよ」

と目を開けるのではないかと、なつは何度も錯覚した。


出棺の時、なつははるとの胸元に、あの日弘道館で見つけた、期限の切れた沖縄行きの航空券をそっと差し込んだ。


「……これ、持っていって。向こうで待ってて。……私はもう少し、あきくんと一緒に、あなたが守りたかったこの世界を見てから行くから」


火葬場の煙突から立ち上る薄い煙が、秋の高く澄んだ空に溶けていく。

なつの「季節」はあの日、あの大洗の海や千波湖のベンチに置き去りにされたまま、完全に終わったのだと、その時初めて実感した。


葬儀が終わると、あきとなつの間には、以前にも増して重苦しい沈黙が横たわった。


真実を知ってしまったからこそ、はるとの「あきとなつを添い遂げさせる」という計画が、二人にとってあまりにも残酷な、そしてあまりにも神聖な「義務」となって立ちはだかったのだ。

あきは、はるとの四十九日が過ぎるまで、毎日なつのアパートに通った。


はるとの遺した「なつの取扱説明書ノート」は、もうボロボロになっていた。あきはその一文字一文字を、自分の血肉に変えるように読み込んだ。


『なつは、悲しみが限界を超えると、逆に笑う癖がある。その時は無理に泣かせようとするな。ただ、温かいココアを淹れて、隣に座っていろ』


あきは、キッチンでココアを練りながら、背中を向けて窓の外を見つめているなつの姿を盗み見た。なつは、はるとが死んでから一度も、あきに八つ当たりをしなかった。かつての憎しみは、今は深い静寂に置き換わっている。


「……なつ、ココアだ。飲めよ」


あきがカップを差し出すと、なつは少しだけ口角を上げて笑った。


「ありがとう。……ねえ、あきくん。あなた、自分の人生、生きてる?」


あきの手が、ピクリと止まった。


「……何だよ、急に」


「あきくん。あなたははるとくんの計画を守るために、私を支えてくれてる。……でも、それはあきくん自身の幸せなの? はるとくんのゴーストとして、私と一緒にいるだけじゃないの?」


あきは、答えられなかった。

あき自身、自分の心がどこにあるのか分からなくなっていた。なつを愛している。それは真実だ。高校時代からずっと、はるとの影に隠して封印してきた想いだ。

けれど、今なつの側にいる自分は、「親友の遺志を継ぐ代理人」という役割に依存しているだけではないか。


「……わからない。……でも、俺は、お前を一人にはできない」


「……はるとくん、本当に勝手だよね」


なつが、寂しそうに笑った。


「死んでからも、私たちをこうやって縛り付ける。……ねえ、あきくん。一度、全部捨ててみない?」


なつは、はるとが残したあのノートを手に取った。


「これに従うのは、もうやめよう。はるとくんの脚本どおりの人生なんて、もういい。……私たちは、はるとくんがいない冬を、自分たちの足で歩かなきゃいけないんだから」


なつは、ライターの火をノートに近づけた。


「……いいのか」


あきが尋ねる。はるとの最後の欠片。自分たちの指針。


「うん。……はるとくんを、本当に『死なせて』あげなきゃ」


炎が、はるとの几帳面な文字を舐めるように燃え広がる。


『なつを、頼む』


最後に書かれたその一行が灰になるのを見届けて、なつは初めて、声を上げて泣いた。あきは、その震える肩を抱き寄せた。


それは、はるとへの裏切りではなく、残された二人が「自分の足で立つ」ための、最初の、そして最も苦しい決断だった。

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