あきという名の孤独
はるとの「失踪」から、二年の月日が流れた。
季節は三度巡り、水戸の街には再び冷たい秋の風が吹き始めていた。
あきは、建設現場での激務を終えた後、毎日のように一通のメールを、誰もいないアドレスへと送り続けていた。
『はると。なつは、少しずつ笑うようになった。今日は職場の同僚とランチに行ったらしい。お前がノートに書いていた通り、あいつは「俺たちへの憎しみ」を燃料にして、なんとか前を向いている。……でも、俺はもう、自分の顔を鏡で見ることができないよ』
あきは、はるととの約束を守り続けていた。
なつが生活に困らないよう、彼女が知らないところで彼女の仕事の仲介をし、台風の日には彼女のアパートの様子を遠くから見守った。
なつからは今も「はるとの共犯者」として蔑まれ、無視され続けている。
ある日、あきはなつの職場近くのスーパーで、彼女の姿を見かけた。
なつは、はるとが好きだったカレールーを手に取り、一瞬だけ動きを止めた。
けれど、すぐにそれを棚に戻し、無機質な表情でレジへと向かう。
その背中は、はるとが願った「再生」とは程遠い、ただ感情を凍らせて生きているだけの、氷の彫像のようだった。
(……これで、いいのか。はると)
あきは、自分のポケットに入っている、はるとからの「最後の手紙」を握りしめた。
そこには、はるとの病状がいよいよ末期であり、意識が混濁し始めていることが記されていた。
(なつを、あいつに会わせるべきじゃないのか。……いや、そんなことをすれば、はるとの二年間はすべて無駄になる。俺たちのついた嘘は、永遠の嘘として墓まで持っていかなければならない)
あきは、千波湖の三番目のベンチに向かった。
夕暮れ時、人影のまばらな湖畔。
あきはベンチに座り、裏側をなぞった。
『Summer never ends』
はるとが命を削って刻んだ、あの文字。
その指先に、なつの微かな温もりが触れた気がした。
振り返ると、そこには、信じられないものを見るような目で立ち尽くす、なつの姿があった。
「……あきくん。あなた、そこで何をしてるの」
なつの声は、秋の風よりも冷たく、あきの心臓を射抜いた。
あきは、咄嗟に手を離した。
けれど、なつの視線は、あきの手が触れていたベンチの「裏側」に釘付けになっていた。
「……見せて。あきくん。そこに、何があるの」
なつが、一歩、歩み寄る。
あきは動けなかった。
真実という名の怪物が、水戸の街の暗闇から、ついにその頭をもたげようとしていた。




