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超えられない季節(僕の心臓がとまるとき)  作者: 秋山 冬夏


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11/13

終わらない夏の行方

太平洋を望む大洗の白いチャペル。


五月の瑞々しい陽光が、ステンドグラスを透かして床に色とりどりの宝石を散りばめている。

窓の向こうでは、紺碧の海が凪いでおり、寄せては返す波の音が、まるで祝福の拍手のように規則正しく響いていた。


披露宴は、穏やかに、そして温かな時間の中で進んだ。

しかし、デザートが配り終えられた頃、突然すべての照明が落ちた。

ざわめきが広がる中、あきが一人、スポットライトを浴びてマイクの前に立った。その指先は、タキシードの生地を握りしめ、白く震えている。


「……皆さん。今日は、僕たちの門出を祝ってくださり、本当にありがとうございます」


あきの声が、静まり返った会場に響く。


「……これから、僕の親友であり、なつの生涯の恩人でもある、はるとからのメッセージを流します。……あいつは、最期まで格好をつけて、僕たちを騙し通そうとしました。でも、僕はあいつのそんな『綺麗事』だけを遺したくない。……はると、見てろよ。お前の剥き出しの魂を、俺たちが全部受け止めてやる」


あきが合図を送る。

巨大なスクリーンに、ノイズと共に映像が映し出された。

それは、死の一ヶ月前。

深夜の病室、月明かりがシーツを白く照らす中で、自らカメラを回すはるとの姿だった。


『……あき、なつ。結婚おめでとう』


画面の中のはるとは、骨が浮き出るほど痩せ細っているが、その表情は穏やかだった。


『……あき。お前がこれを流してるってことは、俺の計画を最後まで手伝ってくれたんだな。ありがとう。……なつ。俺が消えた後、あきと一緒にいてくれて……本当に、感謝してる。二人が笑っている姿を想像するのが、今の俺の、唯一の楽しみなんだ』


そこまでは、はるとが必死に保っていた「理性」の言葉だった。しかし、一瞬の沈黙の後、彼の瞳に激しい揺らぎが生じる。唇が震え、その穏やかな仮面が音を立てて崩れ落ちた。


『……でも、……っ、……嘘だよ。本当は、おめでとうなんて言いたくない!』


はるとが、カメラを掴むようにして身を乗り出した。激しい嗚咽がマイクを割り、痩せ細った腕が震える。


『嫌だ……嫌だよ、なつ! 俺を忘れないでくれ! 俺以外の男の隣で笑わないでくれ! 誰にもお前に触れられたくないんだ! 本当は、俺が隣にいたかった……俺が、お前を抱きしめて、一緒に歳を取りたかった……っ! 死にたくない……! なつを置いて、一人で死ぬなんて嫌だ……っ!』


はるとは、カメラの前で顔を覆い、子供のように泣きじゃくった。愛ゆえに仕組んだ完璧な嘘が、死への恐怖と独占欲に負け、剥き出しの「本音」が溢れ出した瞬間だった。


会場は、息を呑むような沈黙に包まれた。かつて彼を「裏切り者」と蔑んだ友人たちは、あまりに生々しい死者の咆哮に、顔を歪めて泣き崩れた。なつは、隣であきの腕を折れんばかりに握りしめ、嗚咽を漏らしていた。

数分の沈黙の後、映像の中のはるとが、ゆっくりと顔を上げた。真っ赤に腫らした目で、彼は再びレンズを見つめ、どこか憑き物が落ちたような、清々しい微笑を浮かべた。


『……ごめん。……醜いところを見せたな。……でも、これが俺の全部だ。……全部吐き出したら、ようやく認めることができたよ。……なつ。俺を愛してくれて、ありがとう。あき。なつを愛してくれて、ありがとう』


はるとは、震える手でカメラに触れ、まるでなつの頬を撫でるように指を動かした。


『……俺の負けだ。……さあ、行ってこい。俺の「季節」はここで終わるけど、お前たちの「季節」は、これからだ。……最高に幸せになれ。……愛してるよ。二人とも』


映像が消え、暗転した瞬間。

会場の電動カーテンが一斉に全開にされた。


「……っ!」


目の前には、五月の光を反射して、銀色に輝く太平洋が広がっていた。

暗闇から、圧倒的な光へ。

あきは、マイクを握り直し、海の向こうを見据えて叫んだ。


「……はると! 見てろ! 俺たちは、お前の醜さも、汚さも、愛しさも全部背負って、お前が欲しくてたまらなかった明日を、精一杯生きてやる! お前の勝ちだ、はると! お前の愛に、俺たちは一生勝てそうにないよ!」


なつは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、眩い光の中へ踏み出した。


「……はるとくん、ありがとう。……私、笑うよ。あきくんと一緒に、あなたが守ってくれたこの世界で、ずっと……ずっと笑い続けるから!」

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