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LOAD GAME →天空都市にて 残り時間00:35:00

 息もつかぬ間に雲が後ろに飛び去っていく中、息を合わせた2鳥は絶妙のタイミングで交差すると、その一瞬の間に生み出されたユニオンアタックの槍陣が一斉に敵へと発射されていた。


 スターファイアはそれを空中で身を捩って回避するものの、100もの英雄の投げ槍全てを躱すことはできない。僅か一本の槍が彼の風鳴鳥を串刺しにするや、槍の効果で動きを止めてグライダーのように尾を引いて墜落していく。


 「ざまあ見なさいッ!」

 「まだよ……!」


 苦し紛れの竜炎槍の反撃を、同様にティーは竜炎槍で迎撃しながら相棒に厳しい声を向けていた。彼女の美しい顔立ちは、いまだに余裕を取り戻していない。


 墜落していくスターファイアと風鳴鳥の行く手には、小ぶりながら浮遊島が浮かんでいたのだ。


 彼の風鳴鳥が動きを取り戻すのと、ティーとバターの放ったユニオンアタックの次弾が降り注ぐのは同時だった。彼の風鳴鳥が槍に串刺しにされて、甲高い断末魔の悲鳴を上げる。


 それをスターファイアはニヤリと笑って見下ろしていた。


 「女どももやるではないか」

 「あんたッ!? ここまで一緒に戦ってきたペットを盾にするなんてッ!」


 鳥は身代わりだった。彼は鳥を盾にすることで安全地帯を作り、その隙に島へと飛び降りたのである。磔刑に処されたように大地に縫い付けられて動かなくなった愛鳥を尻目に、スターファイアは迎撃態勢を取る。


 「むしろ光栄に思うべきではないのか? たかが電子データの分際で、人間様の役に立てるのだからな!」

 「……誇りに思いなさい。貴様ほど醜悪な男は、初めて見たわ」


 それは、ヨロレイホー以上に傲慢極まりない不遜な態度だった。だが、彼とは決定的なまでに違う点が一つ。スターファイアには、ヨロレイホーほどの実力が無い。それゆえ彼の副官に収まることで、ナンバーツーとしての地位を占めると同時に優越感に浸っているのである。


 ティーは一足先に浮遊島に飛び降りるや、自身の愛鳥に周辺空域の警戒に当たらせていた。少し遅れて飛び降りたバターもそれに従う。


 「生意気な女め。たっぷりと躾が必要なようだ」

 「…………」


 絡みつくように粘質なスターファイアの声に、無表情のティターニアは反応すらしなくなっていた。バターは良く知っている。そのゴミでも見るかのような視線は、彼女の最大級の敵意を表すのだ。


 「まったく、相変わらず惚れ惚れするほどの勘ね……!」

 「バター。遠慮は無用よ。速い所始末して、援護に回りましょう」


 露骨なまでの無視した態度は的確にスターファイアを逆撫でしていく。同じ傲慢でも、元々の度量が違いすぎるのである。


 正面から殺意をぶつけ合う中心では、瀕死の鳥がよろよろと逃げ惑っていた。役立たずの烙印を押された鳥に、スターファイアは回復どころか一瞥すらしない。


 退避命令に従って傷ついた風鳴鳥が浮遊島から飛び降りるのと、槍が交錯するのは同時だった。


 一瞬で大地を蹴って互いの距離を詰め合ったティーは、目前に迫る敵の顔面を穿つように渾身の突きを放っていた。対するスターファイアもまた、高速の突きで正面から受けて立つ。空気が鋭い音を立てて割れる中、あっさりと勝敗は別れる。


 勝ったのはティターニア。文字通り必殺の槍の一撃が繰り出されたのを、彼女は瞬き一つせずにその意思を貫き通したのである。それは、眼球を穿たれる寸前で防御に回ってしまったスターファイアとは真逆だった。


 同時に彼女の真後ろでバターがスキップを2人にかけ終える。


 だが、スターファイアは愉快そうにそれを見逃していた。


 「やるではないか。そうではなくてはな」


 急所を穿たれてなお、彼が受けたダメージは10%にも満たないのだ。最高位アイテムエリクサで容易に回復できる程度の傷でしかない。


 だから、彼は笑っていたのだ。


 「自分より強い、しかも他人の女を寝取り跪かせる……! 最高のシチュエーションだよ!」

 「なに……こいつ?」


 その生々しい欲の絡んだ視線に、バターは嫌悪感を隠す事もできなかった。そして、隠す余裕も無かった。彼女の勘が告げるのだ。この男は、まだ本気を出していないと。


 スターファイアがいやらしく笑う。


 「私が非戦闘要員だとでも思ったのか? まさかまさか! これでもプレイヤー狩りは得意でね。泣き喚いて逃げまどっては、命乞いする奴等を我が槍で突き刺したものだよ!」


 彼は強者には謙り、弱者をいたぶる正真正銘の屑だった。人間としては最低で、しかし動物としては間違ってはいない。


 「あら奇遇ね! 私もこの槍で、たくさんのゾンビを倒してきたわッ!」


 だから、バターは決意していた。彼女の勢いだけの皮肉に彼の顔から笑みが消え去る。しかし彼女は狼狽えない。


 ――こいつはここで始末する……!


 敵がどれほど強くとも、彼女は決して恐れない。勇者にはいつも、頼れる仲間が揃う物なのだ。彼女は無言のままティーと視線だけで合図をしあっていた。


 「そうだな。楽しみは最後に残しておくとして……バター、先に君からだ!」

 「上等よッ! かかって来やがれ下種野郎!」


 同時にスターファイアの槍が火を噴く。御馴染みとなった竜炎槍である。バターがそれを迎撃しようと態勢を整えた所で、それは爆発していた。そう、中空で爆発したのである。


 刹那、ティーの瞳がキリリと引き上げられる。爆炎が瞬く間に広がるや、スターファイアの姿を隠したのだ。


 「バター! 下がって!」

 「遅いわッ!」


 親友の警告を受けたバターは即座に真後ろに後退して守りに入る。しかし、それはスターファイアの予想通りの行動だったのだ。


 彼はテイルウィンドを唱えるや、死角となる真上から大地その物を揺るがすような衝撃と共に襲い掛かっていた。


 「キャアッ!?」


 バターが生き残れたのは幸運だったからである。スキップで加速した思考が、辛うじて彼女に回避をさせたのである。無様に大地を転がって、辛うじて死神の刺突を免れていた。


 「良い声だ。パック! お前の女は実に心地良い音色で鳴くぞ! さぁ、もっと聞かせてもらおうかッ!」

 「こんの野郎ッ!」


 同時に親友を援護すべくティーが放った必殺の槍雨乱舞を、スターファイアは一切避けなかった。そして、そこを譲らなかった。彼はティーとバターを分断するように、割って入ったのだ。


 当然彼は背中にティーの一撃が突き刺さるも、それを気にも留めない。ティーは同士討ちを恐れて槍雨乱舞等の強力な技を繰り出せないでいた。


 「無駄だ! チートの前では、複合攻撃(ユニオンアタック)以外何の脅威でもないわ!」

 「ッ! バター! 何とか耐えて!」


 同時に、スターファイアは次々と槍の刺突を放ち、バターの寿命を縮めていた。薙ぎ払いならともかく、鋭い突きの攻撃を防ぐのは簡単ではないのだ。


 スターファイアの槍が無造作に、しかし刈り取る様に空気を切り裂く音を立ててバターに迫る。一撃ではない。彼女が避けるのを前提で振るわれたそれは、少しづつ彼女を地獄へと追いやっていた。


 それをバターは肝を冷やしながらも、持ち前の運動神経を発揮して死の舞踊を見事踊り切る。


 「バターッ! 後ろよッ!」

 「死ねええェッ!」


 そこでバターは無意識の内に、後ろに下がるのを止めていた。彼女の踵はいつの間にか浮遊島の淵に辿り着いていたのだ。


 ――これ以上下がれないッ!?


 刹那、彼女の身体をスターファイアの槍が貫いた。


 だが、その手ごたえは水をついたように虚しいばかり。それにスターファイアは思わず眉を顰め、バターは湧き上がる情動に口を大きく開いて野性的に笑っていた。


 「なにィッ!?」

 「逃げ回るのは、趣味じゃないッ!!」


 刹那、スターファイアは予想外の衝撃に思わずたたらを踏んでいた。思わず弾き飛ばされそうなほどの強い一撃を受けたのである。


 「敵がいるなら、正面から打ち倒せば良いッ! それだけよッ!」

 「バター、タイミングを合わせて……!」


 バターは回避不能と見るや、一か八かでスターファイアの槍に対し正面から迎え撃ったのだ。それは針の穴を通すような物だった。しかし、槍スキルレベル7“タイタンランス”によって巨大化した彼女の槍は、細いスターファイアのそれを迎え撃つには十分だったのである。


 「じゃじゃ馬めがァッ!」

 「ざまぁ――」


 刹那、背後からその首を落とすべく猫のように飛び掛かったティーの槍が彼の頭を削ぎ落す。


 “CRITICAL!”


 表記と共にダメージこそ小さいものの、スターファイアの身体を反動で弾いていた。そして、そこにはバターの大槍が手ぐすね引いて待っていたのである。


 「――見なさいッ!」


 “CRITICAL!”


 だが、その一撃はティーの物とは一味違った。下方から顎を打ち抜くように伸びた彼女の槍は、スターファイアをクリティカルと同時に真上へと打ち上げる。


 「貰ったアアァッ!!」


 彼女の得意な、空中へと。


 バターには閃く物があったのだ。確かにPKは圧倒的なステータスを持っているが、その本質的なところではプレイヤーとは変わらない。つまるところ、空中で激しく動き回ることによって発生する情報フィードバックには耐性が無いはずだ――


 「ナイスアシスト! ティー!」


 同時にティーが放った竜炎槍がスターファイアを捉え、その体を吹き飛ばす。天空都市の希少な地面の向こう、奈落の底へと。


 同時にテイルウィンドで自らも跳び上がったバターが突進するかのようにスターファイアを3度ほど嵐のように貫くや、止めとばかりに虚空の彼方に向けて蹴り飛ばしていた。


 「地獄に落ちろッ!」

 「がッ!?」


 バターですら情報のフィードバックにふらつく中、スターファイアの身体は浮遊島の外へと落下していき、


 「ぐおおッ!? 俺は、俺はこんな所では死ねないッ!」


 寸前で殺し損ねていた。スターファイアは錐もみ状態に陥ったのを悟るや、小心な本能に従い自らをテイルウィンドで強引に上空へと飛んでいたのである。


 地獄の底から辛うじて舞い戻ってきた男に対し、ティーは思わずその槍を躊躇していた。


 スターファイアの顔色は激しい位置情報の流入に耐え切れず、死人のように真っ青になっていたのだ。そしてその顔色はプライドを傷つけられた理不尽な苛立ちで、敵に憐れみを抱かせるほど醜い形相を作っていたのである。


 「バター……! 殺すわよ」

 「ティー……」


 だが、ティーにそんなものは関係なかった。誰よりも強い彼女は、必要であれば相手を地獄に蹴落とすことに一片たりとも躊躇しない。


 その醜態にバターが思わず殺人への忌避で手を止めたのは対照的だった。彼女は、何時だって愛よりも正しさを選べるのである。例え刑務所にぶち込まれようが、そこに戸惑いは存在しない。


 正確無比な彼女の槍が悪鬼の如き形相でこちらを睨むスターファイアに繰り出され、


 「ッ!?」

 「調子に乗るなよ女どもがァァ!!!」


 薙ぎ払われていた。ティーが思わず目を剥く中、高速化したスターファイアの槍が強引に彼女の槍を打ち払ったのである。


 見れば、彼は身に着けていた防具を脱ぎ捨てインナー姿になっていた。


 それに流石のバターも顔を引きつらせる。上昇した速さは“スキップ”すら超える4。だが、今から防具を脱いだのでは間に合わない。


 同時にスターファイアの槍が巨大化する。今更ダメージの増量に意味は無い。だが、巨大化したことで当たりやすくなったのは致命的だった。


 「死ねやァァァッッ!!!」


 その獣の槍の一刺しに、バターは割って入っていた。悪魔のような男の獣欲を一身に浴びた彼女は、それでも親友以上の速さをもって勇敢に立ち塞がるのだ。


 「下がって! こいつは……私が始末するわ!」

 「ぬかせゴミ共! どいつもこいつも、俺の足ばかり引っ張りやがってェェェッ!」


 サボテンの骨。それは砂漠で拾った装備品である。取り立てて優れた能力を持っているわけではないが、軽く速い。それが彼女の不利を補っていた。


 スターファイアの肉食獣の如き速さの前では、遅いティーなどか弱い子羊でしかないのだ。


 ――一合二合三合!


 瞬く間にハンマーで鉄を穿つような耳障りな金属の悲鳴が鳴り響く中、バターは追い詰められつつあった。


 「お前は俺の手でイカせてやるゥッ!」

 「……ッ!」


 もはや喋る余裕も無い。冷や汗と共に4回目の激突を経て、彼女の体勢は大きく崩れていた。そして5度目の衝突には絶望的なまでに間に合いそうも無かった。


 「死ねええェェッ!!!」

 「こんの野郎がッ!」


 だから、バターは守るのを止めにした。彼女の本質は攻撃なのだ。


 刹那、絶体絶命の窮地の中を反撃とばかりに覚悟を決めた彼女の足元が爆発する。


 「なんだとおォッ!?」

 「あんたなんかに、負けるもんですかッ!!!」


 ティーはそれを見て、思わず我を忘れて呆然となっていた。その顔色は蒼白で、あまりの驚きに表情は大きく歪んでいる。


 彼女の目の前で追い詰められたバターは竜炎槍を放ったのだ。だが、敵の攻撃と打ち合うには間に合わない。だからその代わりに、自身たちの足元へと。


 獣の槍が再び振るわれるよりも速く、勇者の槍が大地を粉砕し、その爆発の衝撃で勇者は獣と共に天空へとその身を投げ出していたのである。


 本能を襲う落下の恐怖に、悪鬼の如き獣は一転して小心者に回帰していた。だが彼が恐怖の悲鳴を泣き叫ぶのをバターは笑えない。


 2人とも間を置かずに支離滅裂な空中舞踊に突入したため、全身を襲う浮遊感にフィードバックの吐き気、そして間近に迫った死の恐怖に負けそうだったのだ。


 「貴様アアアアアッ!!!! 正気かアアアアッ!?」

 「私はいつだって勝気よッ!!!」

 「紗耶香ッ!?」


 震えそうな身体を叱咤して浮遊島の縁に立ち尽くすティーは見た。


 2人は錐もみ状態になりながら、奈落の空へと真っ逆さまになって落ちていくところだったのだ。


 「紗耶香――ッ!!!」


 竜子は生まれて初めて涙を浮かべ、絹を切り裂くような悲鳴を上げていた。


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