↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/77

LOAD GAME →青空にて 残り時間00:35:00

 バターにはティーよりも勝ると胸を張って誇れるものが一つだけあった。運動神経である。


 だから彼女は信じがたい事に、空中で恐怖に襲われながらも、確かにスターファイアを攻撃して見せたのだ。彼女のしなやかな体が鞭のようにしなり、その槍を泣き叫ぶ獣へと突き立てる。


 「アアアアア落ちる落ちる落ちるッ! 誰かッ助けてくれエエッ!!」


 だが、それは悪手だった。彼女は甘く見ていたのだ。追い詰められた獣の意地汚さを。


 「こいつッ! 離せッ!」

 「アアアアッ!?」


 もはや言葉にならない絶叫を上げるスターファイアは、突き刺さった槍に本能のまま抱き着いたのである。溺れる者は藁をも縋る。しかしバターも、まさか胴体を貫いた槍に食らいつくとは思ってもみなかったのだ。


 それどころか彼はますます強くなる落下の恐怖に負けると、そのまま母に縋る子供のようにバターに縋りついてきたのである。


 当然彼女も振り払おうとするも、脚に蛇の様に縋りついた男は駄々っ子のように泣き喚いて離れない。


 ――警告!

高度が危険空域まで低下しています! 即座に高度を上げて下さい!


 バターは湧き上がる嫌悪感と嫌でも風圧で理解せざるを得ない恐怖の狭間で、メッセージを確認する余裕も無かった。


 唯一良い点があったとすれば、重心が安定したせいか錐もみ状態から脱したことか。しかし真っ逆さまに地獄へと落ちていることに変わりはない。


 「アハアハアハ! 嫌だアアアア!? こんな所で失敗はできないイイイ!? こんな雑魚相手に絶対失敗なんてエエエ!?」

 「そんなに嫌ならァァ、その手を離せッ!!!」


 この男は実力も無いくせに、意地だけは誰よりも汚かったのだ。バターが再び竜炎槍を放とうとするのを本能で気付くや、落下の衝撃で槍を手放してしまった拳で彼女の腹を殴りつけたのである。


 「くあッ!?」

 「アアアアアチクショウッ! ヨロレイホーナンカノテサキノママデオワリタクナイッ!!」


 不意打ちを受けたバターの顔が苦痛に歪み、何よりも風圧に負けてその槍を離してしまう。火を噴いた竜炎槍は不気味なまでに青い天空都市の下の空へと飛んでいった。


 バターは打つ手を失い、その美しい顔を恐怖に染め上げる。しかしながら、その口元は厳しくも悲鳴を上げたりはしない。


 「助けだッ! 助けが来たぞオオオッ!!!」


 だが、その厳しさは増すばかりであった。あまりの恐怖に発狂したかと思えるほどの勢いでスターファイアが喚く。見れば確かに彼の視線の先には、傷つきボロボロになりつつも、主人の命を受けて懸命に羽ばたく健気な鳥の姿があったのだ。


 スターファイアの風鳴鳥だった。


 「こっちだアアア!! こっちへ来いイイイッ!!」

 「しまッ!? どうするッ!?」


 バターはそれに手を伸ばすべきかどうか、決められなかった。一応同じパーティー扱いである以上、バターも鳥に乗れなくはない。だが、それは危険なPKを殺し損ねるという事であり――


 「貴様アアアッ!!? 止めろッ!? 止めろオオオオッ!!??」


 だから、彼女はティーに勝てないのだ。バターは偉ぶってみても根は優しく、非情な決断を下すことができない。


 スターファイアはそれを見て絶叫し、バターは会心の叫びを空の彼方に送っていた。


 「ティィィィィッッ!!! 殺してエェッ!!!」

 「ふざけるなアアアァッ!? 貴様、友人の命が惜しくないのかアアアッ!?」


 2人の頭上では、ティーが風鳴鳥に止めを刺さんと竜炎槍を放つところであったのである。




 「私は――!? どうしていつもこんな選択ばかりッ!?」


 2人の頭上、浮遊島ではティーが無残なまでに美しい顔を恐怖と絶望、理性と正しさの狭間でグチャグチャに歪めていた。それを取り繕う余裕も無い。


 「紗耶香……。ッ! ごめんなさいッ!」


 ――愛と正しさなら、どちらを選ぶのが正解なのか?


 愛すべき親友と、倒すべき敵。敵諸共親友を救うか、敵諸共親友を滅ぼすか。彼女は決断を迫られていたのだ。


 彼女の答えはいつだって変わらない。


 「私は……正しさを選んでしまったッ…………!」


 俯いて涙を零しながらも、ティーの放った槍は大音声と共に火を放つと、正確無比なミサイルと化して敵の愛鳥に迫る。


 火線が一直線に地獄に伸びていくのを、ティーは子供のように泣きながらも見つめることしかできなかった。


 「兄さん……。私………………ッ」


 されど、ティーは即座に上を向く。彼女の兄なら、泣くより先に成すべきことをなせと助言するだろうからだ。




 スターファイアは人間の喉の限界に近い声で悲鳴を発していた。地獄から鳴り響く猛烈な風の音と、自身のちっぽけなプライドが粉々に砕かれた衝撃に、最後の希望が目前で絶たれた絶望が彼の心を引き裂いたのである。


 「ティーッッッ!!! それでこそよッ!」

 「あああ!? 鳥がアアアッ落ちるウウウ!!!」


 ダメージの祟った風鳴鳥は味方の攻撃に反応できずに槍の直撃を受けると、限界を迎えて天空へと溶け込んでいった。


 刹那、バターは必死の思いで自身の鳥を探すものの、その距離は絶望的なまでに遠い。間違いなく、既に警告よりも低い所にいる彼女を救うことはできない。


 「アアアア!? 貴様ら!? ナァァガホォォムめえええッ!! よくもこの私に恥をッ!?」


 全てを諦めたのか、スターファイアは淀んだ瞳でバターの身体を抱いて離さない。一方のバターは驚くほどの澄んだ瞳で短く生き残っている仲間に別れを告げると、再び闘志を漲らせていた。


 「そうねッ! パック、私は負けないわッ!」


 彼女は最後に、年下の男の雄姿を思い出していたのだ。


 思い出を力に変えて、彼女は決める。既に墜落警戒も出て、高度は限界スレスレ。


 ――だからこそ、やる価値があるッ!


 泣き叫びそうな恐怖は、不思議と目的を定めたことで沈静化していた。即座にステータス画面に指を這わせる。


 「パッッックッ! あの金魚のフンめが! パーティーの中で一番弱いくせに、生意気にもこの私を後衛に回しやがってッ!? クソクソクソクソクソクソ……」


 落下の恐怖で思考が支離滅裂になりつつあるスターファイアを尻目に、バターはそれを完了させていた。不意に彼女の視界に浮遊島が目に入る。落下し始めたそこは、驚くほど小さくなっていた。


 「私は、私はこんな結末は嫌だアアアア!?」

 「いい加減、手を離せっての!?」


 だが、スターファイアは幼子が母に見捨てられまいと縋る様に、泣き叫びつつも力は増すばかり。


 そうなれば、バターに取れる手段は1つだけ。彼女の身体を暖かい時空の光が包み込んだ。スキップではない。もっと強力な、言い変えれば魔法使いでない彼女には長い詠唱時間が必要な魔法である。


 それを見てスターファイアにも追い詰められた獣のような表情が戻る。彼は恐怖を紛らわせるように叫んでいた。


 「“ステア”かッ!? だが、あれでは浮遊島までは辿り着けんぞッ!?」


 同時にバターが叫ぶ。その顔には不敵なまでの笑みが浮かんでいて――


 「残念ねッ! 行くのは天国じゃなくて地獄の方よッ!」


 刹那2人の姿が消え去った。


 同時に振り落とされまいとしていたスターファイアは、仰天のあまり予想外の衝撃にその手を放してしまう。


 「貴様、何を考えているッ!?」


 バターはよりにもよって、寿命を削るが如く真下に飛んでいたのだ。スターファイアは上へ向かうと思っていたので、まさかの降下について行けなかったのである。


 だが、分かれた距離は極僅か。彼が再び縋ろうとしたところで、バターは会心の笑みを浮かべていた。


 「こ、これは!?」

 「さっすが私ッ! 完璧のタイミングだったわね……!」


 同時に2人を爆風が包み込む。それは、上空でバターが取りこぼした彼女の槍だったのだ。バターは火を噴いて突き進むそれに向かって転移したのである。


 竜炎槍は主人の設定した敵の接近に伴い爆発し、獣と勇者を別った。すなわちバターは上空に、スターファイアは地上に。


 だが、そこでバターの美しい瞳が大きく開かれる。そこには考えうる限り最悪の展開が待っていたのだ。バターはそれに絶望し、対照的に獣は勝ち誇った顔で歓喜の爆発させる。


 「ヒハッ!! 私の勝ちだァァ!! 残念だったな! ナーガホームッ!!!」

 「そん、な……」


 竜は天空の長たる巨大な翼を誇らしげに広げ、騎士は美しい水晶の鎧を身に纏いながら髪を風に靡かせていた。


 “クリスタル・ドラゴン LV80”


 それは天空都市の守護者の姿だったのである。彼女は上空から舞い降りると、よりにもよってスターファイアの方へと突き進んでいたのだ。


 バターには良く分かっている。彼女の仕事は敵退治と並んで、落下したプレイヤーの救出である。


 「く……! いや、まだ……まだ何か手があるはずよ! 頑張れ私! 負けるな私!」


 絶望に囚われた彼女が言葉とは裏腹に投げやり気味に自身を鼓舞する中、スターファイアは余裕たっぷりに彼女の身体を舐めるように観察していく。


 さっきまで縋りついていた長い脚を、豊満で柔らかそうに揺れる胸を、引き絞られたウェストをじっくりと汚すように、欲望を擦りつけるように。


 「ふううぅ! 良い気分だッ! 悪いなパック! お前の女は先に頂いたよ、御馳走様」


 悔しそうに呻くバターを尻目に、スターファイアはタクシーでも呼ぶかのような気軽さで天空都市の守護者に手を振っていた。竜騎士もそれに応える様に剣を持ったまま応じる。


 「ざまあ見ろ! 結局この私がッ! 私こそがゲームの支配者なのだッ! 忌々しいパフでも、憎らしいヨロレイホーでもないッ! 覚えておけェェェッ!」

 「みんな、ごめんね……。私、先に逝ってアメリアに、皆の活……躍…………を…………ッ」


 諦めたバターは落下の恐怖すら忘れていた。ただただ、下種野郎に負けた事だけが悔しかった。負けず嫌いな彼女は思わず涙を零し、それすらスターファイアの興奮を煽るだけである。


 「来いッ クリスタル・ドラゴンッ! その美しい姿は、私にこそ相応しいッッ!」


 彼はバターを視姦しながら、気高い竜騎士に手を伸ばす。その指は確かに彼が死ぬよりも先に彼女の所へと届いていた。


 「っえ!?」

 「な、なに……なんで……!?」


 そして、クリスタル・ドラゴンはその隙だらけの姿を決して見逃さなかった。


 急降下の勢いが乗った彼女の剣がスターファイアの身体を叩っ切り、彼を文字通り奈落の底へと突き落としたのである。しかもその愛竜の口には灼熱の炎が揺らめいていて、


 「何人たりとも、天空都市への攻撃を許しません!」

 「アアアアアアアッッッ!!??」


 刹那、彼女の愛竜が灼熱の塊を、天空都市を犯す敵へと向けていた。あらゆるものを断罪するファイアーブレスがスターファイアを直撃すると、その轟音と熱線は彼の断末魔の悲鳴すらも飲み込んでしまう。


 もちろん、彼に大したダメージは無い。だが反動は別だ。


 「ど、どうして!? 電子の存在にまで裏切られるというのか!? 何故だ!? 何故だァァァァアアアアッ」


 天空からの炎弾の直撃で、スターファイアは奈落へと弾き飛ばされていた。瞬く間に彼の身体は高度限界を超えてしまい、下半身からその姿が砕け散る様に消えて行く。


 「天空都市は……私が守ります!」


 高らかに鬨の声を上げたクリスタル・ドラゴンに対し、バターはそこで彼女の事を思い出していた。彼女の仕事は天空都市の防衛と並んで、プレイヤーの救出である。


 そう。彼女は文字通り、天空都市を遊弋する敵と戦うのである。


 バターはプログラムに従って彼女を助けることなく去っていくクリスタル・ドラゴンに、残された短い時間で思いを馳せる。


 「そうかッ! “幸運”なのね!?」


 答えは直ぐに見つかった。かつて砂漠で出会ったネウロポッセのステータスは法外な物であったが、例外も存在した。一つは速さ。速さはキャラクター固定であり、そこから装備の減算で算出される。もう一つが幸運である。


 それは、一見すると大した意味のないステータスである。実際有効かと言われると疑問符がつく。しかしながら、文字通り神の祝福が運命を分けたのだ。


 幸運はアイテムドロップやレアドロップの確率に関わる数値で、初期値以降減ることはあっても増えることは無い。プレイヤーを一人殺すごとに1下がるのである。そしてそれが最低の0に達した時、そのキャラクターはゲーム上プレイヤーキラーと認定され、晴れて敵として扱われるのだ。


 普段はNPCの露店で割高な料金を請求される等の些細なデメリットしかないが、この天空都市は別だ。


 クリスタル・ドラゴンとは、製造元であるゼネラル・インフォメーションが設定したゲーム内の治安を守るキャラクターでもあるのだ。


 「……ねぇアメリア。このゲーム、なんだかんだで悪くなかったかも……?」


 最後に気付いたバターは微笑みを浮かべると自分の順番を受け入れ、静かに目を瞑っていた。暗黒が彼女を取り囲み、その神経が鋭敏になっていく。だからこそ気付いたのだ。


 彼女は急いで両眼を見開くと、慌てふためいて上空を睨む。


 「紗耶香ッッ!!」

 「竜子ッ!? あんた何考えてんのよッ!?」


 そこには、彼女を救うべく浮遊島から身を投げた親友の姿があったのだ。彼女はいつだって腹が立つほど正しいのだ。今回も親友を救うのに躊躇は無かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。