表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/77

LOAD GAME →天空都市にて 残り時間00:36:30

 ――時は来たッ!


 ウィドウは寝る間も惜しむように、天空都市の敵の隠れ家を片っ端から捜索していた。そして、ついにその努力は報われたのだ。


 彼女にはそれが恐怖なのか歓喜なのか、区別がつかなかった。しかし両者に大差はない。愛竜と共に浮遊島の影から天空都市を見張る彼女の視線の先には、夢にまで見た3人の復讐相手が勢揃いしていたのだ。


 「あんにゃろう……ぶっ殺してやるわ!」


 平凡かつ単純な彼女に迷いは無かった。次の瞬間には死角から愛竜に全力のドラゴンブレスを放たせ、即座に急降下しながら突撃を仕掛ける。


 勝ち目などない。そんなことは百も承知だった。平凡な彼女には実に良くあることなのだ。成績、運動、人気、あらゆる要素でウィドウは頂点に立ったことが無い。


 彼女がどれほど恋い焦がれても、決して頂点に立つことはできない。彼女がどれほど汚い手を使おうが、媚を売ろうが、決してない。


 ――だから何よ!? 私は絶対に諦めないッ!


 実は一度だけ、ウィドウには挫けそうになったことがあった。


 正真正銘ライバルと目していたパックに、砂漠であっさりと追い抜かれた挙句情けまでかけられた時である。あの時のウィドウは逆鱗に触れられ、ヘルキャットの取り成しが無ければ感情の赴くままにナーガホームとの関係を台無しにしていただろう。


 嫉妬に狂ったウィドウは、こう叫びたかったのだ。




 ……暴風を切り裂き飛び掛かる彼女の前で、竜の火炎弾がPKに迫る。彼女の執念か、ストーカーの如き角度から放たれた一撃は、完全に不意を突いていた。




 ――貴方達優れた人間はいつだってそう! 私みたいな凡人が理解できずに悩む隣を、振り返りもせずに駆け抜けていく! そうして後で憐れむのよ! “なんて可哀そうな奴なんだ”ってね! でも、私は認めないわ。“優秀(エリート)”の手なんか借りるもんですかッ! だってここで温情を受け入れたら、自分がどうしようもない愚物で、憐れむに足る人間だと認めることになってしまうんだからッ!


 嫉妬としか言いようが無い、されど己の平凡さに悩む誰しもが憂う気持ちを吐きそうだったのだ。


 彼女はどうしようもないほど平凡で、なんの取り柄もない人間である。何をやっても人並みを越えることはできず、あっという間に“優れた人間”達に追い越されてしまう。


 だから、何をしても人並み以上の結果を叩きだすナーガホームに嫉妬していたのだ。




 ……着弾の寸前でヨロレイホーが気づき、顔を顰めながらも億劫そうにステアで回避行動を取る。だが、他の女2人は置いてきぼりだった。ウィドウはそれに愉悦感じ、その口角を吊り上げる。必死の形相で風圧に耐える彼女の両手には、斧が掲げられていた。




 ウィドウが嫉妬に狂わなかったのは、“優秀”でありながら“平凡”の権化である彼女を理解してくれたヘルキャット。そして、同じように“優秀”な兄姉に挟まれ子供のままだったパックのお陰である。


 パックもまた、ウィドウの同類だったのだ。彼は両親がいないという異常な家庭で、しかしながら兄姉の優しさのもと平凡な暮らしをしているのである。それゆえ兄姉を深く尊敬しながらも、心のどこかで不安や嫉妬を抱えていたのだ。羨望と言っても良いかもしれない。


 それはウィドウの姿と似ている。違うのは、彼はそれ以上に兄姉を好いており、従ってそれを目にしないようにしていたことか。


 ウィドウはそれを初対面で見抜き、無意識の内に深く共感していたのだ。それゆえパックを信頼し、初めて劣等感以外の嫉妬を感じた。パックだけには負けたくなかった。


 「敵襲だッ!」

 「死ねやおらぁッ!!!」


 PKの指揮官がステアで回避した先を、急行したウィドウの鈍色の斧は確かに抉っていた。


 平凡な彼女は、パックとの会合を得て一つ学んだことがある。それは、自分の弱さを受け入れる事だった。


 「どんなもんよッ!」

 「チッ! 何処のどいつかと思えば、蜘蛛か」


 ウィドウは最初から自分の平凡な奇襲攻撃が成功するとは思わなかった。相手は優秀(エリート)で、自分は平凡。故に、最初から躱されることを前提に動いたのである。


 翻って自分が平凡だと受け入れた彼女は、却って楽になっていた。相手の方が上手なのは分かっている。だが、それがどうしたというのだ。ならば最初からその先を用意しておけば良いだけだ。


 ウィドウは平凡なので身の程が分からず、それゆえ強敵相手に諦めることなく食い下がる。


 「ざまぁ見やがれ! バーカバーカ!」

 「ヨロレイホー!? いけませんHPが!?」


 ウィドウ渾身の一撃は、爆音で大地を穿つと白いローブの男の防御を捻じ伏せていた。強烈な急降下の一撃は彼に回避を許さない。唯一の敗因は速すぎる一撃に彼女の身体がついて行けず、せっかくの多段ヒットする斧を胴体に掠らせることしかできなかった事か。


 刹那、彼女は竜の背から地べたを這いつくばるPK共を鼻高々に見下ろしていた。笑いが止まらなかった。傲慢極まりない優秀(エリート)が、彼女のしょぼい策略に引っかかったのである。


 「実に痛快ッ! 自分より頭の良い奴が、首を垂れるのはッ!」

 「雑魚の分際で邪魔をするな! 俺はこれからラスボスと決着をつけるのだぞ? ゴミ虫と遊んでる暇などないのだッ!」


 ――あぁ! 誹謗すら心地良い……。相手より上に立つとは、こういう事か。


 失点を犯したヨロレイホーが何を言おうと、この瞬間の彼が平凡なウィドウに敗北したという事実は変えられないのである。


 「馬鹿め! 私如きにやられてるようじゃ、パフには叶わないわよ? 貴方も私も同じ平凡、仲良くしましょ?」

 「糞がァァッ!」


 彼女の言葉が的確に敵の心を刻んでいく。平凡極まりないウィドウは、同時に全ての人間の心理を容易く共感することができた。どんな人間にだって、平凡な側面は存在するのだ。平凡を極めた彼女は、それを取っ掛かりに相手を見切るのである。


 もはや、誰も彼女を平凡と呼べないだろう。


 彼女にはブラックウィドウ、あるいは黒川琴子という固有名詞こそが相応しい。平凡を極めた彼女は、強かった。


 「お、おのれエエェッ!!!」


 自らを“優秀(エリート)”と自負するヨロレイホーは、格下極まりないウィドウ如きにプライドを傷つけられ、怒り狂っていた。彼はライバルと目すパフの静かさとは対照的に、炎のように当たり散らすしかない。それが彼の限界だった。


 「ヨ、ヨロレイホー! どうしますか!? こいつは皆で始末しますか!?」

 「するか馬鹿野郎! パフとの決着はどうなる!? ナーガホームの強襲はどうする!? 奴等を逃がす気か!? 愚図は黙っていろッ!!!」

 「ヒィッ!?」


 女2人がプライドを傷つけられた男の前に黙り込む。


 ――ほらね? 男って急所を突かれると、弱いでしょ?


 不思議とウィドウには、ヘルキャットがそう囁いている気がした。


 「ヨロレイホー。私がこいつを始末します。貴方はネウロと共に決着を!」

 「……クソッ! だが、これ以上の醜態は……。オラクル、任せたぞ!」


 ヨロレイホーには時間が無かった。パフは決闘の場所と時刻を指定してきている。間に合うには急がなくてはならない。彼のプライドが、舐めた真似をしてくれた男に下るのだけは許さなかった。そして、ナーガホームを見逃すわけにもいかなかった。


 “凍土氷山”に逃げ込まれれば彼に勝ち目はない。これだけ有利な状況から失敗すれば、彼の沽券にかかわるのだ。


 「じゃあね凡庸! あなたがパフに負けるのは間違いないわ!」

 「地獄に落ちろゴミ虫めェェェッ!!」


 だから、彼には得意げに良い笑顔で見送るウィドウを捻じ伏せることができなかった。トーネードをもってしても、急降下で天空に逃げられてしまえば追い切れない。


 ネウロポッセが放った置き土産の投げ斧を、ウィドウは悠々と躱して眼下の女剣士を睨みつける。


 彼女には恨みがある。こいつは有志同盟の多くの人間を虐殺した女なのだ。しかも彼女の仲間の仇でもある。同盟の名主たるエーシィとして、絶対に見逃すわけにはいかなかった。


 そんな彼女をオラクリストは溜息と共に見やる。彼女にも思惑があったのだ


 「いやぁ。楽な相手で良かったわー。正直何をしでかすか分からないナーガの連中より、雑魚蜘蛛の方が楽ちんね!」

 「はん! あんたなんぞ、瞬殺してやるわ!」


 2騎が飛び去ったのを確認したウィドウは、愛竜から飛び降りて周辺空域での待機を命じ雑魚の襲撃を警戒させる。


 竜に乗った航空戦になってしまえば、彼女の勝算は低くなるだろう。おそらくウィドウの攻撃ではオラクリストを撃墜することはできない。


 しかし速さで劣る彼女に地上戦も不利だ。が、唯一の牙である大斧断首で逆転が狙えるのもまた、地上戦である。一方のオラクリストも時間のかかる航空戦よりは、自身が有利な地上戦を選ぶのに躊躇は無い。


 「ここまで予想通りッ! このまま勝利まで駆け抜けてやるッ!」

 「うっさい奴だなー。とっとと諦めなっ!」


 剣と斧。2つの武器が余人の介入を許さぬ浮遊島にて、正面から激しく剣撃の音を奏で合った。


 柔剣と剛斧が中空に白銀の軌跡を描きながら、渾身の力でもって正面から衝突する。ウィドウにできる事は一つだけである。


 「そーれっ!」

 「うおおおッ!」


 その優れた速さをもって死角に回り込むオラクリストを、ウィドウは黙って見過ごす。どの道追随したところで、ウィドウに追い縋る方法は存在しないのだ。


 同時に首元に差し込まれたプレイヤー殺しの剣を、ウィドウは防がずに避ける事で対応する。彼女の予想通り、劣勢だった。この相手とは致命的なまでに相性が悪いのだ。


 臆病な心が少しずつ恐怖に悲鳴を上げ始める中、ウィドウはそれを燃える熱で押し潰す。


 「その首、貰った」

 「まだよッ!」


 背後から撫で切りするように振るわれた一撃を、彼女はギリギリのところで転げる様にして躱していた。無様だがそれ以外に方法が無いのだ。


 オラクリストはそれを嘲笑しながら、芋虫のように這いまわるウィドウに追撃を放たない。


 「あぁ、避けてくれて良かったー。あんまり速く倒しすぎると、私までナーガ戦に巻き込まれちまうってーの。まったく、ヨロレイホーの自意識過剰には困ったものだわ。あんな面倒な男、多少の犠牲は覚悟して“夜の遊園地”で殺しておけば良かったのに……」


 代わりに億劫そうに言い放ったのは愚痴だった。立場上彼女はヨロレイホーに付き従ってはいるが、別に彼に心酔しているわけではない。ただ、実力的にも血筋的にも彼が社内で一番の出世頭だから、協力することでそのお零れに預かりたいだけなのだ。


 「ネウロもネウロよ。太鼓持ちのスターファイアはともかく、あんたの諫言ならヨロレイホーも聞くだろうに……」

 「随分と余裕ね……! 私はまだ終わっていないっ!」


 どうでもよさそうなその対応の間に、ウィドウは立ち上がって再び斧を構える事に成功していた。この時ばかりは転んでも怪我しないVRの世界に感謝せざるを得ない。


 「あんたらのせいで、どれだけ私たちが怒鳴り散らされたと思ってんのよ。ネウロの“太古の森”の隠れ家は発見されるし、街を封鎖されたせいで彼女の世話が必要になるし……聞いてる?」

 「知るかッ!」


 間髪入れずにウィドウは斧を大きく振りかぶると、馬鹿の一つ覚えのようにオラクリストにそれを渾身の力で叩き込んでいた。その短い間にも巨大な斧が大質量を持って空気を切り開き、ウィドウの身につけた凄みと合わさって圧倒的な迫力を醸し出す。


 その刀身は必殺の鈍い色に輝いていて、


 「遅い」


 ウィドウ渾身の攻撃を、ネウロポッセはあっさりと両手剣で受け止めていた。何のことは無い。ウィドウが必死の思いで放った一撃も、オラクリストからすればまだ余裕があるのである。


 「クソっ! 剣士だけはあるわね!」

 「あんまし舐めないで貰える? これでも陸竜や古鮫を切り伏せたのは私なの。こんな風に……ねっ!」


 30%差。ウィドウとオラクリストの間には速さの壁が有るのだ。それはウィドウの渾身の一撃を劣悪なものに変えてしまうほどの差である。彼女の表情に影が差していた。


 オラクリストが次々と剣を振るい、ウィドウは風を切って襲い来る白刃を防ぐのに精一杯だった。対照的にPKの顔には余力が残されている。彼女からすれば、振るう一撃は全て牽制に過ぎないのである。


 「まぁ、貴方はこんなもんでしょ? 正直、雑魚にしてはよく頑張った方だと思うわー」

 「…………」


 ウィドウはオラクリストの激しい剣撃の嵐に巻き込まれ、必死に防ぎ、あるいは躱し、そうしていつの間にか浮遊島の崖っぷちに追い詰められていた。これ以上退くことはできず、そして敵の攻撃も防げないだろう。


 後の無いその距離に彼女が冷や汗を流す傍ら、オラクリストはつまらなさそうに止めの一撃に入る。PKの人殺しの剣が大きく後ろへ引き下げられた。縄でも引くような仕草だが、その実は逆。とろい斧使いのウィドウには回避不能の最高速の一撃、突きを放つつもりなのである。


 「お別れねッ!」


 その中空を切り裂くウィドウの目には追い切れない一撃を、彼女は避けなかった。避けられなかった。ただプレイヤーキラーの切っ先が、彼女のいる空間を貫き通す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ