すきまのいとま。 ピエロ編
ドアに付けられた鐘が鳴る。来客だ。
〚ようこそおいで下さいました。〛
『イエイエ!失礼。帽子は此方でよろしいかな。』
来店したのは、全身を紳士服で纒った、ピエロの仮面をした長身の男。開店してから実に二人目、しかしその見た目は最後に来てから大きく変わっていた。白い物が良さそうなシルクハットを外せば、覗く此れ又素晴らしい銀髪。
〚ええ、構いませんよ。〛
『面白いデスねェ!サルブレイクカンパニーも。この様な趣味の良い空間を作るなんて!』
〚そうですね。〛
『アナタ、名前は?』
〚お客様が付ける手筈となっております。〛
『そう、ソウダ…それこそ、ソレこそ私の求めた願い!…イヤハヤ、最高だ…』
お客様の理想の世界は、アンティークで落ち着いた上品な空間。そして付けられたバーと喫茶が融合したようなカウンター。椅子は素晴らしく美しい花の柄。空間は今のお客様の願いに反映して作られる為、前とは少し違う。でも、ほとんどは変わらなかった。
そして、お客様は「変化する物」と「変化しない物」両方を求めた。私はという概念は変わらないものの、記憶は全てリセット…という体だ。しかし魔素は記憶を保持できる。結局は振りに過ぎない。
〚お客様、本日は如何なさいますか?〛
『…Kahlúa…Kahlúaを、くれ。』
〚Black Russianと、White Russian、どちらに?〛
『クリームが、ある方…』
〚White Russianですね。今しばらくお待ち下さい。〛
『あと、猫が一匹いるといい…黒い猫だ…うるさくないヤツを…』
〚かしこまりました。〛
お客様はゆっくりとした時間がお好きなので、出来るだけ丁寧に、最小限の音で本格的に作る。本日はラム酒を使用し、コーヒーはブラジルを使う。ブラジルは、深煎りするとカラメルの様な香りがする。ラムの原料はサトウキビの為、大変相性がいい。
カウンターの下からコーヒーグラインダーと豆を取る。そして少しうるさいような落ち着くような「ゴリ、ゴリ」という音を鳴らし挽いていく。楕円をしたコーヒー豆が段々粉状になっていく。その粉を、紙フィルターを設置した円錐形のドリッパーに入れて、お湯を注ぐ。深煎りだけれど、苦くなり過ぎないよう気をつける。濃厚で、でも濃すぎず。
〚お客様、コーヒーは、挽く前の豆と、抽出直後、少し冷めた後で香りが変わるのをご存知ですか?〛
『…イヤ?』
〚温度によって、変わるんです。コーヒーは繊細で、色々な条件を揃えて揃えて漸く、理想の味が出来る。抽出する時のお湯の速度も関係するんです。〛
そう言いながらコーヒーサーバーに溜まったコーヒーと、さっき用意した常温に近い温度のラムをミキシンググラスに入れて、コーヒーの香りとラムの香りのマリアージュを感じながらバースプーンで合わせる。
次いでクリーム。今回は全体的に甘い為、此方は無糖に。生クリームを泡立て器で少し泡立て、濃厚なクリームを作る。そして最後にグラスの上、コーヒーリキュールの上に乗せて、ホワイト・ルシアンの完成である。
〚お待たせ致しました。此方がKahlúaです。〛
『ありがとう。』
黒猫とつかず離れずの距離を保っていたピエロは、出来たばかりのコーヒーリキュールに目を向ける。そして、グラスに手を伸ばした。少し素朴なシャンデリアが少し揺れた。今日は、良い日だ。
〚お客様、知っていますか?〛
『何を』
〚天使とは、元は伝令者…何かを伝える者だったんです。今では羽と輪っかさえあれば天使、となっていますが。〛
『知っていマスヨ!ソレくらい。』
〚では、ミカエルとは聞いたことがありますか?〛
『…聞いたコトは、アリマスネェ』
〚天使の階級でいうと、天使より一つ上の大天使。偉大な天使ですね。〛
『へぇ…天使って9階級なンダっけ』
〚えぇ、ミカエルの由来はヘブライ語から。「誰が神のようであろうか?」という、疑問文なんです。問そのものが疑問文となっている。〛
『ソウ。』
カフェには再び静寂が訪れる。でも、それは気まずいものではなく、心地よい、落ち着く空間を作っている事を意味している。
『イヤハヤ、アリガトウございまシタ!お陰様でこんなにも元気二♪』
〚それは良かった。またお越し下さい。〛
『…おそらく此処に、子供を連れて来る予定なんだ。14歳の、此処の様な所が好きな女。お洒落なジュースでも出してくれ。メニューを、考えといてくれよ。お菓子と桃色の綺麗なカクテルジュースをさ。』
数年ぶりの再会というのに、彼はあっさりと背を向ける。シルクハットを取り、いっそ気味悪いくらい美しい礼を見せ、ドアを押した。チリンとベルが鳴る。彼の人生に、幸あれ。
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