9話 名前、聞いてもいいか
「はっはっはっはーー!! 主よ!!お困りのようだな!我の力、御所望かな?」
声が、森に轟いた。
低く、太く、どこか芝居がかった声だ。
俺は、背中を木に預けたまま、声の方を見た。
さっきまでそこにあった大木が――消えていた。
代わりに立っていたのは、約2mほどの、奇妙な姿をした何かだった。
無数の蔦と根が、小説に出てくるイカの足のようにうねりながら広がっている。幹の表面を、その蔦が隙間なく覆い尽くし、まるで鎧のように纏っている。そして頭の頂点には、ひとつの蕾。
遠目で見たら、モンブランだ。完全にモンブランだ。村長が食べているのを見たことがあるぞ!
「あ……大木が……」
「大木ではない!! 我は大樹だ!主よ、その名で呼ぶがよい!!!」
声がでかい。
さっきまで死にかけていた俺の意識が、その声のおかげで少し戻ってきた気がする。
ダルズは、固まっていた。
足が、また震えている。
さっきまで感じていた高揚感が、一瞬で消し飛んだ。
(魔物が……今、増えた)
目の前で。
あの少年が触れた瞬間に。
大木が、魔物になった。
(やっぱり……厄災の村人だ。本物だ)
振り子を握る手に、力が入らない。
「ほう」
大樹が、ゆっくりとダルズの方を向いた。
無数の蔦が、ゆらりと揺れる。
「主を傷つけた者は、お前か」
声のトーンは変わらないのに、その一言だけで、ダルズの背筋が凍った。
「ちょ、ちょっと待って大樹」
俺は、痛む体に鞭打って、口を開いた。
「そいつを傷つけるな」
「……ほう?」
「俺が言ってるんだから、聞けって」
大樹は、しばらく沈黙した。
蔦がゆらゆらと揺れる。
「……主の命令は絶対!だ!」
暗くて表情までは見えないが、笑顔なのはわかった。あと声がデカいぞ。
自信家っぽいくせに、ちゃんと聞くんだな。
俺は、ダルズの方を見た。
少年は、ぼろぼろと涙をこぼしながら、それでも振り子を手放さずに、こちらを見ていた。
怖いよな。そりゃそうだ。
俺だって、自分が怖い。
「……名前、聞いてもいいか」
俺は、できるだけ穏やかな声で言った。
少年は、答えなかった。
ただ、振り子を握る手が、少しだけ、緩んだ。
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