幕間③ グランガウズ アウトサイド
ガラナが目覚めたのは、接敵から一日後のことだった。
あの日、バルツの元へ援軍要請を頼みに向かったガラナは、執務室の前で倒れた。
転送魔法の疲労と、道中の強行軍で、体はぼろぼろだった。
医務室で目覚めたガラナは、伝令魔法の使い手の、ベルトルト調査隊二班の男から報告を受けた。
ベルトルトの均衡魔法により、畳の魔物を倒すことに成功。しかし、直後に“厄災”の魔法で、畳の魔物が人の姿になり復活。
人の姿をした魔物は、『魔圧』と語る能力を使用。その能力は、圧。
プレッシャー・重圧・重荷・気負い・恐怖、様々な意味を含むそれは、ベルトルトの均衡魔法の対象にはならなず、圧によって傭兵の心を折り、思考の制限、身体反応の異常化(直立不能・呼吸困難・一時的言語障害)が現れた。
たった一度、一つの魔法で、その場にいた傭兵団は戦闘不能となった。
“厄災"はその後、傭兵団を不殺。鎖に繋がず、拠点内を自由に歩かせた。
事前の報告では、小鬼族の数は千体超えと言う話だったが、翌朝、小鬼族のリーダーらしき物から聞いた数は、およそ一万ニ千。ベルトルトは、王国内全ての小鬼族が集まらない限り、不可能な数だと話していた。
報告を聞いただけで、ベルトルト達が生きている事が奇跡以外の何でもない、とガラナは思った。
ガラナは、まだ疲労の残る身体に鞭を打ち、バルツの執務室の扉を叩いた。
「入れ」
バルツの声が、中から聞こえた。
ガラナは、扉を開けた。
バルツは、窓の外を見ていた。いつもの笑顔ではなかった。表情を読めない顔だった。
「……ガラナ」
「はい」
「ベルトルトは」
「生きています。捕縛されていますが、無事です」
バルツは、窓の外から視線を外さないまま、頷いた。
「報告しろ」
ガラナは、深く息を吸った。
そして——全部、話した。
一万二千体超の小鬼族。四体の魔物。ミクラという存在。魔圧。均衡魔法が通用しなかったこと。防衛ラインが六割完成した拠点。谷の地形。湧水。棚田の跡。
バルツは、一度も口を挟まなかった。
ガラナが話し終えると、しばらく沈黙があった。
「……援軍を、頼みに来たか」
「はい」
バルツが、ようやく振り返った。
いつもの笑顔だった。でも、目が笑っていない。
「送れない」
「……バルツさん!」
「送らない、が正確か」
バルツは、椅子に深く座った。
「俺たちは三等級だ。小鬼族千体を処理できる実力がある。情報では、千体程度だったから任務に向かわせた。でも——一万二千体に膨れ上がったとなれば、話が違う」
「ベルさんが捕まってるんですよ」
「分かってる」
バルツの声は、静かだった。
「だからこそ、下手に動けない。中途半端な援軍を送って、全滅したら——ベルトルトを助けるどころか、状況が悪化する」
「じゃあ、ベルさんをどうするんですか」
「ベルトルトは——」
バルツは、少し間を置いた。
「生きている。それが分かっているなら、今は待て」
「……待てって」
「お前が疲弊しているのは分かる。焦りたい気持ちも分かる」
バルツは、まっすぐガラナを見た。
「だが、ガラナ。俺たちが今できる最善は何だ」
ガラナは、答えられなかった。
「状況を正確に把握して、上に繋ぐことだ。俺たちの手に負える相手じゃない。それは——お前が一番よく分かってるだろ」
ガラナは、拳を握りしめた。
「……分かりました」
「休め。今夜は動くな」
バルツが、立ち上がった。
「俺が、上に繋ぐ」
それから数日後。
ガラナが北東の森へ向かったのは、バルツの指示だった。
“ベルトルトを転送魔法で救出する。それだけでいい。戦闘は避けろ。”
結果は——知っての通りだ。
ベルトルトたちが戻った夜。
バルツの執務室に、全員が集まった。
ベルトルト、ガラナ、ダルズ、そして一班から三班の七人。
バルツは、全員の顔を見渡した。
「全員、無事でよかった」
誰も、何も言わなかった。
「ベルトルト」
「はい」
「拠点の詳細を、報告してくれ」
ベルトルトは、静かに話し始めた。
谷の地形。一方向しかない入り口。湧水の流れ。防衛ラインの構造。ミクラ衆の動き。そして——気づけば膨れ上がっていた一万二千体超の小鬼族。
バルツは、地図を広げながら、一言一言を頭に入れていった。
ベルトルトが話し終えた後、バルツはしばらく地図を見ていた。
「……ベルトルト」
「はい」
「あの少年と、話したか」
「……少し」
「どんな印象だった」
ベルトルトは、少し考えた。
「普通の人間。しかし、普通でいられるわけがない…」
「…普通でいられるわけがない?」
「誰も攻めない、ここで暮らしたいだけだと言っていました。しかし、あれだけの数の魔物を従えていて、普通でいられる人間がいるない…」
バルツは、顎に手を当てた。
「ダルズ」
「は、ははい!」
「お前は、どう思った」
ダルズは、振り子を握りしめながら答えた。
「……わ、わ分かりません」
「お前も見てきたものはあっただろう?」
「…最初は怖かったです。でも、話しているうちに誤解だったのかなって…でも——一万二千体に囲まれて、あんなふうに話せる人が、俺には……」
ダルズは、言葉を止めた。
「……どうだ」
バルツが、静かに促した。
「普通の人みたいだった、と思います。でも、普通じゃない」
バルツは、少しだけ笑った。
「そうか」
「団長、いいか」
ガラナが、口を開いた。
バルツを、まっすぐ見た。
「接敵の時——援軍を送らなかった。その判断は正しかったと思っています。でも」
「でも?」
「ベルさんたちが捕まっている間、俺たちは何もできなかった。あの判断が、正しかったと言い切れますか」
バルツは、ガラナを見た。
「正しくなかったかもしれない」
静かな答えだった。
「……」
「判断に、正解なんてない。俺が送らないと決めたのは、最悪の事態を避けるためだ。でも——伝令があったとはいえ、仲間が捕縛された。仲間の安否が正確に分からない以上、それが正しかったかどうかは、今でも分からん」
ガラナは、黙った。
「ただ」
バルツが、続けた。
「全員戻ってきた。それだけは、よかった」
ガラナは、拳を握りしめたまま、頷いた。
「……分かりました」
「方針を話す」
バルツが、地図を全員に見えるように広げた。
「今回の件で、はっきりした。俺たちの手に負える相手じゃない」
全員が、黙って聞いていた。
「一万二千体超の小鬼族。ミクラという等級不明の存在。そして——防衛ラインが完成すれば、あの谷は難攻不落になるだろう」
バルツは、地図の北東を指した。
「三等級のグランガウが動ける限界は、もう超えている」
「……じゃあ、どうするんですか」
ガラナが、静かに聞いた。
「上に繋ぐ」
バルツは、まっすぐ答えた。
「グランベルク王国に、状況を報告する。国家単位での介入を求める」
室内が、静まり返った。
「国家単位、というのは」
「ニ等級だ」
バルツは、淡々と言った。
「二等級傭兵団と動く」
ベルトルトの目が、わずかに動いた。
「……それほどの規模を、動かすつもりですか」
「動かさなければ、手が届かない。それが今回、俺たちが証明したことだ」
バルツは、地図から顔を上げた。
「それともう一つ」
「なんですか」
バルツが、ガラナを見た。
「ベルトルトから聞いた。あの少年が、お前たちを逃がしたのは——情報を持ち帰られることを、諦めたからだと」
「……そう思います」
「つまり、あの少年は——拠点の情報が漏れることを、覚悟した上で、逃がした」
「……はい」
「なぜだと思う」
ガラナは、少し考えた。
「……殺したくなかったから、じゃないですかね」
「そう」
バルツは、窓の外を見た。
「厄災と呼ばれた少年が、誰も殺さない」
静かに、呟いた。
「……面白い」
翌朝、バルツはグランベルク王国城塞都市へ向けて、使者を送った。
内容は、簡潔だった。
グランベルク王国北北東の広大な森。地図に載らない拠点。一万二千体超の小鬼族を擁する、未知の勢力。三等級では対処不能。国家単位での介入を要請する。
使者が消えた後、バルツは一人で執務室に残った。
地図を見ていた。
北北東。地図に何も書かれていない場所。
「厄災、か」
バルツは、ふっと笑った。
「会ってみたいもんだな」
窓の外、グランの街が朝日に照らされている。
穏やかな、いつも通りの朝だった。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます(^ ^)




